2013年08月18日

もののあわれについて626

かかるついでなれど、中将の御事をば、うち出で給はずなりぬ。ひとふし用意なし、と思しおきてければ、口入れむ事も、人わるく思しとどめ、かの大臣はた、人の御気色なきに、さし過ぐし難くて、さすがにむすぼれたるここちし給うけり。大臣「今宵も御供に侍ふべきを、うちつけに騒がしくもやとてなむ、今日のかしこまりは、ことさらになむ参り侍る」と、申し給へば、源氏「さらば、この御悩みもよろしう見え給ふを、必ず聞えし日たがへさせ給はず、渡り給ふべき」由聞え契り給ふ。御気色どもようて、おのおの出で給ふ響き、いといかめし。君達の御供の人々、「何事ありつるならむ。珍しき御対面に、いと御気色よげなりつるは、またいかなる御譲りあるべきにか」など、ひが心をえつつ、かかる筋とは思ひ寄らざりけり。




こういう機会だが、中将の御事は、口に出さずじまいに終わった。一ヶ所、不用意であると、判断されたので、口出しすることも、外聞が悪いと、思いとどまり、あちらの大臣もまた、お言葉もないのに、出過ぎることも出来ず、言わないだけに、打ち解けぬ気持ちである。内大臣は、今夜も、御供いたすべきですが、急なことで、お騒がせしてはと、思います。今日のお礼は、日を改めまして、お伺いいたします。と申し上げると、源氏は、それでは、大宮のご病気も悪くない様子ですから、必ず申し上げた日を、忘れずに、お出でくださるように、との、約束をなさる。
お二人のご機嫌うるわしい、それぞれのお立ち居でされる、ざわめき、まことに堂々たるものである。子息の方々のお供をして来た連中も、どういうことがあったのかと。久しぶりの御出会いに、たいそう機嫌よく見えたのは、今度は、どんなお譲りがあるのだろう、などと、勘違いして、そのようなこととは、思いもかけないのである。

人々は、何か役職に関することと、思うが、実は、夕霧のことである。
昔、内大臣が、夕霧の申し出を、撥ね付けたことである。




大臣、うちつけに、いといぶかしう、心もとなう覚え給へど、「ふとしか受け取り親がらむも、便なからむ。尋ね得給へらむ初めを思ふに、定めて心清う見離ち給はじ。やむごとなき方々をはばかりて、うけばりてその際にはもてなさず、さすがにわづらはしう、ものの聞えを思ひて、かく明かし給ふなめり」と思すは、口惜しけれど、「それをきずとすべき事かは。ことさらにもかの御あたりにふればはせむに、などか覚えの劣らむ。宮仕へざまにおもむき給へらば、女御などの思さむこともあぢきなし」と思せど、「ともかくも思ひ寄り宣はむおきてを、たがふべきことかは」と、よろづに思しけり。




内大臣は、突然のことであり、腑に落ちない、とても不審に思うが、ふっと、引き取って、親しく暮らすのも、具合が悪いだろう。探し出して、手に入れた当初を考えると、確かに、手を触れずにいることはあるまい。立派な婦人方の手前を遠慮し、堂々と、婦人として取り合わず、とあっても、矢張り具合が悪い。世間の評判を思い、このように打ち明けられるのか。と、思うことは、残念であるが、それを疵としなくてはならないことなのか。こちらが、進んで、あちらのお傍に差し上げるとしたところで、どうして、評判が悪くなるだろう。宮中に入れるように、気が進みだと、女御などの思うことも、面白くないと、思う。どちらにせよ、考えて、お口にされる決定に背けることではない。と、何もかもについて、考えるのである。

これは、玉葛のことである。
内大臣の心の内を、書き付けるのである。




かく宣ふは、二月ついたち頃なりけり。十六日彼岸の初めにて、いと良き日なりけり。近うまた良き日なし、と、かうがへ申しけるうちに、よろしうおはしませば、急ぎ立ち給うて、例の渡り給うても、大臣に申しあらはしし様など、いとこまかに、あべき事ども教え聞え給へば、「あはれなる御心は、親と聞えながらもあり難からむを」と思すものから、いとなむ嬉しかりける。かくて後は、中将の君にも、忍びてかかる事の心、宣ひ知らせけり。「あやしの事どもや。むべなりけり」と、思ひ合はする事どもあるに、かのつれなき人の御有様よりも、なほもあらず思ひ出でられて、思ひ寄らざりける事よ、と、しれじれしきここちす。されど、あるまじう、ねぢけたるべき程なりけり、と思ひ返す事こそは、あり難きまめまめしさなめれ。




このお話があったのが、二月上旬である。
十六日は、彼岸の入りで、たいそう、良い日であった。この前後に吉日はないと、陰陽道の占いが出て、大宮も大丈夫な様子で、急いで用意されて、例の通り、玉葛の方に出られて、内大臣に打ち明けた様子など、とても詳しく、心得を色々と教え申すと、玉葛は、親切なお心は、親と申す方でも、まずいないだろうと思うが、実の親との対面は、大変嬉しかった。
この後で、中将、夕霧に君にも、こっそりと、こういう事情であると、説明する。変なことだらけだ、それなら、無理もないと、夕霧も合点のゆくことが、あれこれとあるが、あの冷たい人の様子よりも、玉葛のことが胸に浮かび、気がつかなかったと、自分が馬鹿のような気がする。だが、してはならない、筋違いのことだと、反省することは、そこらには無い、誠実さでしょう。

あはれなる御心は
親切な心である。

あやしの事ども
夕霧が、玉葛が源氏に引き取られたということ。そして、実は、内大臣の子であることを知るのである。

最後は、作者の感想である。

主語がないので、誰の思いなのか・・・
更に、省略である。

当時の人には、理解出来たのであろうが・・・
解説がなければ、理解出来ない。





posted by 天山 at 05:08| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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