2013年07月12日

天皇陛下について157

レーニンは、唯物弁証法の哲学者であり、清教徒クロムウエルとの思想とは、極端に違う。

しかし、その政治的運命は、実に似ている。
クロムウエルは、王党と戦いつつ、側面においては、水平派の運動と戦った。

レーニンは、王党・ブルジョワ地主と戦い、社会党・メンセヴイキと戦うのみならず、革命政権を獲得する時、最も功績を上げた、クロンスタットの海兵隊をも殺したのである。

クロムウエルは、終身独裁官として、その将来の後継者に不安を感じたままに死んだ。
レーニンも同じである。

レーニンの遺言は、スターリンにも、トロッキーにも、不安と不信を感じていた。

そして、彼の政党である、ボルセヴィーキが、断固たる独裁的指導者を必要としていたことは、レーニンが最も知ることだった。

誰が、レーニンの後継者たるべきか・・・
その権力は、絶大で、史上のいかなる帝王も及ばないほどでなければならない。

それは、政治的経済的軍事的外交の、一切の公権力を支配し、新時代の人民のすべての、世界観、人生観の指導者となり、支配者とならなければ、いけないのである。

そして、猛烈な党内での闘争が続き、スターリンが、その地位を得た。

スターリンが、その地位に就くまでに、トロッキー、ジノビエフ、ラデック、ルイコフ、ブハーリンなどをはじめ、革命の第一級の功労者たちと、その系列の多数の党員を、裁判と、テロで抹殺しなければならなかった。

レーニンは、共産党の外側のロシア人を殺しつくし、スターリンは、それを継承するために、共産党の内部で、血を流したということである。

1930年、スターリンは、農業政策の大転換を試みて、この政争を通して、反対派に対し、決定的な打撃を与えた。

数百万人の農民と、党員が、投獄され、銃殺されたのである。

この1930年代は、スターリンの粛清を、古い質的状態から、新しい質的状態への、革命的変革であると、意義づけた。

更に、スターリンの独裁は、いかなる帝王の独裁よりも、権威あるものでなければならなかった。

スターリンは、ソ連の光栄を象徴するもの、と公言された。

スターリン体制と、ソ連邦体制は、一体であると、主張されなければならなかったのである。

そして、スターリンの神格化は、一直線に上昇する。

そこで、分析すると、スターリン主義は、彼一人の心得違いから生まれたものではないのである。
それは、ロシア革命の中に、スターリン神格化を生み出すべき条件があったのである。

スターリンは、ナポレオン的皇帝以上の存在に、ならなければならないのである。
だが、ナポレオンのように、人民投票の承認の必要も無かった。

スターリンの精神的権威は、マルクス主義である。
マルクス主義理論で説明がつけば、それですべて足りたのである。

レーニン、スターリン共に、マルクスの政治理論を発展させて、独裁政権を正当化することができたのである。

だが、矛盾がある。
個人の私有財産相続の自由を否定したマルクス主義の理論から、ナポレオン的皇帝の理論を引き出すことは出来ない。

要するに、スターリンは、世襲皇帝とはならない。なれないのである。
それでも、彼は、ナポレオン皇帝以上に、権力と、高度的集中を必要とした。

国王以上に絶対的な、帝王とならなければならないのである。

ここに、凶暴なスターリン神格化への暴走がある。

絶対専制の苛烈さである。

日本の共産主義者が、天皇を絶対専制と断定する、何物も無いのである。
この、スターリンの神格化への道と、日本の天皇の存在は、全く異質、次元も違うである。

スターリンの、神格化は、現代世界のいかなる国王よりも、厳しく、絶対的なものである。しかし、常の帝王よりも、遥かに帝王的なスターリンの神格化も、決して、スターリン一人の変質的性格からではない。

ロシア革命の歩みが、それを生み出したのである。
それが、人民が求める、為政者の姿である。
つまり、人民が、崇める為政者が必要なのである。

皇帝を殺してしまった後で、更に、皇帝を求めるという、人民の心理である。

世界史の上で、スターリンほど、絶大な権威と権力を行使した者は、いかなる帝国の皇帝にもいなかった。

ソ連はもとより、中国、ベトナム、朝鮮から、西はバルカンの諸国に至るまで・・・

中国の毛沢東は、スターリンより劣るが、その精神的権威と、権力は、明らかに、スターリンを真似ている。

中国人民は、政治的社会的生活において、すべて毛沢東の命令に服しなければならなかった。

更に、その精神的心理的生活においても、毛沢東思想に、批判的思考を許されないのである。
中世のローマ法王より、それは、遥かに決定的な精神的権威であった。

いかがだろうか・・・
日本の天皇の存在を考える上で、私は、これらの権力者たちを俯瞰しているが。
全く、異質、次元が違うということが、理解出来るだろう。

もう少し、この話を続ける。



posted by 天山 at 05:06| 天皇陛下について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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