2013年07月16日

もののあわれについて619

渡らせ給ふとて、人々うちそよめき、凡帳ひきなほしなどす。見つる花の顔どもも思ひ比べまほしうて、例は物ゆかしからぬ心地に、あながちに妻戸の御簾をひききて凡帳のほころびより見れば、物のそばよりただはひ渡り給ふ程ぞ、ふとうち見えたる。人のしげくまがへば、何のあやめも見えぬほどに、いと心もとなし。薄色の御衣に、髪のまだ丈にははづれたる末の、ひき広げたるやうにて、いと細くちひさき様体、らうたげに心苦し。をととしばかりは、たまさかにもほの見奉りしに、またこよなく生ひまさり給ふなめりかし、まして盛りいかならむ、と思ふ。かの見つるさきざきの桜、山吹といはば、これは藤の花とやいふべからむ、木高き木より咲きかかりて風になびきたるにほひはかくぞあるかし、と思ひよそへらる。かかる人々を心にまかせて明け暮れ見奉らばや、さもありぬべき程ながら、へだてへだてのけざやかなるこそつらけれ、など思ふに、まめ心もなまあくがるる心地す。




明石の姫君が、こちらに帰られるという知らせがあり、女房たちが、ざわめいて、凡帳などを、整える。先ほど見た、花に見まがう美しい方々と、比較したくて、いつもは、別に見ることも無いが、無理に妻戸の御簾に半身を入れて、凡帳のほころびから覗くと、物影から、そっといざって、来るところが、ちらっと見えた。
大勢の女房たちが、行ったり来たりするので、はっきりとは、見定められず、気が気ではない。
薄紫のお召し物に、髪のまだ背丈になっていず、切っていない裾は、末広がりで、細く小さな体つきが、可愛らしく見える。痛々しいほどだ。
一昨年くらいまでは、たまに、お姿を拝見したものであるが、年とともに、ずっと美しくなったようである。まして、年頃には、どれほど美しくなるだろう、と思う。
あの先ほどの方々を、桜や山吹に例えれば、この姫君は、藤の花というべきだろう。背の高い木に咲きかかり、風に揺れている美しさは、このようなもの、と、比較するのである。
こんな方を、思う存分に、朝夕、お相手したいものだ、などと思うと、いつも誠実な方も、そぞろ心が落ち着かない。

最後は、作者の言葉である。

へだてへだてのけざやかなる・・・
これは、源氏の教えである。
誠実にという・・・




おば宮の御もとにも参り給へれば、のどやかにて御おこないし給ふ。よろしき若人などここにもさぶらへど、もてなしけはひ装束どもも、さかりなるあたりには似るべくもあらず。容貌よき尼君たちの墨染にやつれたるぞ、なかなかかかる所につけては、さる方にてあはれなりける。内の大臣も参り給へるに、大殿油など参りてのどやかに御物語など聞え給ふ。大宮「姫君を久しく見奉らぬがあさましきこと」とて、ただ泣きに泣き給ふ。大臣「今この頃のほどに参らせむ。心づから物思はしげにて、口惜しうおとろへにてなむ侍める。女子こそ、よくいはば、持ち侍るまじきものなりけれ。とあるにつけても、心のみなむ尽くされ侍りける」など、なほ心解けず思ひおきたる気色して宣へば、心憂くてせちにも聞え給はず。そのついでにも、大臣「いとふでうなる女まうけ侍りて、もてわづらひ侍りぬ」と、うれへ聞え給ひて笑ひ給ふ。大宮「いであやし。女といふ名はして、さがなるやうやある」と宣へば、内大臣「それなむ見苦しき事になむ侍る。いかで御覧ぜさせむ」と聞え給ふとや。




夕霧が、おばあさまの大宮のところにも、上がられた。静かな、お勤めをしている。相当な、若い女房なども控えているが、物腰も、様子も衣装も、栄華を極めるところには、とうてい及びも付かない。
器量のよい尼君たちが、黒染めの質素な姿でいる方が、かえって、こういうところとしては、尼は尼として、あはれなりける。しみじみとした、感じがある。
内大臣も、いらっしゃり、灯をつけて、静かにお話をされる。大宮は、姫君に長いこと、お会いしていないのが、情けないと、おっしゃり、ただ、泣くだけである。内大臣は、もうすぐ、こちらに伺わせます。自分の招いた苦労で、惜しいほど、やつれているようです。娘というものは、はっきり申すと、持つべきではありません。何かにつけて、心配ばかりさせられる。など、今も、なお含みのある言い方でおっしゃるので、嫌な気持ちがして、強くも言わない。この話のついでに、内大臣は、まことに、不出来な娘を引き取りました。始末に困っています、と愚痴をおっしゃり、笑う。
大宮は、変ですね。あなたの娘である以上、出来の悪いことがありましょうか、とおっしゃると、それが、とても、見られたものではありません。いずれ何とか、お目通りさせましょう、と、申し上げる、様子。

さる方にてはあはれなりける
その様子が、あはれ、である。
しみじみと・・・
という、言葉で、それを表現するが・・・

学者の怠慢である。
切々とした・・・
遥かに深い思いを・・・

など、いろいろと表現ができる。

野分を終わる。




posted by 天山 at 06:58| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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