2013年08月19日

もののあわれについて627

かくてその日になりて、三条の宮より忍びやかに御使あり。御櫛の箱など、にはかなれど、事どもいと清らにし給うて、御文には、
大宮「聞えむにもいまいましき有様を、今日は忍びこめ侍れど、さるかたにても、長きためしばかりを思し許すべうや、とてなむ。あはれに承り明きらめたる筋を、かけ聞えむも、いかが、御気色に従ひてなむ。


ふたかたに 言ひもて行けば 玉くしげ わが身離れぬ かけごなりけり

と、いと古めかしうわななき給へるを、殿もこなたにおはしまして、事ども御覧じ定むる程なれば、見給うけるを、年に添へて、あやしく老い行くものにこそありけれ。いとからく御手震ひにけり」など、うち返し見給うて、源氏「よくも玉くしげにまつはれたるかな。三十一文字の中に、こと文字は少なく添へたる事の難きなり」と、忍びて笑ひ給ふ。




かくして、その裳着の当日、三条の大宮から、ひっそりとお使いがあった。御櫛の箱など、急のことであるが、色々な用意をされて、まことに綺麗に仕上がっており、お手紙には、お手紙を差し上げるにも、憚られる尼姿ゆえに、今日は、こらえて引き籠っていましたが、それにしても、長生きの前例に、あやかる気になっていただけようかと、思いまして。聞いて知りまして、喜びましたことを、申し上げますのも、どうでしょう。あなたの、お気持ち次第で。


どちらの方から申しましても、私の方からは、切っても切れない、孫ということになります。

と、たいそう古風で、筆先も震えて書いてあるものを、源氏も、こちらに来て、色々お世話をしている最中なので、御覧になり、古風な書きぶりだが、立派なものだ。この筆跡は。昔は上手でいらしたが、年を取るにつれて、奇妙に年寄り臭くなってゆくものだ。とても、痛々しいほど、お手が震えている、などと、しきりに何度も御覧になり、酷いことだ、玉櫛に、まつわれているもの。三十一文字のなかで、玉櫛に縁の無い言葉を少ししか使わないことは、できるものではない。と、くすくすと、笑う。

よくも玉くしげにまつはれるかな
縁語仕立ての歌に対する、源氏の評価である。

つまり、大宮の歌は、源氏の養女としても、内大臣の子にしても、どちらから言っても、孫に当たるのである。




中宮より、白き御裳、唐衣、御装束、御ぐしあげの具など、いと二なくて、例の、壺どもに、唐の薫物、心ことに薫り深くして、奉り給へり。御方々、皆心心に、御装束、人々の料に、櫛、扇まで、とりどりにし出で給へる有様、劣り優らず、様々につけて、かばかりの御心ばせどもに、いどみ尽くし給へれば、をかしう見ゆるを、東の院の人々も、かかる恩いそぎは、聞き給うけれども、とぶらひ聞え給ふべき数ならねば、ただ聞き過ぐしたるに、常陸の宮の御方、あやしうものうるはしう、さるべき事の折り過ぐさぬ、古代の御心にて、「いかでかこの御いそぎをよその事とは聞き過ぐさむ」と思して、形のごとなむ、し出で給うける。あはれなる御志なりかし。青鈍の細長ひとかさね、おちぐりとかや、何とかや、昔の人のめでたうしけるあはせの袴ひとぐ、紫のしらきり見ゆる、あられ地の御小うちぎと、良き衣箱に入れて、包みいとうるはしうて、奉れ給へり。御文には、末摘「知らせ給ふべき数にも侍らねば、つつましけれど、かかる折りは思う給へ忍び難くなむ。これ、いとあやしけれど、人にも賜はせよ」と、おいらかなり。




秋好む中宮からも、白い裳、唐衣、御装束、御髪上げの道具など、またとないほどの出来で、いつもの通り、色々な壺に、中国からの薫物、格別な香りのするのを、差し上げた。
ご婦人方は、皆、それぞれに、お召し物、お付の女房たちが使う物として、櫛、扇にいたるまで、それぞれが、作られた出来栄えは、優劣がつけられず、贈り物のそれぞれについて、あれほどの方々が、必死に競争したもので、結構に見える。が、二条の院の東の方々も、こういう準備のことは、聞いているが、お祝い申し上げる人数には入らないと、そのまま聞き過ごしたのだが、常陸の宮の御方、末摘花は、奇妙にきちんとされて、するべき場合は、しないで済まさないという、昔風の気持ちであり、どうして、この御準備を、他人事として知らない振りが出来ようかと考え、おきまりの通りにされた。
特殊な心がけである。
青鈍色の細長が、一かさね、落ち栗色とか、何とか、昔の人が、結構な物だとしていた、袷の袴を一揃え、紫色が白くなっている。
あられ模様の小うちぎと、結構な衣装箱に入れて、包み方も見事にされ、差し上げた。お手紙には、お見知り願うほどの者では、ございませんので、気が引けますが、このような時は、知らない振りをいたしたくないのです。この品物は、まことにつまらないものですが、女房たちにでも、おやり下さい。と、おおようである。

おいらかなり
穏やかではあるが、偉ぶる態度である。

あはれなる御志なりかし
心掛けとしては、特殊である。珍しい心掛けか・・・




殿御覧じつけて、いとあさましう、例の、と思すに、御顔赤みぬ。源氏「あやしきふる人にこそあれ。かくものづくみしたる人は、引き入り沈み入りたるこそ良けれ。さすがに恥ぢがましや」とて、源氏「返りごとはつかはせ。はしたなく思ひなむ。父親王のいとかなしうし給ひける思ひ出づれば、人におとさむは、いと心苦しきなり」と、聞え給ふ。御小うちぎのたもとに、例の同じ筋の歌ありけり。

末摘
わが身こそ 恨みられけれ 唐衣 君がたもとに なれずと思へば

御手は、昔だにありしを、いとわりなう、しじかみ、えり深う、強う、堅う、書き給へり。大臣、憎きものの、をかしさをばえ念じ給はで、源氏「この歌よみつらむ程こそ。まして今は力なくて、所狭かりけむ」と、いとほしがり給ふ。源氏「いで、その返りごと、騒がしうとも、我せむ」と、宣ひて、源氏「あやしう、人の思ひ寄るまじき御心ばへこそ、あらでもありぬべけれ」と、憎さに書き給うて、

源氏
唐衣 また唐衣 唐衣 かへすがへすも 唐衣なる

とて、源氏「いとまめやかに、かの人のたてて好む筋なれば、ものして侍るなり」とて、見せ奉り給へば、君いとにほひやかに笑ひ給ひて、玉葛「あないとほし。ろうじたるやうにも侍るかな」と、苦しがり給ふ。




源氏は、それを見て、呆れて、またいつも通りだと、思う。顔が赤くなるのである。源氏は、変に、昔かたぎの人なのだ。こんなに内気の人は、引っ込んで、出て来ない方がいい。私まで恥ずかしくなる。と、おっしゃり、返事は、やりなさい。きまり悪く思うでしょうから。父君の常陸の宮が、大変に可愛がっていたことを、思い出すと、人より軽く扱っては、気の毒な人だと、玉葛に、申し上げる。
小うちぎの袂に、いつも通り、同じ趣旨の歌がある。

末摘
私自身を恨みます。あなたのお傍にいることが、出来ない身なのだと・・・

筆跡は、昔もそうだが、まことに酷いもので、縮まり、彫りこんだように、強く、堅く、書いてある。大臣は、憎いとは思うが、おかしさを我慢できないので、この歌を詠んだときは、どうなのやら。昔以上に、今は助ける人がいなくて、気の塞ぐことだろう。と、気の毒がる。
一つ、この返事は、忙しいが、私がしよう。と、おっしゃり、

源氏
変なことです。誰も思うような、お心遣いをされて。そんなことは、されなくても、いいことです。と、憎いように書いて、

源氏
唐衣 そしてまた、唐衣唐衣、いつもいつも、唐衣とおっしゃいますね。

と、お書きになって、大変真面目に、あの人が、特に思い込んで、好むやり方だから、それに従って作りました。と、玉葛に見せると、玉葛は、とても華やかに笑い、また、お気の毒なこと。からかったようですね。と、気の毒がる。
役にも立たないことが、多いことです。

最後は、作者の言葉。




posted by 天山 at 05:27| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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