2013年07月15日

もののあわれについて618

東の御方へ、これよりぞ渡り給ふ。今朝の朝寒なるうちとけわざにや、もの裁ちなどするねび御達、御前にあまたして、細櫃めくものに綿ひきかけてまさぐる若人どもあり。いと清らなる朽葉の薄物、今様色の二なくうちたるなどひき散らし給へり。源氏「中将の下襲か。御前の壺前栽の宴もとまりぬらむかし。かく吹き散らしてむには何事かせられむ。すさまじかるべき秋なめり」など宣ひて、何にかあらむ、さまざまなる物の色どものいと清らなれば、かやうなる方は南の上にも劣らずかしと思す。御直衣花文綾を、この頃摘みいだしたる花してはかなく染め出で給へる、いとあらまほしき色したり。源氏「中将にこそかやうにてき着せ給はめ。若き人のにてめやすかめり」などやうの事を聞え給ひて、渡り給ひぬ。




東の御方、花散里へ、ここから渡られる。今朝、朝方の寒かったせいの家事だろうか。不布地を裁ったりする年上の女房たちが、御前に大勢いて、細櫃のようなものに、真綿を引っ掛けて、延ばしている、若い女房たちがいる。
大変綺麗な、朽葉色の薄物や、流行の見事に艶出ししたものなど、そらこちに散らかしている。源氏は、中将の下がさねか。宮中での、壺前栽の宴も、この風では中止になるだろう。こんなに吹き荒れたのでは、何が出来よう。今年は、面白くない秋になる、などとおっしゃり、何の着物か、色々な布地の色がとても美しいので、こういったことでは、紫の上にも、負けないことだ、と思われる。
源氏の御直衣の花文綾、けもんりょう、を、この頃、摘んできた花で、さらりと染めたのが、大変に良い色である。
源氏は、中将に、このようなものを着せなさい。若い人のものとしては、結構だ。というようなことを言って、お渡りになった。

当時は、女房たちが、そのような染めを行っていたと、解る。




むつかしき方々めぐり給ふ御供にありきて、中将はなま心やましう、書かまほしきふみなど、日たけぬるを思ひつつ姫君の御方に参り給へり。乳母「まだあなたになむおはします。風におぢさせ給ひて、今朝はえ起きあがり給はざりつる」と御乳母ぞ聞ゆる。夕霧「ものさわがしげなりしかば宿直も仕うまつらむと思ひ給へしを、宮のいとも心苦しう思いたりしかばなむ。雛の殿はいかがおはすらむ」と問ひ給へしを、人々笑ひて、「扇の風だにまいればいみじき事に思いたるを、ほとほとしくこそ吹き乱り侍りしか。この御殿あつかひにわびにて侍り」など語る。




難しい方々の所を廻る御供に、あちこちと行って、夕霧は、何やら気持ちが優れず、書きたい手紙など、今は日が高くなってしまったと思いつつ、姫君の部屋に入られる。
乳母が、姫様は、紫の上の方においでです。風を怖がり、今朝は、起きられませんでした。と、申し上げる。夕霧は、酷く荒れた様子でしたから、こちらに宿直しようと思いましたが、大宮が大変に怖がりまして。お雛様の御殿は、どうでしたか、と問われると、女房たちが、笑って、扇の風でも当たると、一大事に思っていらっしゃるのですから、壊れそうなほどに風が吹きましたら・・・この御殿のお世話は、困りきっております。などと、報告する。




夕霧「ことごとしからぬ紙や侍る。御局の硯」と乞ひ給へば、御厨子によりて、紙一巻、御すずりのふたに取りおろして奉れば、夕霧「いな。これはかたはらいたし」と宣へど、北のおとどのおぼえを思ふに、少しなのめなる心地してふみ書き給ふ。紫の薄様なりけり。墨、心とどめておしすり、筆のさきうち見つつ、こまやかに書きやすらひ給へる。いとよし。されどあやしく定まりてにくき口つきこそものし給へ。




夕霧は、ちょっとした紙がありますか。それからお局の硯と、求めると、御厨子の傍に行き、紙一巻を硯の蓋に取り下ろして、差し上げる。夕霧は、いや、これは、もったいない、とおっしゃるが、北の御殿に対する、世間の評価を考えると、まあそれほどまでに思わなくてもいいという気がして、手紙を書くのである。
紫の薄様であった。墨を注意して、ゆっくりとすり、筆先を良く見て、念を入れ、書きながら、筆を休めている。実に良い。
だが、変に型にはまり、感心しない、読みぶりである。

明石の御方に贈る手紙である。
その身分を考えて、それほど、気にしなくてもいいと、思うのである。

その明石の姫君の硯と、筆を使うのである。




夕霧
風さわぎ むら雲まがふ 夕にも わするるまなく 忘られぬ君

吹き乱れたる刈萱につけ給へれば、人々、「交野の少将は、紙の色こそ、ととのへ侍りけれ」と聞ゆ。夕霧「さばかりの色も思ひわかざりけりや。いづこの野辺のほとりの花」など、かやうの人々にも言少に見えて、右馬の助に賜へれば、をかしき童、またいと馴れたる御随身などに、うちささめきて取らするを、若き人ただならずゆかしがる。




夕霧
風が騒ぎ、むら雲が起こる酷い夕べでも、忘れる間とてなく、忘れることの出来ない君。

吹き乱れた刈萱に、この文をつけたので、女房たちは、交野、かたのの少将は、紙の色と同じ草木に結びましたと、申し上げる。夕霧は、それほどの色を、思いつかなかった。どこの野の花かな、などと、このような女房たちにも、あまり物を言わない有様で、親しい隙も見せず、生真面目で、気品がある。
更に、もう一通お書きになり、右馬の助に渡されると、可愛らしい童と、もう一人、心得のある御随身などに耳打ちして渡すので、若い女房たちは、酷く気にして、どなたへのお手紙かと、知りたがるのである。

交野の少将とは、昔物語の主人公である。





posted by 天山 at 05:57| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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