2013年07月14日

天皇陛下について159

集団的指導者・・・
それは、集団が求める。つまり、人民が求める。

集団には、リーダーが必要不可欠であるということだ。
集団の本能であるとも言う。

人民に対して、公示されるクレムリンの意志は、常にただ一つである。そして、絶対命令なのである。
それは、本質的にスターリンと同じく、唯一絶対の党の権威として・・・
スターリン時代と同じく、ソ連の人民は、同一の言葉を語り、同一の思想の型で考える。

恐ろしいほどの、蒙昧である。
しかし、それが、支配思想なのである。

さて、それでは、アメリカの大統領は、どうなのか。

最初、アメリカの大統領選は、選挙された帝王を生み出すのではないかと、危惧された。

ジェファーソンは、特に大統領の再選に反対した。
憲法の条文には、再選を禁じることはなかったが、初代大統領のワシントンが、三選を辞退して、大統領が終身独裁官、帝王になることのないように、一つの見本を作ったといえる。

そして、それを、アメリカ人は、誇りにしている。

アメリカの民主共和国が円満に成長したのは、ワシントン、ジェフーアソンの民主精神も役立った。

ワシントンは、民主共和制の理想に忠実だった。
だが、軍隊の中では、彼を国王に推挙しようという、動きもあった。

ナポレオン、レーニン、スターリンとの違いは、条件が違うのである。

アメリカの建国には、フランス、ロシアのような反革命の懸念が無い。
更に、イギリスは、フランスの反革命援助で忙しく、アメリカ植民地の恢復のために、力を注ぐ熱意もなかった。

つまり、ワシントンが、独裁者にも、皇帝にもならなかったのは、アメリカが大西洋によって、欧米と切断されていたからである。

建国当初から、政争はあったが、それは、取るに足らないものだったといえる。

更に、建国に当たり、大きな鋭い敵対者がいなかったことも挙げられる。

このような、条件化では、レーニンでも、ナポレオンでも、終身独裁者など、求めなかっただろう。

歴史的地理条件が、全く違うのである。

ワシントンは、スターリンほど、神格化されなかったが、それなりに、その伝記により、神格化されている。

建国者ワシントンは、良き市民である。
公正、誠実、謙虚、勇気、博愛、というアメリカ市民の模範とされた。

ワシントンの建国神話は、アメリカ市民が生み出した、道徳文化である。

そして、西欧からも、干渉されなかった。

だが、このアメリカでも、ワシントン国王説、ワシントン神話が存在したということである。

進歩的文化人というものたちは、君主世襲、帝王神格化とは、古代的なもので、近代民主革命以来は、古い過去のものとして、滅びてしまうようなことを言うが、違う。

それは、実に浅はかな考え方である。

集団生活を営んできた、人類の歴史から見れば、当然必要な存在なのである。
更に、神話である。

20世紀を見ると、民主主義を掲げる、独裁者が多いという、印象を持つ。

少なくとも、その権力が、30年から50年を経ると、世襲的君主になってゆくのである。

アメリカの思想、大統領の二期八年以上もの長い政権を維持する場合は、その政権は、王制化するという、考え方によれば、それ以上になると、王制そのものである。

人民、国民の、社会心理を俯瞰する時、精神的政治的権威が、世襲になってゆくのを、容認する場合が多い。

その国の精神的条件化により、父から子への継承は、案外に、無難で、有効であるという、見方も出来るのである。

20世紀の政治世界では、独裁者が、大きな潮流であることは、疑い得ない。
そして、それらの指導者は、多くは右翼、左翼の精神的権威者を持って、自ら任じている。

そして、彼らは、いかなる王国の君主より、強圧的な帝王的権威と、独裁的権力を持つことにおいては、共通しているのである。

専制的帝王よりも、専制的独裁者の共和国が、20世紀の潮流となっていたこと、否定は出来ないのである。

そして、それらの国が、日本や、イギリスの君主国より、進歩的だと、言いえるのか。

君主制を廃止した、君主に代わる、統率者の性格が、どのようなものであるか・・・
今一度、見極めて欲しいと思う。

結果は、君主的な国王的なものを、絶えず、再現させようとする社会心理を否定できないのである。

つまり、天皇陛下について、である。
その歴史、今年、2673年である。
2700年の伝統を有する、天皇家、皇室・・・
自然発生的に、成り立つ皇室であり、歴代天皇の御努力により、築かれてきた存在である。

更に、日本民族は、その智恵により、皇室を尊び、崇敬してきたのである。
一夜の革命により、発生したテロリストのような暴力的存在ではない。

天皇陛下が、認めない、朝廷が認証しない権力者は、国民が受け入れないという、国柄である。

天皇の命により、国の統治を任せられた存在だから、国民が従うのである。
そして、その天皇陛下は、いつも、国民の側にいて、権力者、為政者に対し、お言葉を述べるのである。

宣命・・・
天皇のお言葉に従う者、それこそ、国民の願う、為政者である。




posted by 天山 at 05:06| 天皇陛下について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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