2013年07月22日

性について237

交尾に関するかぎり、オスの社会的順位は決してオールマイティでなかったことが、ヒヒや類人猿の研究で明らかとなっている。発情期間の半ばは、メスは確かに順位の高いオスを選ぶ。選び誘惑するのはいつもメスだ。私たちは長い間、相手をじっくりと選ぶのは男だけだと信じていたのではないだろうか。女に選択の余地も許されなかったひと昔前ならいざしらず、女の生理にしてからが、女の方が男を選ぶようにできていたことを思い出すだけで十分だ。女は生得的に待ち、そのうちの500分の一しか排卵機能を持たない卵子を、選んで相手に捧げようとしていたことを思い出さない男はバカだ。
大島清

選択するメスに対して、オスは互いに、もてようとして、競合する。
オスの、セックスアピールも、どんどんと、進化していった。

その一つが、性器の巨大化である。
その他、諸々・・・

体の大きいことも、その一つ。
現在でも、男は女より、平均して、二割は体が大きい。

そのようなオスを、メスは選択の基準にしてきたと思われる。

メスに好まれる資質を持つ遺伝子が、オスに引き継がれてゆき、今日の男が出来上がった。

さて、人類の、自然なつがいの形態は、一夫多妻制である。
現在でも、潜在的に、そのようである。
つまり、浮気や不倫というのは、当たり前の感覚なのである。

ただ、姦通をするチャンスは、男女共に、ある。
それでも、男は、父性の不確実さという、遺伝的な脅威に対して、女が姦通しないように、神経を尖らすのである。

相手の不貞に関して、男は、随分と分が悪いのである。
知らずに、他の男の子供を育てている場合もあるからだ。

女に対して、貞節という拘束を与えたのは、男だった。
女にとっては、男が家族のために、するべきことをしていれば、男の不貞は、許された。

だが・・・
今は違う。

産児数が少なく、女が社会進出をはじめて、自ら輝き出した。
そして、男にも、貞節を求めるようになった。

更に、男の権威である、父親、父権が皆無に近くなったのである。

世界的に、父権崩壊は、第二次世界大戦後から始まる。
その背景には、核家族化がある。

そして、産業化による、雇用の増大が、父権というものを、薄めた。

歴史的には、母権制から父権制が発達してきたようだが、時間的に前後しているだけである。母権との戦いによって生まれたのが、父権である。

動物には、性的逸脱が無い。
性的快楽を満足させるための、逸脱が無いということである。

サルなどは、群れの中に、メスの数が足りない時のみ、同性間で、性欲を発散させる行為が見られるが、群れの比率が収まり、発情期過ぎれば、無くなる。

ホモセクシャルとは、別物である。
勿論、女にも、ホモ傾向が見られるが、男とは、そのあり方が別物である。
女の方が、観念的である。

更に、肛門性交によって、快感を得ようとする男の、ホモとは違うのである。

では、何故、男は逸脱するか・・・

男性特有の性的な資質を、身をもって立証せずにはいられない、といった強迫感が男を苛むのだろうか。
大島清

その理由を、性の逸脱の著者、アンソーニ・ストーブスは言う。
第一に、ペニス勃起幻想である。

加齢、心理的ストレス、ある種の疾患によって、男のペニスは、容易に勃起不全となる。
そして、性交不可能という諦念に、心身を蝕まれやすい。
第二は、男は生まれてすぐに、母親という異性に育てられる。
それが、成長するに従い、母親とは、別の存在にならなければならない。

第三に、男は、子育て機能を持たないという、充実感に欠ける。
というものである。

これは、オスが男になり、大きな脳を持つことによる、難問である。

そこで、性的逸脱に含まれない、変性症が、圧倒的に男に多いことである。
男女の比率が、八対一といわれる、変性症は、自分が男あるいは、女であることに、疑問を持つ。
ひたすら、異性に変わりたいと願う。
どんな犠牲を払ってでも、性転換の手術を受けようとする。

現在の、トランスジェンダーである。

実際、男は、女という、基本型を変異、改造したものに過ぎないという、考え方である。
女から生まれ、女の乳を飲み、育ってゆくことが、ジェンダー・アイデンティティに問題を起こしやすいと、考える。

日本の社会では、母性が女の自立を長い間抑圧してきたのとは逆に、男性原理が男を逸脱に追い込んだともいえよう。しかし、女が母性から逃れられないのと同じように、男は男性原理からは逃れることはできない。
大島清

欧米の男性原理は、キリスト教により、多分に完全性を目指す方向へ行く。
元気な男性自身は、男性原理の全表現となるのである。

すべての、逸脱行為は、男の、勃起と、射精という短いオーガズムを多様にしたいという、願望を含むといえる。

女の、多重型オーガズムとは、比べ物にならないほど、男のオーガズムは、オスの頃から、変わらないのである。

であるから、多数の女と関係するという男は、その単純なオーガズムを、多数の女によって、色付けるということと、理解する。

逸脱というより、それが、男と考えた方が、身のためであると、言う。
大脳化による、妄想の世界を、性的世界に取り入れた結果であろう。

哀れと、言えば、哀れである。



posted by 天山 at 06:08| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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