2013年08月23日

最後の沈黙を破る75

戦争犠牲者の追悼慰霊をはじめて、七年を経た。

つくづくと、思うことがある。
その海外にある、慰霊碑である。

その多くは、有志、遺族によって建てられたものである。
国が建てたものもあるが・・・

経済大国第二位と言われた時代も・・・
先進国であるという日本・・・

先の大戦の追悼慰霊の、お粗末さである。

ちなみに、連合国軍の慰霊碑と比べると、よく解る。

そのお金の掛け方が違う。
そして、管理の仕方である。

建てたら終わり・・・
それが、日本の慰霊碑の状態である。

政府以外が建てた慰霊碑の管理は、驚くべきことに、地元の人たちの好意によって、守られている。
更には、放置されているものも、多い。

フィリピンの、慰霊の聖地といわれ、イルカラという場所は、広大な敷地に、日本軍、米軍、フィリピン軍の戦没者が祀られている。

そこで、数十名の人たちが管理、清掃をする。

私が出掛けた際は、丁度、日本軍の慰霊碑の清掃を行っていた。
それも、30名ほどが、慰霊碑の周囲を、擦り、洗うのである。

一日を掛けての掃除である。

これは、アメリカの管理によるものである。

そして、その付近には、日本の遺族、有志が建てた、慰霊碑も多くあるが・・・
全く、放置されている。

世話をしてくれるのは、現地の人であるが・・・
干し物があったり・・・

更に、タイ、カンチャナブリ、戦場に掛ける橋という映画で有名になった場所。
そこにある、連合国軍の追悼慰霊のメモリアルパークは、見事に整理され、管理人が常駐している。

その慰霊碑の一つ一つには、名前と年齢が刻まれてある。
スプリンクーラーが取り付けられて、美しい芝生が広がる。

そして、別にして、そこにある日本の慰霊塔は、一人の現地のおばさんが、入り口で物売りをしつつ、守っているという、雰囲気である。

まだまだ色々あるが・・・

これでは、この国のために、命を賭けるという人はいなくなるだろうと思える、状態である。

勿論、戦争など望まないが・・・
もしもの場合である・・・

未だに、114万人の兵士の遺骨が、帰還していない国、日本。

悲しみより、哀れを感じるのである。

更に哀れは、現地の人が言う、日本人の観光客は、自国の慰霊碑に手も合わせないという言葉である。

敗戦から、68年、戦争をしていない。
だから、戦争の記憶も無い。
そして、戦没者の存在も無い。

爺さん、曽祖父の時代である。

勿論、二度と戦争が無く、このまま平和に進めば、問題ないが・・・
絶対とは、いえないのである。

その時、その追悼慰霊の姿を見て、こんな国のために、死ねるのか・・・

一体、あの経済大国と言われた時代の、金は、何に使われたのか。
そして、最も、使われなければならなかったのは、何か・・・

政治家も、国民も、忘れた。
そして、平和ボケと言われるほどになった。
それが、今でも、続いている。

320万人という、犠牲者を出した、大東亜戦争・・・
再度、問い掛ける。

これで本当に良いのか。
このままで、良いものか・・・

人生には、不可抗力という時期がある。
彼らは、その不可抗力の最大の時期に、青春を国に捧げた。
捧げざるを得なかった。

今、一度、問い掛けるために、私は、これからも、戦没者の追悼慰霊を行う。




posted by 天山 at 05:46| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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