2013年08月21日

もののあわれについて629

兵部卿の宮、「今はことつけやり給ふべき滞りもなきを」と、おりたち聞え給へど、源氏「内より御気色ある事かへさひ奏し、またまた仰せ言に従ひてなむ、異様の事は、ともかくも思ひ定むべき」とぞ聞えさせ給ひける。父大臣は、「ほのかなりし様を、いかでさやかにまた見む。なまかたほなる事見え給はば、かうまでことごとしうもてなし思さじ」など、なかなか心もとなう恋しう思ひ聞え給ふ。今ぞかの御夢も、まことに思し合わせける。女御ばかりには、定かなる事の様を聞え給うけり。




兵部卿の宮が、このようになっては、口実にお使いになる支障もないので、と、頭を下げて、お頼みになるが、源氏は、御所から御内意があることを、ご辞退申し上げて、その上でまた、改めての仰せ言により、他の話は、いずれとも決めましょう、と、返事をする。父の内大臣は、かすかに見た様子を、何とかして、はっきりと、もう一度見たいと思う。少しでも、悪い点があれば、このように大袈裟に大事に扱うことはない、などと、今は、かえって気が気ではなく、姫を慕わしいと思うのである。今となっては、あの夢は、本当だったのだと思う。弘薇殿の女御にだけは、はっきりと、事情をお話した。

兵部卿の宮は、婚約のことを言う。
しかし源氏は、帝のお言葉を頂いてからと、言うのである。
それは、臣下の者との、結婚だからだ。




世の人聞きに、しばしこの事出ださじ、と、せちにこめ給へど、口さがなきものは世の人なりけり。じねんに言ひ漏らしつつ、やうやう聞え出でけるを、かのさがなものの君聞きて、女御のお前に、中将、少将侍ひ給ふに出で来て、近江「殿は御女まうけ給ふべかなり。あなめでたや。いかなる人、ふたかたにもてなさらむ。聞けばかれも劣り腹なり」と、あふなげに宣へば、女御かたはらいたし、と思して、物の宣はず。




世間の人の口の端に、しばらくこのことが、上がらないようにと、懸命に隠すが、おしゃべりなのは、世間の人であった。
自然と話が漏れて、次第に評判になってゆくのを、あの困り者の君が耳にして、女御の御前に、中将、少将が控えている所に出て来て、殿様は、姫様をお引取りになるそうな。結構なことです。どんな方が、お二方に大事にされるのでしょう。聞いたところでは、その人も、卑しい生まれとか、と、不躾におっしゃるので、女御は、聞いていられない気持ちで、何もおっしゃらない。

身分の高い女は、聞かない振りをする。




中将、「しかかしづかるべきゆえこそものし給ふらめ。さもて誰が言ひし事を、かくゆくりなくうち出で給ふぞ。物言ひただならぬ女房などもこそ、耳とどむれ」と宣へば、近江「あなかま。皆聞きて侍り。尚侍になるべかなり。宮仕へにと急ぎ出で立ち侍りし事は、さやうの御かへりみもやとてこそ、なべての女房達だに仕うまつらぬ事まで、おり立ち仕うまつれ。お前のつらくおはしますなり」と、恨みかくれば、皆ほほえみて、「尚侍あかば、なにがしこそ望まむと思ふを、非道にも思しかけけるかな」など、宣ふに、腹立ちて、近江「めでたき御中に数ならぬ人は交るまじかりけり。中将の君ぞつらくおはする。さかしらに迎へ給ひて、軽めあざけり給ふ。せうせうの人は、え立てるまじき殿のうちかな。あなかしこあなかしこ」と、しり様にいざり退きて、見おこせ給ふ。憎げもなけれど、いと腹悪しげに目尻引き上げたり。中将は、かく言ふにつけても、げにあやまちたる事、と思へば、まめやかにてものし給ふ。




中将は、そのように大切にされる訳があるのでしょう。それはそれとしても、誰が言ったことを、このように、出し抜けに口にされるのか。口煩い女房達が、それこそ、聞き耳を立てられたら大変です。と、おっしゃると、近江は、まあ、うるさい。全部聞いています。尚侍になるのだそうですね。こちらの宮仕えをと、熱心に出て参りましたのは、そんなお世話をしていただけると思ってなので、普通の女房達でも、しないようなことまで、御用を勤めております。女御様が、酷くていらっしゃるのです。と、恨み言を並べるので、一同、にっこりして、尚侍に欠員が出来たら、私が望みましょうと、思っているのに、無茶なお願いをするのですね。などと、おっしゃると、腹を立てて、立派な方ばかりの中に、人数にも入らない者は、仲間入りするのでは、ございませんでした。中将様は、酷くていらっしゃる。さし出てお迎えくださっても、軽蔑して悪口をおっしゃる。普通の人では、とても住んでいられない、御殿の中です。恐ろしいこと、恐ろしいこと。と、後ろ向きにいざり、引き下がり、こちらを睨む。憎らしくもないが、大変、意地悪そうに、目尻を吊り上げている。中将は、この言葉を聞くにつけ、全く失敗したと、真面目な顔をしている。





少将は、「かかる方にても、類なき御有様を、おろかにはよも思さじ。御心しづめ給うてこそ。堅きいはほもあわ雪になし給うつべき御気色なれば、いとよう思ひかなひ給ふ時もありなむ」と、ほほえみて、言ひ居給へり。中将も、「天の岩戸さしこもり給ひなむや、めやすく」とて、立ちぬれば、ほろほろと泣きて、近江「この君達さへ、皆すげなくし給ふに、ただお前の御心のあはれにおはしませば、侍ふなり」とて、いとかやすく、いそしく、げらふ童べなどの、仕うまつり足らぬ雑役をも、立ち走りやすくまどひありきつつさ志を尽くして宮仕へしありきて、「尚侍におのれを申しなし給へ」と、責め聞ゆれば、あさましう、いかに思ひて言ふ事ならむ、と思すに、物も言はれ給はず。




少将は、こうしたお勤めの方でも、またとない、あなたのことですから、おろそかには、まさか、思いではないでしょう。お気持ちを落ち着けて、お待ちなさい。それでこそ、堅い岩でも、小雪に砕いてしまうほどの、お元気ですから。立派に望みを適えられる時もあるでしょう。と、笑いながらおっしゃる。中将も、天の岩戸を閉じて、引っ込んでいる方が、無難ですと言い、立ってしまったので、ぽろぽろと涙をこぼして、私の兄弟までが、お仕えしているのです、と言い、いとも手軽に、精を出して、下働きの女房や、童などの、行き届かない、つまらない仕事でも、腰軽く動き回りながら、あちこちも尋ね尋ねして、真心こめて御用をして回り、尚侍に私をお願いしてください、と、責めるので、女御は、呆れ果て、どんな気で言うのかと、思うと、何も言うことが出来ないのである。

尚侍、ないしのかみ、とは、女の職である。
近江の、滑稽な様子であるが・・・

女御も、中将も、少将も、呆れているのである。




posted by 天山 at 05:36| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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