2013年06月16日

ミンダナオ島へ11

追悼慰霊を行った翌日は、休憩である。
ミンダナオ島に来て、一週間が過ぎた。

次は、支援物資無く、セブ島に行くのである。

その日も、三度の食事は、庶民の食堂である。
同じ店、別な店に行く。
それぞれの店では、それぞれの味がある。

そして、兎に角、安い。
食あたりは、一度も無かった。
一度だけ、これは、少し危ないと思ったが・・・
全く心配なかった。

さて、昼ごはんを食べて、少しばかり、街を歩いた。
その時、マッサージという声がかかった。
店の前に、一人の女が座っていた。

私は、フットマッサージと言うと、オッケーと答えるので、それでは、足のマッサージでもと思った。
料金は、150ペソである。
それも安い。

階段を上がり、ソファーで待てと言われた。
そして、周囲を見回す。
何とも、雰囲気がおかしいのである。

夜は、バーをしているのか・・・
左側には、多くのテーブルと椅子がある。
そして、薄暗い。まあ、マッサージルームは、薄暗いことが多いが・・・

暫くして、呼びに来た。
着いて行くと、個室が並ぶマッサージルームである。

その一つに入ると、服を脱げといわれた。
足だよ・・・
いや、全部脱げ・・・
変だなーと、思うが・・・

全裸になる。
薄暗いからいいのか・・・

オイルではなく、アルコールのようなもので、体を揉む。
仰向けになり、腕から揉まれた。
そして、ようやく足にゆく。

だが・・・
全く力が入っていない。
今度は、うつ伏せに・・・

矢張り、背中から、股へ・・・
一体、いつから足に行くのだ・・・
もう一度、仰向けになった。

それから、始まった一連の、アタックである。
要するに、エッチ系のマッサージだった。

省略するが、キレた私は、アンタ、ここに寝ろと言い、私は、マッサージ・マスターだと言って、彼女の脚を揉んだ。
ギャッッッッと叫ぶ。
これが、マッサージだ・・・

彼女は、驚き、オッケーを繰り返した。
私は、100ペソ、カムバックと言う。
オッケーと逃げるようにして、彼女が部屋を出たので、私は、急ぎ服を着て、その部屋を出て、店から飛び出した。

変なガードマンでもいたら大変だ・・・

そのまま、ホテルに戻る。
コータに、その話をした。
すると、ソープに入って、体触られて、何をするんだと、怒鳴るのと同じだと言われた。つまり、入る時に、どんな所が解っていないのが問題だと。

そう言われれば、そうだが・・・
ぼんやりしていたのである。

料金は、250ペソ程度の店が大半だと、言われた。
150ペソは、安すぎる。
その後、彼女は、500ペソでは、何を、1000ペソでは、何をと、アタックしてきたのである。

相手の方が、驚くのは、当たり前と言う。
そのような場所に、私が入ったことが、間違い。

そうして、夕方になる。

翌日の朝は、六時にホテルを出る。
セブ島行きの飛行機が、八時発である。

ジェイソンさんが、空港まで送ると言ったが、家からホテルまで、30分もかかるので、私は、コータに断りのメールを打たせた。
朝は、早くから、ホテルの前に、タクシーが留まるので、タクシーで行くことにしたのである。

荷物は、少ないし・・・
別に問題がない。

それより、セブ島の五日間の予定である。
一応、セブシティに入り、その後、マクタン島の子供たちにも、会いたいと思っていた。
だが・・・

セブシティのストリートチルドレンは、思った以上だった。
ダウンタウンで五日間を過ごすということになるのである。

つまり、下町のストリートチルドレンとの出会い、その様子が凄かった。
兎に角、炎天下の中での、出会いと縁である。

ちなみに、書き忘れたが、パスポートはダバオで、その日の朝、八時半に、ダバオ出張中在官事務所に行き、一時間以内で、発行された。
8000ペソもかかったが・・・
10年間有効の、パスポートである。

更に、ちなみに、私は領事官と直接、日本語で話せたことが、何より良かったのである。
九時から開くのだが、領事官が、八時半に来て下さい。私が直接、受けますと、言ってくれたのである。




posted by 天山 at 06:06| ミンダナオ島へ平成25 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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