2013年08月10日

神仏は妄想である。431

イエス時代のパレスチナは、紀元前2世紀のアンティオコス四世による、エルサレムのヘレニズム化政策、そして、紀元前63年以来のローマ支配により、ヘレニズム化、ローマ化の過程が、進行していた。

ただ、ユダヤ行政府の中心である、エルサレムには、ユダヤ教正統派を任じる、ファリサイ派、特に、熱心党のように、ヘレニズム化政策に反対する、強固なユダヤ民族主義が存在していた。

しかし、ユダヤ辺境の地、ガリラヤになると、別である。
ガリラヤとは、ガーリールというヘブライ語が、アラム語を経て、ギリシャ語化されたもので、ユダヤ王国時代、ガリラヤは、すでにゲリール・ハッゴーイムと呼ばれていた。意味は、諸民族の地域、である。

ガリラヤは、ユダヤ教とオリエント的、ヘレニズム的宗教の混沌とした地帯だった。

ガリラヤは、ヘレニズム世界の、治癒神、エシュムン、アスクレピオス信仰の一拠点である、フェニキアの都市シドンと、極めて近いのである。
福音書でも、シドンは、奇跡の起きやすい町であったという。

福音書に関する、最も新しい研究は、エルサレムを中心とした、原始キリスト教団に対し、ガリラヤにも、キリスト教徒の集団が存在していた。
前者は、救い主キリスト伝承の担い手であり、後者は、イエスの奇跡物語の伝承の担い手であった。

ここで、伝承という言葉が出る。
伝承とは、伝える・・・
人の口から口へと・・・
つまり、そのお話は、どんどんと変形して行くのである。

福音書も、一番古い、マルコの福音書を基底に、マタイ、ルカが出来上がっている。
尾ひれはひれがついて・・・
更に、マルコも一つの創作欲に駆られて、更に、自分の思想を創り上げた。
イエスという、人物を通して。

その、マルコによる福音書について、神学者である、田川建三氏の説から、紹介する。

治癒神イエスの登場を生き生きと素朴に描き出したマルコである。
その手法の発見は、極めて緊密な仕方で、マルコのガリラヤ理解と一つに結合されていたのである。

ガリラヤによって、エルサレムを意識し、エルサレムを意識することで、ガリラヤに自己を定位したマルコである。

山形氏は、その田川氏の研究から、三点に絞り要約している。
まず、一つは、ガリラヤの辺境性である。
ガリラヤは、ユダヤの北方サマリヤの、更にまた北に位置している。
ユダヤ行政府からは、遠い。

そして一つは、ガリラヤの異教性である。
イスラエル王国時代に、すでに異邦人のガリラヤと呼ばれていた。
その長い埋もれた民族の歴史から見れば、ガリラヤは、海岸都市フェニキアの一部に組み込まれていた。
つまり、ガリラヤの異教性は、本来のものである。

その一つは、反エルサレム的、反体制的性格である。
エルサレムの最高法院に対する、反体制的性格が、ガリラヤの政治風土を決定づけている。

こうしたガリラヤ理解の上で、マルコは、治癒神イエスを設定したという。

であるから、それは、イエス自身ではなく、マルコの独創によるものである。
治癒神イエスの登場は、ガリラヤ無しには、有り得ないとなる。

更に、山形氏は、荒井献氏の、イエスとその時代、からの分析を見る。

荒井氏は、伝承の担い手となった民衆を、社会の階層性においてとらえ、伝承に記憶されたイエス像の、社会的階層性を浮き彫りにした。

そうした方法で、奇跡物語の伝承を分析した結果・・・
その一つに、奇跡物語の担い手となった民衆は、イエスの言葉伝承を担った、小市民層とは違う、社会の最下層、特に、社会的に差別の対象とされた、地の民、罪人と呼ばれた階層である。

その一つは、彼らの生活、行動の場は、ガリラヤの農村である。

そして、その一つは、彼らの用いた日常語は、アラム語であり、彼らは、差別された状態から、社会への復帰を熱望していた。

ガリラヤのナザレの町の、小市民から出たイエスが、社会の最下層の「地の民」と交わり、彼らの抑圧された願望や期待にこたえながら、彼らの生きようとする方向へ、自らの運命を賭けていく。そうしたイエスの行動を、荒井は驚異の治癒物語伝承の背後に読み取ろうしたのである。
山形

一人の男の、人物伝承を書く行為によって、思想とする。
そこにあるのは、ユダヤ民族主義、キリスト論的イエス理解に、批判的だったマルコの創意工夫が、結実したもの、それが、マルコ福音書である。

であるから、他の作者たちも、それぞれの思想を持ち、マルコの福音書をベースにして、更に、その思想を展開させたのである。

一つ一つの、福音書は、つながっているのではない。
別々の思想によって、成り立っている。
だから、聖典とされなかったものも、数多くある。
それらを、外典として処理している。あるいは、異端として、処理しているのである。

遊行して村々を廻ったイエスは、実在した。
しかし、そのイエスが、救い主、キリストであると、明確にしたのは、後の人たちである。

そうせざるを得ないほどに、地の民、最下層の人々は、抑圧されていた。

二千年前の、ある地域のお話である。

イスラエル民族、後のユダヤ民族、そして、ユダヤ教という権威によって、抑圧されていた人々。
つまり、ユダヤ教は、すでに崩壊していて、なす術もなく、ただ、すでに過ぎ去った歴史の残骸である、旧約聖書という伝承と、神話を持って、形骸化した集団と化し、人々を裁くだけの存在として機能していた、最高法院なるユダヤ教の幹部、選ばれた者たち・・・

イエスは、それらの人々との、交わりを持たなかった。
持つ必要がなかったのである。
というより、イエスも、小市民の一人、地の民の一人だった。




posted by 天山 at 05:21| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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