2013年07月13日

天皇陛下について158

非スターリン的なるものの、一切を永遠に葬り去るという、絶対専制の主人でも、死ぬ。

その時、その後継者をどうするのか・・・

レーニンは、結果的に、後継者を指名せずに死んだ。
人間は、死ねば、終わりである。
どれ程の、絶対的権威を持つ者も、死ねば、それで終わる。

レーニン後、スターリンは、自分こそは、もっとも忠実なレーニンの門弟だと、主張したのである。
そして、それを信じ込ませるだけの、戦闘経歴も政治能力もあった。

それでは、スターリン後のソ連は、どうか・・・

矢張り、その後継者は、決まっていなかった。
そこに、実は、不幸がある。

ソ連共産党は、どうしたのか・・・
最高幹部の集団指導体制で進むことにした。

だが、集団指導というのは、一党独裁では、非常に難しいのである。
もし、その幹部の意見が、それぞれ人民に知らされたら・・・
大きな矛盾が起きる可能性大である。

一党独裁が成り立たなくなる。

クレムリンの一室で、検討されたとしても、それが表に洩れてはならない。
表に出る時は、微動だにもしない、一つの党の意志として、表明されなければならないのである。

日本でも、その例がある。
徳川幕府である。

複数の老中が、検討して、幕府の意見を決める。
そして、その内容は、天下に公表されるまでは、厳重に秘められる。

天下に公表される際は、東照神君、家康の後継者たる将軍の命として、成されるのである。

人民にすると、それは、絶対的にして、批判できないものである。

スターリン没後、ボルセヴィキの集団指導者たちは、初めは、スターリンに習い、スターリンの忠誠な門弟として、称していた。
だが、それは事実ではない。
スターリン主義は、動揺し、一同の意志の統一は、至難の業だった。

であるから、まず、ラブレンチ・ベリヤが、抜き打ち的に銃殺された。
彼は、治安警察隊の実力者であった。だから、内乱に陥る可能性もあった。
しかし、他のリーダが、赤軍を抑えて、支持を得たので、その危機を乗り越えた。

すると、次から次と、粛清がはじまった。
マレンコフ、ブルガーニンが消えて行き、スターリン時代の有力者である、モロトフ、カガノヴイッチの古参党員も、抹殺された。

そして、フルシチヨフが残り、彼が、独裁権を継承したかに見えた。
だが、大きなミスを犯す。
軽率にも、スターリン批判をしたのである。

ソ連、国際共産党の権威は、レーニン、スターリンにあった。
それを破ると、どうなるのか・・・
スターリンの神格化が崩れると、たちまち、ポーランドで政変が起こり、ハンガリーでは、内乱が起こった。

中国共産党は、フルシチヨフの軽率を批判し始めた。

これは、独裁者の後継として、自殺行為であった。

フルシチヨフの国際共産党戦線における地位は、急転落した。

国内的にも、威信を失い、引退を余儀なくされた。

毛沢東は、スターリンの批判をしなかった。
もし、批判をすれば、自らの過去の誤りを、自己証明するものとなる。

その後、ブレジネフが中心となり、閣老が独裁を続けたのである。

その後のことは、見ての通り。

一党独裁は、絶対的権威を持って、容赦することなく、自由の声を圧殺するのである。
ソ連共産党、中国共産党、然り。

そして、思想、信条の自由も、人民は、持つことが出来ないのである。

更に言えば、人民も、そのような権力を求めたといえる。
国王に代わり得るもの・・・

無形の権威を求めるのが、人民である。

すべての、自由を奪い、絶対的権力と、権威を有する・・・存在・・・

それでは、日本の天皇の存在は、どうか・・・

日本の共産主義者、サヨク系の人が言う。
天皇の独裁専制政治と・・・
彼らは、それよりも、更に、酷い共産党の独裁体制を見ているにも関わらず、そのように言う。

天皇が、独裁であったことは、一度たりとも無いのである。
歴史は、それを教える。
そして、人民を絶対的権力で、縛り付けることもなかったのである。

逆に、権力者に対して、人民、国民の側に立ち、意見をしていた。
全く、その独裁体制の主たる存在とは、異質であり、次元も違うのである。

天皇は、更に、進化する存在である。
その時代、時代に合わせて、天皇ご自身も、進化してゆくのである。

では、民主主義における、権力と権威の在り様を見ることにする。
それは、大統領制度にある。
何故、国の顔である、大統領が必要なのか。
それも、国王の位に当たるものである。




posted by 天山 at 05:18| 天皇陛下について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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