2013年07月18日

もののあわれについて621

かうて野におはしまし着きて、御輿とどめ、上達部の平張にもの参り、御装束ども、直衣、狩りの装などに改め給ふ程に、六条の院より、おほきみ、御くだものなど奉らせ給へり。今日仕うまつり給ふべく、かねて御気色ありけれど、御物忌の由を奏せさせ給へりけるなりけり。蔵人の左衛門の尉を御使にて、雉一枝奉らせ給ふ。仰せ言には何とかや、さやうの折りの事まねぶに煩はしくなむ。




こうして、大原野に到着して、御輿を止められ、上達部は天幕の中で食事をされ、服装を直衣や、狩り衣などに改めたりされるところに、六条の院より、お酒やお菓子などを献上される。今日、供奉なさるようにと、前もってご挨拶があったが、御物忌みとのことを、奏上されたのである。帝のお言葉は、何とございましたか、そのような時のことを申しますのは、困りますので・・・




冷泉
雪深き をしほの山に 立つ雉の 古き跡をも 今日は尋ねよ

太政大臣の、かかる野の行幸に仕うまつり給へる例などやありけむ。大臣、御使をかしこまりてなさせ給ふ。

源氏
をしほ山 みゆき積れる 松原に 今日ばかりなる 跡やなからむ

と、その頃ほひ聞きし事の、そばそば思ひ出でらるるは、こがごとにやあらむ。





雪の深い小塩山に、雉が飛び立っているが、例に従い、今日こちらに参ればよかったのに。

太政大臣が、このような野の行幸に、奉仕された先例などがあったのでしょうか。源氏の大臣は、御使いを、恐縮して、おもてなしされた。

源氏
小塩山の雪の降り積もる松原に、今日ほど、足跡が多く、盛大だったことは、ありませんでしょう。

と、その当時、聞いたことが、ちらほらと思い出されるのは、記憶違いかもしれません。

この部分は、三人称である。
現代の小説に近い、書き方である。




またの日、大臣西の対に、源氏「きのふ、上は見奉り給ひきや。かの事は思しなびきぬらむや」と聞え給へり。白き色紙にいとうちとけたる御文こまかに気色ばみてもあらぬがをかしきを見給うて、玉葛「あいなの事や」と笑ひ給ふものから、「よくもおしはからせ給ふものかな」と思す。御返りに、玉葛「昨日は、

うちきらし 朝曇りせし みゆきには さやかに空の 光やは見し

おぼつかなき御事どもになむ」とあるを、上も見給ふ。




その翌日、大臣、源氏は、西の対に、昨日、帝を拝みましたか。あのことは、私の勧めに従いますか、と書いた。白い色紙に、親しげにお手紙である。こまごまと、気取ることなく、見事なものを御覧になり、玉葛は、いやなことを、と、笑うが、よくも人の心を見通されたと、思うのである。お返事には、

朝曇りの雪の日では、すっかりと空の光を見たり出来ましょうか。

はっきりしないことばかりです。と、書いてあるのを、紫の上も御覧になる。

上も見給ふ、とは、紫の上のことである。




源氏「ささの事をそそのかししかど、中宮かくておはす、ここながらの覚えには便なかるべし。かの大臣に知られても、女御かくてまた侍ひ給へばなど、思ひ乱るめりし筋なり。若人の、さも馴れ仕うまつらむにはばかる思ひなからむは、上をほの見奉りて、えかけ離れて思ふはあらじ」と宣へば、紫「あなうたて。めでたしと見奉るとも、心もて宮仕ひ思ひたらむこそいとさし過ぎたる心ならめ」とて笑ひ給ふ。源氏「いで、そこにしもぞ、めで聞え給はむ」など宣うて、また御返り、

源氏
あかねさす 光は空に 曇らぬを などてみゆきに 目をきらしけむ

なほ思し立て」など、絶えず勧め給ふ。「とてもかうても、まづ御裳着の事をこそは」と思して、この御まうけの御調度の、こまやかなる清らども加へさせ給ひ、何くれの儀式を、御心にはいとも思ほさぬ事だに、おのづからよだけく厳めしくなるを、まして、「内の大臣もやがてこのついでにや知らせ奉りてまし」と思し寄れば、いとめでたく所狭きまでなむ。




源氏は、こういうことを、勧めてみたのだが、中宮がああしていらっしゃることゆえ、同じこの家からの扱いでは、具合が悪い。あちらの大臣に打ち明けても、女御がこうして別におられるのだから、などと、前にも気にしていたらしい事情と、同じことになる。若い女で、そのように宮中へお仕えするのに何憚ることもないものは、主上を、少しでも拝して、宮仕えを考えずに、いられるものはないだろう、とおっしゃると、紫の上は、まあ嫌なこと。いくらご立派だと拝しても、自分から進んで宮仕えを考えるなど、あまりに出すぎた人でしょう。と、笑う。源氏は、さあ、そういうあなたこそ、熱心になるのだろう、などと、おっしゃり、改めて、御返事に

日の光は、曇りなく、空に差しているのに、どうして、雪のために、目がかすんで見えなかったのでしょう。

是非、決心されるように、などと、ひっきりなしに、お勧めになる。

どうなるにせよ、まず裳着の式を、と思い、その儀式のお道具類の、精巧で立派なものを増やして、大体どんな儀式でも、ご自分では、大して考えていないことでさえ、いつしか、大袈裟に厳しくなるのも、まして、内大臣にも、このまま式のついでに、お知らせしようか、と考えるので、実に立派で、並びきれないほどである。

女御とは、玉葛の姉である。

裳着の式とは、女の成人式のことである。

とてもこうても
兵部卿の宮、あるいは、右大将と結婚するにしても・・・
また、入内するにしても、である。
その前に、女の成人式をするというのである。




posted by 天山 at 05:21| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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