2013年07月01日

最後の沈黙を破る74

乳児院・・・
あまり、聞きなれない施設である。

衣類を持参して、乳児院に出掛けた。

0歳から5歳までの子供たち。
基本は、3歳までであるが・・・・
必要に迫られて、5歳までにしたという。

育児放棄の親、更に、児童相談所にて、適当とされなかった親の、子供たちである。

つまり、子供を育てられない親がいる。
その施設では、39人である。

色々な問題がある。
施設の管理は、外からの侵入者の管理でもある。

親が、子供を連れ戻そうとするらしい。
だから、入り口は、一つのみ。

更に、併設されていたのは、母子の施設だった。
夫のDVなどによるもの。

日本にも、このような現状がある。
だから、ストリートチルドレンがいない。

福祉のある国なのだ。

そこの、オムツを見て驚く。
紙おむつではない。
皆、布である。

必要な場合だけ、使い捨ての、紙おむつを使う。
私は、その使い捨ての紙おむつを持参した。

そして、ぬいぐるみ、である。
衣類は、職員に選んで貰った。
不必要なものは、持ち帰る。

決して、丸投げは、しない。
次の時も、そうだ。

必要なものを尋ねた。
それを持参する。

子供たちは、ここを出ると、養護施設に入ることになる。
つまり、養護施設にも、支援が必要だということだ。

今回は、昼寝の時間帯に伺ったので、次回は、子供たちに会うために、良い時間に伺うことにする。

知らなければ、知らないで、いい存在である。
が、知った以上は、出来ることをする。

知るということは、辛いこともある。
しかし、それが、現実なのである。
その、現実を、どのように受け止めるか・・・
それが、人生力になる。

人生力とは、偶然を内的必然と感じる力である。



posted by 天山 at 05:31| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月02日

神仏は妄想である。419

アブラハムも死ぬ。
その前には、妻のサラが死んだ。

その妻を葬るために、やっと、手に入れた洞穴の土地・・・

結局、アブラハムは、寄留者として、生きた。
そして、その後を継いだ息子のイサクが死に、その息子のエジプトに下った、ヤコブが死に、イスラエルの歴史は、その本質において、寄留者の歴史となった。

約束された土地・・・
神が示した土地などは、無かった。

アブラハムの旅がそうであったように、彼らの生涯かけての遍歴は、始終一貫、土地取得の願望につらぬかれていた。土地を求めて、彼らはさまよい続けた。土地を求めることと、神を求めることとは、彼らの中で、まったくひとつになっている。かれらの願望が、いかに切実で激しいものか、計り知ることができない。
山形孝夫

アブラハムが、やっと手にした、妻を葬るための、エフロンの畑の土地・・・
それが長く、イスラエル民族の記憶に留められ、伝承として伝えられたのは、その所有権の獲得が、墓地としての条件つき使用ながら、イスラエルの歴史を通して、画期的な出来事だったのだ。

その、無責任な神の声の主は、何者か解らないが・・・
兎に角、イスラエルは、今に至るまで、そのようである。

現在の、イスラエルという国は、武力で奪った土地である。
更に、近隣諸国との紛争が絶えない。

そして、世界に散らばる、ユダヤ人たち・・・

彼らは、今もなお、神の声に翻弄されている。
そして、メシアを望むという・・・

その、メシアを乗っ取られた。
キリスト教である。
イエスが、ユダヤ教の伝承にある、神の子、メシアとして、讃えたキリスト教である。

ところで古代社会における農耕民や遊牧民の生活は、変化にたいして、想像以上に固定的な、いわば伝統指向的性格によって支配されていたとみることができる。このことは、旧約聖書を理解する場合、とくに重要な鍵となる。
山形

農民が遊牧民になること、その逆のことは、決して起こらないのである。

山形氏が言う、伝統指向的性格である。
変化を求めないのである。
それは、先祖を裏切る行為になり、その部族からの離脱を意味し、更には、死ぬことを意味するほどである。

では、アブラハムが、その一族と共に行った行為は、どう理解するのか。
そこには、変化への志向がある。
伝統的パターンからの逸脱である。

それは、遊牧、移動の生活から、定住農耕への転換である。

アブラハムは、ただ、神の声に従ったのみである。
と、共に、アブラハムは、イスラエルの歴史における、伝統指向の殻を破った最初の人である。

その神の声・・・
あなたを大いなる国民にし・・・
あなたの名を高める・・・

つまり、現状が、その反対だった。

寄留者の倫理は弱者の倫理だったのである。
山形

創世記は、その話で一杯である。
イサクからヤゴブ、ヤコブの子どもたちの代になると、次第に、状況が違ってくる。
群れの数は大きくなり、奴隷の数も増大する。
他部族を脅かすほどの勢力になりつつあった。

ここで、個人的に注目することがある。
奴隷の存在である。
彼らも、エジプトの奴隷になるのであるが・・・
奴隷が、どんな民族であったのか、書かれていない。
ここに、旧約聖書の蒙昧がある。決して、人類の物語ではないのだ。

さて、創世記34の、カナンの地シケムの町の殺戮は、そうした力関係を背景にして起こったものである。

だが、やがて、大飢饉が、カナンの地一帯を襲い、ヤコブ一族が、激しい飢餓に見舞われたとき、彼らは、益々苦しい移動を強いられた。
そして、ヨゼフの誘導により、エジプトに辿りついた彼らは、エジプト王の前で、
あなたの僕であるわたしどもは、先祖代々、羊飼いでございます。・・・
わたしどもはこの国に寄留させていただきたいと思って、参りました。カナンの地方は飢饉がひどく、僕たちの羊を飼うための牧草がありません。僕たちをゴシェンの地に住まわせてください。

エジプトへ下った、ヤコブの群れは、一族だけでも、70人に達する大家族だった。

それを支える、羊、牛、家畜を扱う者、奴隷の数を入れると、大変な群れである。

ヤコブもエジプトの寄留先で、死の床に就く。

アブラハムから、イサク、ヤコブに至る遍歴の物語は、イスラエルの歴史を通じて、族長史と呼ばれる。

それは、神話と、伝説の集成であった。

山形氏は、ここで、二つの明確な輪郭を持っているという。
一つは、放浪の旅は、始終一貫、土地取得の旅だった。
二つ目は、彼らの寄留者の生活は、砂漠のベトウィンとポリス的生活者との、中間に位置していた。

ベトウィンとは、砂漠の遊牧民の生活である。
セム族の間では、人間は、すべてアラブと、ハザルの二つに分類されるという。
アラブは、砂漠の天幕生活であり、ハザルは、家屋生活者である。

この二つが、それぞれ、又二つに細分される。

アラブは、ベトウィンとシュワヤ、ハザルは、カラワニとライイエである。

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2013年07月03日

神仏は妄想である。420

アブラハムの伝承によると、羊のほかに、ラクダを飼っていたが、ぶどう酒を口にせず、牧草地の使用権を認められた、寄留者として、オアシスから、オアシスへと、一族を連れて、遍歴した。

彼がはじめて、取得したエフロンの畑は、一族の墓地であったのみ。

その子、イサクも、ヤコブも、本質的に天幕に住む家畜飼育者である。

ここから、キリスト教の中でも、幕屋の教会なる言葉で、宣教するものもいるが・・・
伝承を、ただ映して、勝手な理想を掲げているようである。

創世記を熟読すれば、それが、理想でもなんでもないことが、解る。
そのようにしか、生きられなかった。
更に、アブラハムの本質的な目的を知らないといえる。

その遍歴の物語を通し、明確に読み取ることが出来るのは、土地取得である。

その主題に添って、書かれている。

創世記の最古の資料の結集は、ソロモン王の紀元前950年頃、統一イスラエルの全盛期である。

イスラエルがパレスチナ全土を占領して、そこに王権を確立した。その時期に、イスラエル民族の起源を伝える、始祖物語が、土地取得の伝承として、編纂されたのである。

それは、遊牧民から農耕民への、歴史的転換という、社会的事実と、対応している。

そして、この物語には、イスラエル民族の二つに引き裂かれた運命が暗示されている。
カインの物語からはじまる、神の呪いの結果、エデンの東に追放された農耕者カインは、砂漠から沃地への脱出をはかるイスラエル民族の元である。

そして、カインの神の呪いである。
それは、伝統的な遊牧文化を否定し、その破壊者となった、農耕文化に対する、断罪である。

そこで、大洪水を聖書作家は、用いた。
だが、生き残った、ノアの血にも、カインの血が流れているのである。

神の呪いは、罪という言葉に象徴される。
アダムと、イブの行為も、罪である。
ここに、キリスト教が創作した、原罪という意識がある。

罪の問題・・・
それを通して、神との、和解の必要性である。
それが、いずれ、神との契約という、問題に結びつく。

神話と、伝承は、象徴性のある、物語である。
そこに、想像を巡らせて、後世の人たちは、妄想逞しく、解釈を行う。
それを、研究というが・・・

地政学という学問がある。
風土という言い方をすると、創世記は、その風土に生きる者たちが、いかに、生きるかというテーマを与えてくれる。

厳しい自然の中で生きること。
そして、部族という意識。
更に、その残忍性である。

アベルの捧げた、遊牧の供え物をよしとした、神を想定し、遊牧文化をよしとする伝承から、農耕への転換・・・

ここで、神とは、部族、民族の共同幻想と判断出来るのである。

さて、創世記が終わると、遍歴の物語ではなくなる。
モーゼによる、エジプト脱出の物語に変化する。

新しい変化である。
それが、一大ドラマから成るのだ。

英雄モーゼの誕生からはじまる。
しかし、モーゼは、英雄だろうか・・・
モーゼこそ、神ではないか・・・

あるいは、神に一番近い、司祭である。
もし、モーゼが、ヤハウェという神を想定しなければ、今頃、モーゼは、神としてユダヤ教に祭られているはずである。

モーゼの誕生から、モーゼのエジプト人の殺害と、ミデアンへの逃亡、そして、モーゼの召命である。
ちなみに、ミデアン人を虐殺している。何の意味があって、虐殺したのか・・・

召命とは、神から選ばれることである。

とても激しい、モーゼの闘争の歴史がはじまる。
それは、殺戮の多い歴史でもある。

エジプトにて寄留していた、イスラエル民族が、エジプトの奴隷として、使役されることになっていった。
アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨゼフ、そして、ゴシェン・・・

そして、遂に、モーゼは、エジプト王に、イスラエル人の解放を要求する。
だが、弾圧がはじまる。
逡巡するモーゼに神が、促す。
王との争い、10の災いをエジプトに起こす。
過越しと、種入れぬパンの祭り。
脱出決行と、葦の海の奇跡。
勝利の讃歌。

物語は、脱出の成功を祝う、勝利の讃歌と、女預言者ミリアムの戦勝の舞で終わる。
主に向って歌え。
主は大いなる威光を現し
馬と乗り手を海に投げ込まれた。

実際、出エジプト記の、史実性には、多くの疑問が残っている。
物語からは、主題を読み取ることしかない。

イスラエルが、彼らの神、ヤハウェによって、エジプトから導き出されたということである。

ここに、モーゼ五書とヨシュア記に至る、旧約の根本的主題がある。

ヤハウェという神と、その民族である。
イスラエル民族は、ヤハウェ共同体ということになる。

そうすることにより、また、そうしなければ、民族がまとまらないのである。

民族がまとまらなければ、生存が危ういのである。

だから、この物語を創作する必要性があった、といえる。

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2013年07月04日

神仏は妄想である。421

出エジプト記とは、エジプトの奴隷からの解放と、イスラエルの神、ヤハウェによって、救われたという主題である。

出エジプト記の、一章から十五章までは、一つの完結した、神話である。
モーゼが書いたというなら、モーゼが創り上げた物語である。

それは、古代オリエントの、過越祭の、イスラエル的演出を試みたものとの説がある。
過越祭を、ペサハという。

このペサハは、旅支度を整えて、大急ぎで食べることから始まる。
次に、練り粉の、粉ね鉢を抱えて立ち上がり、悪魔の攻撃を逃れて、目的地に行進するという、遊牧民の祭りであった。

この、ペサハの伝承に、モーゼの英雄物語と、葦の海の奇跡が取り込まれて、イスラエル開放闘争の勝利の歴史ドラマとして、創作された。

エジプト脱出は、過越しの祭りと、結合した、祭儀神話であり、祭儀劇であったといえる。

物語であり、神話であれば、史実に関しては、曖昧でいいのである。

古代オリエントの、ペサハの祭りとは、元来カナン地方に伝わる、春祭りである。
その祭りは、「野」に向かい、「王」の勝利の行進と、神婚の儀式からなっていた。

その主役は、神―王である。
王は、穀物霊とされていた。

モーゼのエジプト脱出とシナイ半島の荒野の行進は、このオリエント的な、神―王の、穀物霊再生の祝祭を、原型としているのである。

だが、ペサハの祭りは、モーゼ以後、急速に本来の意味を失ってゆくのである。
最初の変化は、イスラエルのカナン定住後にやってきた。
遊牧民から農耕民への移行の過程で、牧草地への移動という祭りの本来の動機が、無意味化されたのである。

祭りの主題が、牧草地からの安全な移動から、農耕地を確保し収穫を祈願する、祭りに変容した。

さて、次は、シナイ山での、モーゼの十戒である。

この、シナイ山・・・
実際は、不定である。

物語は、ただ、神ヤハウェとイスラエルとの、契約の締結である。
ここに、作者の意図がある。

イスラエル民族を一つのまとめるために、必要なものは・・・
それが神なのである。

共同幻想である。

イスラエルが神に対して、絶対の服従を誓うならば、神は、その所有する土地を、ことごとくイスラエルに与えるという。

土地取得を条件に、神への絶対服従を誓うのである。

勿論、未だに、それは叶っていないが・・・

ただ、その神の契約は、別の形で、大航海時代に出た。
カトリック教会の法王の許可において、植民地政策が行われたのである。

誇大妄想の最たるものである。

さて、モーゼの十戒に関しては、聖書に書かれる通りである。
あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。あなたはいかなる像も造ってはならない・・・
殺してはならない・・・
盗んではならない・・・

散々に、他民族を虐殺しておいて・・・の言い分である。

主題は明瞭である。それは疑いなく、神との契約にもとづく「ヤハウェ共同体」の成立を告げている。その時がいつであり、その場所がどこであったか。それを確かめることはできないが、そのために、主題に込められた意義が損なわれてはいない。
山形孝夫

神の言葉から、察するには、他の神々が存在していたということである。

であるから、唯一の神とは、ユダヤ、キリスト、イスラム教が言うのであり、神は多々存在していたのである。

一神教とは、各自各々が、単に自己申請していることである。
であるから、排他的であり、非寛容である。

実は、このシナイ山の顕現伝承は、すでに本来、古代オリエントのカナン地方の農民に伝わる、収穫祭である。

その、カナン土着信仰を、ヤハウェ宗教化したのである。

更に、収穫祭に新しい歴史的意義が加えられたのである。
それが、ユダヤ教を創り出す。

イスラエルが創造した神が、唯一の神として、世界に紹介されたのは、キリスト教によってである。
更に、狡猾なユダヤ人たちが、利益を得るために、その神を有効に使ったのである。

ここで、神との契約が、イスラエルの平和にとっては、必要不可欠なものだったということを、言う。

契約は、平和と同じ意味である。

イスラエル十二部族の強力な団結である。
その団結こそが、砂漠に生きる民の、生存の掟であった。

ムハンマドが、イスラムのアッラーを唱えた時代も、部族社会であり、一族の団結が、生死を分けるほどのものだった。
部族無くして、生存はないのである。

そこに、強い絆を生む、唯一の神という、共同幻想が必要であった。
つまり、
あなた以外の神をおがまない・・・
これが、必要だったのだ。

ヤハウェは、天地創造の神でも、唯一の神でもない。
イスラエルにとって、団結するための、方便の神の名であった。

イスラエル、ユダヤ教、つまり、ヤハウェ共同体である。

それを、権力により乗っ取ったのが、キリスト教である。
初期、ユダヤ・キリスト教は、壊滅させられ、ローマ帝国により、白人のローマカトリックとして、創作されたのである。

現在のユダヤ教は、メイアをイエスと、認めていない。
キリスト教は、旧約聖書のメシアこそ、イエスだと、主張するのである。
そして、イスラム教は、イエスは、一人の預言者であるという。


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2013年07月05日

神仏は妄想である。422

モーゼ十戒は、イスラエル民族、十二部族の選択意識の鮮明な表現となる。

山形孝夫氏によると、この十の戒律は、禁止命令ではなく、事実の認定に近いという。

例えば、第一の、
あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。
ヘブライ語の語法に即して訳すと、
あなたにとって、わたしのほかに神々がないだろう。あるはずがない。
と、いうことになる。

ここでも、確認であるが、神々が存在したということである。
他の神が存在したということが、理解出来るのである。

私以外の神をおがんではいけない。
現実におがんでいる。あるいは、将来、おがむ可能性があるという、前提がある。

十戒精神が、背反行為の衝動の抑圧ではなく、強い選択意志の表現によって裏打ちされていることを、ここで確認しておく必要がある。
山形孝夫

シナイ山の伝承は、このような原理で、モーゼの時代に、すでに確認されていたことを伝えている。
というより、モーゼ以後の時代にはじめて、確認されたが、出エジプト記の作者によって、民族誕生の始原に遡り、基礎づけられたのである。

それは、イスラエルにとってシャロームが、神との契約に基礎づけられない限り、不可能であることを語っている。イスラエル共同体は、祭儀的神聖同盟であり、「ヤハウェ共同体」なのである。
山形

シャロームとは、平和という意味であり、ここでは、平和を保持するために、神との契約が必要であるという意味である。

つまり、イスラエルの共同幻想である。

この契約は、神との平和の契約であると共に、部族間相互の政治的、軍事的同盟を意味していることである。

さて、モーゼに続く、ヨシュアの時代になると、この神が、突然、闘う神となる。

シャロームが、戦闘による勝利の状態と、区別がつかなくなるのである。

ヨシュアによる、カナンの侵入と、十二部族宗教連合の結成である。
紀元前1250年頃である。

それは、本質において、戦う神を頭とするイスラエル解放軍の誕生を意味していた。
山形

ここで、現在のイスラムテロリストのことを、思う。
すでに、紀元前に、このように、宗教連合による、軍事同盟があったという事実である。
今に、始まったことではない。

そこで、作者は、モーゼの跡を継ぐ、ヨシュアに言う。
モーゼに告げたとおり、わたしはあなたたちの足の裏が踏む所をすべてあなたたちに与える。荒れ野からレバノン山を越え、あの大河ユーフラテスまで、ヘト人の全域を含み、太陽の沈む大海に至るまで、あなたたちの領土となる。
ヨシュア記

神の言葉として、である。
それを、主の言葉として・・・

そして、連合軍は、進撃を開始した。
それは、それは、とても、残虐な攻撃だった。

和睦を求めてきた敵を捕らえて、奴隷とし、抵抗する敵は、容赦なく、虐殺する。

イスラエル部族の本領発揮である。
カナン占領を果たした、ヨシュアが、十二部族をシケムの地に集めて、祭壇を築き、ヤハウェ共同体結成の契約を結ぶ。

そして、主の言葉・・・
イスラエルの神、主はこう言われた。
作者の本領発揮でもある。

あなたたちの先祖は、アブラハムとナホルの父テラを含めて、昔ユーフラテス川の向こうに住み、他の神々を拝んでいた。しかし、わたしはあなたたちの先祖アブラハムを川向こうから連れ出してカナンの全土を歩かせ、その子孫の増し加えた。彼にイサクを与え、シサクにはヤコブとエサウを与えた。エサウにはセイルの山地を与えたので、彼はそれを得たが、ヤコブとその子たちはエジプトに下って行った。
わたしはモーゼとアロンを遣わし、エジプトに災いをくだしたが、それはわたしが彼らの中にくだしたことである。その後、わたしはあなたたちを導き出した・・・

更に、言う。
わたしは更に、あなたたちが自分で労せずして得た土地、自分で建てたのではない町を与えた。あなたたちはそこに住み、自分で植えたのではないぶどう畑とオリーブ畑の果実を食べている。・・・

ヨシュアは言う。
「主を畏れ、真心を込め真実をもって彼に仕え」なさい・・・

ヨシュアは、民と契約を結び、それを律法の書に記した。
シケムの契約である。

才能ある、為政者というものは、必ず、人間を超えた存在を起き、そこで、我が身の権勢を示す。

ローマ帝国も、キリスト教を取り入れて、皇帝の権力を、教会の権威で承認させた。
人間の悲しい、茶番劇である。

イスラエルの神、主の元で、契約を結ぶ・・・
この繰り返しを、人間は、延々と繰り返しているのである。

そこに、イスラムの、アッラーの他に神は無しを、見る。
そして、異教徒は、殺せ・・・

排他的、非寛容である。
このイスラエルの主となった、神、ヤハウェがいかに、その後、キリスト教をもって、戦争を繰り返してきたか・・・
更に、白人主義をもって、人種差別を行ってきたか・・・

紀元前から、こうである。
その後の、西欧の戦争の歴史を見れば、その作られた神の正体が解るというものである。

イスラエルの共同幻想の神は、戦闘の神である。
と、そのように、創作されたのである。

これを神話と言わずして、何と言うか。
現在の世界を理解することは出来ない。

この神を、天地創造の神、世界の神と、時代錯誤する人たち・・・

日本民族が、この十二部族の、一つであるとは、考えられないのである。
日ユ同祖論などとは、すでに有り得ない話になっている。

posted by 天山 at 05:35| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月06日

神仏は妄想である。423

ここで少し、通俗的なキリスト教の解説者による、聖書についての記述を見ることにする。

とても、屁理屈を捏ねている。

出エジプト記についてである。
さて、ヨゼフの子孫はエジプトに住みついて、しだいに数を増して行った。しかし、エジプト人はこのイスラエル人の繁栄を喜ばず、これを虐待するようになって行った。その事情を詩篇105編は、次のようにしるす、・・・

主はその民を大いに増し加え、
これをそのあだよりも強くされた。
主は人々の心をかえて、その民を憎ませ、
そのしもべたちを悪賢く扱わせられた

要するに、守護をするはずの神が、虐げを受けたということは、矛盾するというのである。
当然である。

イスラエルの民は、極点まで虐げられた。
そして、その民の嘆きが神に聞き入れられた。

それを、詩篇では、
これは主がその聖なる約束と、
そのしもべアブラハムを覚えられたからである

イスラエルの民と結ばれた神の約束は、神によって覚えられていたのである。
と、言う。

聖書の成り立ちが、そうであるから、当然のことである。

その解説者は、
神を信仰したなら、神から「守護」されることだけがあるだろうと期待していたのに、その神が「破壊」のわざをするとは、なんたることか。

神の「守護」は、単純にストレートに「守護」としてだけ示されるのではなく、「破壊」としてしか考えられないようなことを通して示されるのである。聖書の神はこのような神なのである。
と、言う。

この、キリスト教の解説者は、要するに、破壊があり、守護があるから、その信仰が生きるというのである。

単なる、守護だけでは、ご利益信仰と変わらない。

もし「守護するだけの神」がすべてであったとするなら、その神は「人間の気に入ることだけをする神」になったであろう。聖書は「偶像」を定義して、人間が「自分のために」造った神であるといっている。

人間のために、人間に奉仕すべく、人間に支配されて造られた神が、偶像である。

守護されることだけを求め、自己のエゴイズムを基準として神を信仰するとき、その神に対する私の愛はきわめて不純なものである。

神が私のエゴイズム、幸福欲求、ご利益を「破壊」するとき、そのときもなお変わることなく、神を信仰しつづけるなら、その神への愛は純粋な愛といわれるであろう。

この人は、牧師である。

そして、延々として、自虐的、解説を続ける。

私など、神に愛される値打ちなどない者である。
人をいつわり、人を憎み、エゴイズムのかたまりとして、どう考えても神の愛に価したり、神の守護に価したりするとは思えなかった。・・・

むしろ、私は神の「破壊」にこそふさわしい存在と思われた。神から捨てられ、破壊されて、あたりまえだと思われた。破壊されるべきはずの者が愛され守護されるということは、まさに奇跡というべきであった。

自分を自虐的に捉えて、勝手に神の云々・・・と言う。
これが、キリスト教の最も、卑しい手である。

そして、罪という言葉が出てくる。
私のような、罪人・・・

旧約聖書の一部を取っても、この通りであるから、話は、どこからでも、取れる。

イスラエルの民の、残虐さなどは、何処吹く風である。

その民に、侵略され、虐殺された民、部族、民族の人たちのことは、どうなのだろうか。

それが、神の恵みなのか・・・

更に、蒙昧なのは、その旧約聖書のすべてを、イエス・キリストに結び付けて行くという事である。
結局、その神の一人子である、イエスが、キリストであるという、詭弁に脱するのである。

どうして、旧約の主なる神が、イエスと、結びつくのか・・・
新約聖書の福音書は、そのことのために、苦心惨憺している。
何とか、主たる神に結びつけるために、イエスの家系を創り出した。

それは、また、新約聖書の時に、書く事にするが・・・

出エジプト記は、伝承である。
史実ではない。
つまり、後付けの意味になる。

おおよそ、宗教というものは、後付けで、その意味を加えて、騙すのである。
それを、教義と呼ぶ。

イスラエル民族の、拝む神が何故、他民族の神になるのか・・・
更に、そこに、自虐的に我を当て嵌めて、罪の意識を感じて、信仰告白などをするのか。

つまり、生きる哲学である。
生きるための、哲学を、その聖書の解釈から得るために、我が身を罪人として、神に愛される値打ちの無い者として、観念するのである。

これそこが、蒙昧の最たるものであり、妄想である。
イスラエルの共同幻想の神を、全知全能の神と信じる哀れさである。
いくら拝んでも、それは自己暗示程度のものになる。

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2013年07月07日

神仏は妄想である。424

旧約聖書と、新約聖書は、別物である。
そのことを言う。

旧約聖書は、イスラエルの伝承、そして、ユダヤ教の経典とされるものである。
新約聖書は、イエスを、救い主として認める、とりあえず、聖典と呼ばれるものである。

キリスト教は、その旧約聖書を新約聖書と結びつけて、勝手な解釈をほどこしたものである。

神話や、伝承に関しては、どのようにでも、解釈できる。だから、神話であり、伝承である。

モーゼ五書では、延々として、主なる神の掟、彼らには律法というものが、書かれてある。
律法を平たく言えば、法律に近いものである。
民族の法律である。

そして、キリスト教は、イスラエル民族を、人類と結び付けていることも、特徴であり、だからこそ、世界宗教へと広がったのである。

十戒の第二の戒めは、偶像禁止である。
それをシナイ山でモーゼが受けていた時、山の麓では、金の牛の像を作っていたのである。

詩篇第106では、
彼らはホレブで子牛を造り、
鋳物の像を拝んだ。
彼らは神の栄光を
草を食う牛の像と取り替えた。
彼らは、エジプトで大いなる事をなし、
ハムの地でくすしきみわざをなし、
紅海のほとりで恐るべき事をなされた
救主なる神を忘れた

そして、神の怒りである。

主は、モーゼに言う。
それで、わたしをとめるな。わたしの怒りは彼らにむかって燃え、彼らを滅ぼしつくすであろう。・・・

その時、モーゼは、
主よ、大いなる力と強き手をもって、エジプトの国から導き出されたあなたの民にむかって、なぜあなたの怒りが燃えるのでしょうか。・・・
どうかあなたの激しい怒りをやめ、あなたの民に下されそうとされるこの災いを思い直し、あなたのしもべアブラハム、シサク、イスラエルに、あなたが御自身をさして誓い「わたしは天の星のように、あなたがたの子孫を増やし、わたしが約束したこの地を皆あなたがたの子孫に与えて、長くこれを所有させるであろう」と彼らに仰せられたことを覚えてください。それで、主はその民にくだすと言われた災いについて思い直された。

だが、今度は、モーゼの怒りである。
モーゼが宿営に近づくと、子牛と踊りを見たので、彼は怒りに燃え、手から板を投げ打ち、これを山のふもとで砕いた。また彼らが造った子牛を取って火に焼き、こなごなに打ち砕き、これを水の上にまいて、イスラエルの人々に飲ませた。
のである。

そして、翌日に続き、主がモーゼに言う。
すべてわたしに罪を犯した者は、これをわたしのふみから消し去るであろう。しかし、今あなたは行って、わたしがあなたに告げたところに民を導きなさい。見よ、御使いはあなたに先立って行くであろう。ただし刑罰の日に、わたしは彼らの罪を罰するであろう。
そして主は民を撃たれた。彼らが子牛を造ったからである。・・・

キリスト教の解説者が言う。
詩篇は、そのモーゼの姿を、
破れ口で主のみ前に立ち、み怒りを引きかえして、滅びを免れさせた・・・

今や、神の怒りが敵軍のようにイスラエルの民に襲いかかろうとしている。
「破れ」は同時に、民の破滅の「破れ」に通じる。

そうして、突然、イエスが登場する。
律法はモーゼをとおして与えられ、めぐみとまこととは、イエス・キリストをとおしてきたのである。
ヨハネ福音

ここで、はっきりと、モーゼは、イエスと対置されている。
というのである。

律法とめじみとの対置が、モーゼとキリストとの対置を必然的なものとしているのである。らしい・・・

モーゼは、驚くほど、キリストに似ている、らしい。
モーゼの律法と預言書と詩篇とに、わたしについて書いてあることは、必ずことごとく成就する。
ルカ福音

つまり、旧約聖書はモーゼの律法もふくめて、ことごとくイエス・キリストについて書いてあるというのである。らしい・・・

モーゼがイエス・キリストのすがたさし示すのは当然ともいえる。モーゼもまた単に律法だけではなく、めぐみをも示すものである。
らしい・・・

今、私は旧約聖書の成り立ちについて、書いている。
そこで、キリスト教が、新約聖書と結びつけるという行為を批判している。

旧・新約聖書共に、継ぎ接ぎして、如何様にも、解釈できる、代物である。

更に、人殺しに関しては、実に冷酷に突き放して見るという、キリスト教である。

そこでモーゼは彼らに言った、「イスラエルの神、主はこういわれる。「あなたがたは、おのおの腰につるぎを帯び、宿営の中を門から門へ行き巡って、おのおのその兄弟、その友、その隣人を殺せ」レビの子たちはモーゼの言葉どおりにしたので、その日、民のうち、おおよそ三千人が倒れた。
つまり、殺されたのである。

同じ民を殺すのであるから、他民族など、朝飯前である。

ここに、モーゼの固有のすがたと、彼によって示される神の固有のすがたがあるということができる。モーゼによって与えられたのは依然として神の律法であり、律法は究極的には人間に対するさばきで終わるのである。モーゼがキリストをさし示すのは、さきに用いたたとえでいえば、「すかし模様」の方式によるのである。すかして見れば、モーゼの背後にキリストのすがたが見えてくるけれども、あらわな形で印刷模様になっているのではない。モーゼにはモーゼの固有の意義がある。
らしい・・・

更なる詭弁である。
イエス・キリストはまさに、「破れ口で主のみ前に立ち」たもうたが、そのとき彼自身は徹底的に「破れ」の運命を身に引き受けて、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫びたもうたのである。
マタイ福音

神の怒りはイエス・キリスト御自身によって徹底的に引きうけられ、神の愛はイエス・キリストを通して私たち人間のところへ徹底的に与えられるのである。
らしい・・・

私たち、人間のところへ徹底的に、与えられる・・・
それを信じているのが、キリスト教である。

それを信じていない人間は、異教徒である。

たった、一つの民族の取り決めた、神という、妄想が、全人類にまで、適応されるという、狂いは、遺憾ともし難いのである。


posted by 天山 at 05:24| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月08日

神仏は妄想である。425

さて、旧約聖書の成り立ちに戻る。

モーゼの跡継ぎとなった、ヨシュアの物語。ヨシュア記は、想像を絶する、野蛮な戦いの物語である。

イスラエルの神、ヤハウェが、天地創造の神、唯一の神というが、ヨシュア記を見れば、それが、嘘であることが解るというもの。

単なる、一民族の、守り神である。

徹底した、焦土戦術と殲滅作戦により、ヨルダン川東西の国王の数を仔細に列挙している。
イスラエルが、エリコの城塞を足掛かりにして、十二部族宗教連合を結成し、神の約束の土地への、組織的な侵入を達成したかという、仔細な記録を書き付けているのである。

すべてが、終わり、ヨシュアは、民と契約を結び、それを律法の書に書き記す。
これを、シケムの契約という。

更に、ヨシュアは、シケムに近いエバルの山に祭壇を築き、契約確認の祭りを厳粛に行う。
モーゼの律法を、民の前で石に書き写し、それを朗誦するのである。

シケムの集会が、契約締結の祭りであり、しかもシナイ契約の更新であったことを、疑うことはできないだろう。
山形孝夫

ヨシュアの契約は、モーゼの契約の反復である。

彼の朗誦する言葉は、神の救いと恵みについての圧縮した告知からなっており、それは会衆の心に、過去の出来事についての記憶をよびさますこと、つまり想起にむけられている。それは、言葉の本来の意味において、神話「ミュートス」であった。
山形

神話は、反復朗誦されることによって、歴史性を獲得し、現実性を獲得する。想起とは、こうした歴史化と再生作用をいうのである。
山形

申命記に記された、信仰告白を見る。
わたしの先祖は、滅び行く一アラム人であり、わずかな人を伴ってエジプトに下り、そこに寄留しました。しかしそこで、強くて数の多い、大いなる国民になりました。エジプト人はこのわたしたちを虐げ、苦しめ、重労働を課しました。わたしたちが先祖の神、主に助けを求めると、主はわたしたちの声を聞き、わたしたちの受けた苦しみと労苦と虐げを御覧になり、力ある御手と御腕を伸ばし、大いなる恐るべきこととしるしと奇跡をもってわたしたちをエジプトから導き出し、この所の導き入れて乳と蜜の流れるこの土地を与えられました。わたしは、主が与えられた地の実りの初物を、今、ここに持って参りました。

カナン侵入後、農耕民となった、イスラエルの民は、祭りの日に、野の収穫物を携えて、聖所に集まり、それを供えて、上記の言葉を朗誦した。

それは、神の救いであり、恵みである。そして、具体的な、土地取得の成就において、はじめて明確化される。

モーゼ五書と、ヨシュア記を通じて流れる主題がそこにある。

だが、土地取得は、神が与えたものではない。
彼らが、戦い奪ったものである。

それを、神話として、神が、主が与えた土地・・・
そうして、民族の共同幻想が出来上がる。

すべての民族には、そのような神話がある。
そして、それを取りまとめる、一つの存在を、神としておくのである。

であるから、旧約聖書を読み続けると、イスラエル民族の滅びも書かれる。
更に、他の神々に対する、信仰も書かれる。

このイスラエルの民は、王国を築き、そして、崩壊してゆくのである。

ヨシュア記の次の時代、士師時代がはじまる。
それは、「さばきつかさ」の活躍した時代である。

士師とは、部族内部の有力な指導者を言う。
それは、宗教的、あるいは、軍事的指導者としての役割を強いられる場合もあるが、本来の職能は、十二部族宗教連合の集会において、民に、契約と律法の履行を促し、それを監視することにあった。

その時代は、約200年間である。
紀元前1200年から、1000年の間。

この作者によると、ヨシュアが死に、彼に従った勇敢な戦士たちも死に、イスラエルの子らは、「以前に戦いを知ることがなかった」と書かれる。

イスラエルの子らは、戦いを知らない。
この平和な時期に、イスラエルの人々の変心を見るのである。

そこに、イスラエル人とカナンの住民と契約を結び、彼らの神の祭壇を破壊することを、ためらった結果であると、書かれる。

ここから、異邦人という意識が出てくる。
異邦の民カナンの人との、付き合いから、異邦の神、バァールとアシュタロテに仕えたとある。

彼らの娘を妻に迎え、自分たちの娘を彼らの息子に嫁がせ、彼らの神々に仕えた
士師記

神の聖なる戦いによって、獲得したものを、その子らは、カナンの花嫁と引き換えに、敵に譲り渡してしまったのである。
ここから、旧約聖書の本質が、現れてくる。

聖なる戦い・・・
異邦の民・・・
彼らが平和の契約を結び、その祭壇の破壊をためらったカナンの民。彼らが、手に入れた花嫁・・・それらは、敵である。

ここから、その非寛容性と、排他性が強烈になってくるのである。

それを、イスラエルを試みるために、神が残しおかれた「敵」なのである。
作者が言う。

キリスト教は、イスラエル民族を、人類と同じように、説くが、全く違う。
異邦人は、敵なのである。

つまり、ヤハウェ共同体とは、一つの民族の妄想の神・・・
あるいは、単なる、一つの霊である。

ユダヤ教原理主義になると、どうなるのか・・・
ユダヤ人以外は、すべて異邦人である。
つまり、敵なのである。

共栄共存することは、無理なのである。

posted by 天山 at 01:08| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月09日

神仏は妄想である。426

士師記の作者が、告発し、弾劾するのは、沃地文化におかされた、多神教化したヤハウェ主義であり、バァール主義である。

バァール主義化した、ヤハウェ宗教・・・

これが、イスラエル王国結成に踏み切った際の、イスラエルを揺るがす、大きな問題となる。

士師時代に続く、ダビデ、ソロモンの時代である。
イスラエル史の絶頂期である。

その時、カナン宗教の本質である、神―王、というイデオロギー、つまり、王を神と同一視するという信仰体系が、現れる。

それをイスラエル宮廷が、真っ先に受け容れたのである。

ヤハウェの忠誠は衰え、いたるところで、階級の分裂と、対立が起こる。
ヤハウェ共同体は、虚像化し、更に、南北に王国が分裂して崩れ始めるのである。

イスラエルの黄金時代は、ソロモン一代で、終結する。
つまり、イスラエルの終わりである。

私は、ここで聖書の歴史が一端、終わったと見るものである。

その後、預言者といわれる人たちが、様々な警告を発するが・・・
それは、別物である。
ユダヤ教の発生を促すものになると、考える。

その預言者たちが、攻撃したのが、バァール主義的ヤハウェ主義である。

イザヤ書になると、現実の王に対する失望と、理想の王、救世主―メシアへの希望となり、表現される。

それが、新しい契約、という望みとなる。
ここで、山形孝夫氏が、名文を書いている。

こうした預言者たちの徹底したバァール神批判は、文化史的にみた場合、カナンの農耕文化の基本原理にたいする挑戦であったということができる。天の父なる神ヤハウェを唯一の神とし、バァール崇拝の徹底的排除を叫んだ預言者の声には「豊饒の女神」「大地の母」を讃美するカナンの神々の信仰圏とは、真っ向から対立するものがある。
山形

何故、イスラエルの民は、豊饒の神、大地母神へと、思いを移したのか・・・

ここには、イスラエル民族史をつらぬく根本問題が露呈されている。砂漠の民の砂漠の宗教が、農耕文化の真っ只中で直面した問題が露呈されている。図式的にいえば、それは、沃地宗教のヤハウェ宗教化であり、逆にまた、砂漠的なヤハウェ宗教の沃地宗教化でもあった。このふたつの交錯する一本の線の上に、キリスト教成立の地平がひらかれてくる。そこに、旧約聖書から新約聖書への移行の謎がある。
山形

要するに、時代性である。
更に、時代精神である。
それは、歴史を通して、如何ともし難いものである。

神も、その時代には、適わない。

それでは、バァール神話なるものを、見渡してみることにする。
その史実的裏づけなどには、触れない。
その内容のみに触れる。

そこには、天の父なる神という、父系的宗教と、地の母なる神という、母系的宗教の違いがあると、結論から言う。

そして、人類には、地の母なる神の存在の方が、実に早く生まれたのである。
それは、寛容で、包容的である。
母なる大地と共にある。つまり、メシアの希望など必要のないものである。

バァール神話は、大きく三つに分けられる。
第一が、バァール神話、第二が、フブールの王ケレトの叙事詩、第三が、カナンの伝説の王ネダルの子アクハトの物語である。

中でも、最も問題なものは、バァール神話である。

それは、イスラエル宗教の、ヤハウェ共同体の論理を、崩壊させ得る重要なイデオロギーを秘めているのである。

バァール神話に登場する神々の多くは、カナン神話の共通の根底から派生した神々である。

エール、アシュタロテ、バァール・・・
バァールは、エールに次ぐ、最も偉大な神であり、北の果てなる神々の山の、主である。
それは、大気と雲と嵐の神であり、雷鳴をもちいて山々に、その声をとどろかせ、稲妻によって、雨を降らせる豊饒の神である。

バァールは、セム語で、主、あるいは、所有者を意味し、同じく、セム語でアドーン、主、またアドーニー、わが主と、同義語に属する。

アドニスの名は、アドーニーがギリシャ化され、固有名詞に転用されるようになった呼び名である。

だが、バァールも、アドーニーも、本来は神の名をさす固有名詞ではなく、神の本当の名を隠すための、総称的呼び名である。

イスラエルの神と同様に、神の名をみだりに口にするなという、教えであり、バァールの実の名は、ハダドである。

セム族の伝統的表現法が、共通に支配していたことが解る。

神話の特徴は、神々の死と再生が克明に描かれることである。
バァールの死と再生を巡り、展開している。

死と再生のバァールの運命の克明な描写の中には、旧約の神とは、全く異質の神々の系譜を見るのである。

山形氏は、更に、
われわれはそこに新約聖書の伝えるナザレのイエスの、死と復活の祖形をみるのである。
と、言う。

そこまで、深読みするのである。

と、すると、聖書作家たちは、様々な周辺の神話、伝承から、聖書という大作に取り組んだと見られるのである。

キリスト教では、神の霊感に導かれて書かれたものと解釈するが・・・
嘘である。

突然にして、壮大な物語は、生まれない。
それには、その昔の伝承、神話が存在するということである。


posted by 天山 at 05:57| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月10日

天皇陛下について155

人は、群れを作り、生き延びてきた。
集団である。
それは、今も変わらない。

そして、更に、変わらぬものは、集団のリーダの存在である。
更に、国家という意識が出来上がってくると、それは、特に必要不可欠となった。

ソ連崩壊後のロシアでは、日本の神道、及び、天皇に代わりえるものは、何かとの議論が起こった。
ロシアにも、それが必要だとの危機感である。

結果は、ロシア正教である。
が、果たして、その役を果たしえるか。
その教主は、贅沢三昧の生活を暴露させられた。

その信仰はあるが、ロシア正教の司祭たちを尊敬するなどには、至らないのである。

さて、近代政治思想史の中で、そのリーダをどのように、選ぶのかというテーマを見ると、より天皇の存在の偉大さに気付くのである。

イギリスの清教徒革命・・・
帝王神権説の国王、チャールズ一世が、断頭台で殺された。

フランス革命では、ブルボン王朝の国王ルイ16世が、同じく、断頭台で、殺された。

ロシア革命では、ロマノフ王朝の皇帝一族が、地下室の中で、惨殺された。

そして、それらの激しい革命の後に、イギリスでは、クロムエルが国王に推挙され、フランスでは、ナポレオンが、世襲皇帝となった。

ロシアでは、スターリンが、帝王的神格者となった。

実に、不思議である。
それを倒したのに、また、新しい形の王を求めている。

あるいは、統治者の神格化を求めるという・・・

近代的な共和革命の思想によって、成した後でも。

君主の世襲を求め、帝王の神格的理想を求めるという、社会心理である。
結局、時代が変わろうと、人間には、そういう習性があるとしか、言いようが無い。

1799年、ナポレオンが軍事クーデターを決行した。
その日、ナポレオンが、皇帝になる第一歩を踏み出したといってもよい。

大革命から、10年を経ていた。
ナポレオンは、フランスの革命議会の命令に従い、イタリアで戦い、エジプトに遠征した。

彼は、革命解放軍の司令官として、武功を立て、パリでもその名声は、時と共に高まった。そして、エジプト遠征からパリに戻り、クーデターを決行したのである。

当時のパリの議会には、大革命以来の政治闘争で鍛えられた議員が、多かった。
ナポレオンは、これらの議員から、暴君、独裁者を倒せと、怒号を浴びせられ、力づくで、議場の外に引きずり出された。

しかし、ナポレオンは、追い出されると、今度は、待機していた兵士たちを率いて、議場に戻り、武力を持って、議会を解散するのである。

議員たちは、ナポレオンを叩き出す勇気はあったが、すでに人民から見放されていたのである。
パリは、たちまちのうちに、軍隊の制圧下に入り、何の抵抗も起こらなかった。

二ヶ月後、人民投票が行われ、ナポレオンの軍事独裁が、圧倒的多数で、承認されたのである。

当時のフランスは、革命の成果である、近代法に基づく、市民の権利および農民が教会と貴族から戦い取った農地所有などを守るため、王党を支援する、諸外国と戦っていた。

しかし、戦況は不利で、危機が迫っていた。
政府は、無為無策で、統一がなく、議会は、ただ演説しているに過ぎないものだった。

そこに、ナポレオンの登場である。
人民が求めるのは、革命による、現実の成果を守り抜くことであった。
であるから、クーデターの英雄を歓迎し、ナポレオンを、第一執政官として承認したのだ。

そして、その後、間もなく、終身執政官となり、次いで、世襲の皇帝となるのである。
人民が求めたことである。

後年、ナポレオンがエルバ島から脱出してフランスに戻った時、兵士や農民に対して、呼びかけた、
余は、人民の投票により、皇帝となった。人民投票の皇帝に忠誠を誓うべきか、圧制のブルボン王に隷属するのか、今こそ決断すべきときだ。

確かに、この皇帝は、旧制度の国王とは、本質的に異なる。しかし、新しい皇帝を生み出したフランス革命の歴史は、君主制と共和制の問題を考える上で、多くの参考になる。

革命が、ルイ16世をギロチンで処刑して以来、フランスの王党と革命派との対決は、妥協を許す余地のない厳しいものとなり、貴族王党は、国外へ亡命して、列強の援助を求めた。

王政復古の努力をするが、ナポレオンは、王党とは、一切の妥協をしなかった。

1801年、ローマ法王との間に、宗教協約を結び、一部妥協したが、その協約でも、革命の結果として譲り受けた農地の所有権に対しては、教会がその返還を要求しないことを条件とした。

王党派の活動は、西欧諸国を巻き込んで、根強く続けられた。列強の軍事干渉と並行して、王党派の地下活動は、ナポレオンの暗殺を計画する。

ナポレオンの政権は、列強の軍事干渉と、王党及び極左翼のテロに対して、その権力を強化しなければならない。

その強化の最終的な形として、現れたのが、世襲皇帝制である。

結局、革命フランスは、ナポレオンを支持した。

旧体制の王とは、貴族と僧の王であり、ナポレオン皇帝は、農民と市民と兵士の皇帝である。

これは、フランス革命にのみ特有の問題ではない。
多くの旧王制の崩壊に至る革命の後・・・

強大に反革命に対決して、新しい革命国家を作るには、権力を極度に集中する必要が起こる。
独裁政権であり、その権力が不動のものとなる安定である。

それが王制、帝制の構想である。

私は、日本の天皇を考えるために、今、この歴史的事実を書いている。


posted by 天山 at 05:23| 天皇陛下について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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