2013年08月22日

もののあわれについて630

大臣、この望みを聞き給ひて、いと華やかにうち笑ひ給ひて、女御の御方に参り給へるついでに、「いづら、この近江の君、こなたに」と、召せば、「を」と、いとけざやかに聞えて、出で来たり。内大臣「いと仕へたる御けはひ、おほやけ人にて、げにいかに合ひたらむ。尚侍の事は、などかおのれにとくはものせざりし」と、いとまめやかにて宣へば、いと嬉し、と思ひて、近江「さも御気色賜はらまほしう侍りしかど、この女御殿など、おのづから伝へ聞えさせ給ひてむと、頼みふくれてなむ侍ひつるを、なるべき人ものし給ふやうに聞き給ふれば、夢に富したるここちし侍りてなむ。胸に手を置きたるやうに侍る」と、申し給ふ。舌ぶりいとものさわやかなり。




内大臣は、その望みを聞いて、陽気に笑って、女御の所に、いらっしゃる機会に、内大臣は、どうだ、近江の君、こちらへと、お呼びになると、近江は、はいい、と、大変はっきりと、答えて、出て来た。内大臣は、大変お役にたっている御様子、お役人として勤めれば、どんなに相応しいか。尚侍のことは、どうして、私に早く言わないのだと、真面目そうに、おっしゃる。近江は、ひどく嬉しく、そう御内意をお伺いしたいと思っておりましたが、こちらの女御様などが、お願いしないでも、お伝えくださるだろうと、当てにし切っておりました。でも、おなりになるはずの方がおいでのように、聞きましたので、夢の中で、金持ちになったような気持ちがしまして、胸に手を置いたようなことでございます。と、申し上げると、その口ぶりは、まことに、鮮やかなものである。




えみ給ひぬべきを念じて、内大臣「いとあやしうおぼつかなき御癖なりや。さも思し宣はましかば、ここに切に申さむ事は、聞し召さぬやうあらざらまし。今にても申し文をとり作りて、美々しう、書き出だされよ。長歌などの心ばへあらむを御覧ぜむには、捨てさせ給はじ。上はそのうちに情け捨てずおはしませば」など、いとようすかし給ふ。人の親げなくかたはなりや。近江「やまと歌は、あしあしも続け侍りなむ。むねむねしき方の事はた殿より申させ給はば、つまごえのやうにて、御徳をもかうぶり侍らむ」とて、手を押しすりて聞え居たり。御凡帳の後ろなどにて聞く女房、死ぬべく覚ゆ。物笑ひに耐へぬは、すべり出でてなむなぐさめける。女御も御おもて赤みて、わりなう見苦し、と思したり。殿も「ものむつかしき折りは、近江の君見るこそよろづ紛れる」とて、ただ笑ひぐさにつくり給へど、世人は、「恥ぢがてら、はしたなめ給ふ」など、様々言ひけり。




笑い出しそうな気持ちを抑えて、内大臣は、とても変な、はっきりしない、いつものされ方です。そんな風なら、言ってくださればいい。第一に、あなたを誰よりも、陛下に申し上げたのに。太政大臣の娘という御方が、立派な身分でも、私がお願いすることは、陛下が許さないことは無いのに。今からでも、願書を作り、立派に書き上げてごらんなさい。長歌などで、趣向のあるのを御覧あそばせば、お捨てになることはありません。陛下は、中でも、特に風流の趣味をお捨てにならないお方です。などと、うまいこと、騙す。
人の親らしくない、見苦しいことです。
近江は、和歌は、下手でありますが、なんとか作れます。表向きのことのほうは、殿様からおっしゃっていただければ。私も言葉を添えるようなことで、お陰を頂戴いたしましょうと言い、手を摺って申し上げる。
凡帳の影などで聞いている、女房は、死にそうなほどに、おかしい。おかしさの我慢出来ない者は、そこから滑り出して、ホッとしている。
女御も、お顔が赤くなり、とても見ていられない気持ちである。
内大臣も、気のくしゃくしゃする時は、近江の君を見ると、気が紛れると、言い、笑い草にしているが、世間の人は、自分でも恥ずかしがっていながら、酷い目に合わせる、などと、色々と言うのである。

今も、昔も、近江のような、勘違いの女がいるものである。
そして、適当にあしらわれる。
また、馬鹿にされる。

行幸、みちゆき、を、終わる。




posted by 天山 at 05:30| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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