2013年06月05日

もののあわれについて617

西の対には恐ろしと思ひ明かし給ひける名残に、寝すぐして今ぞ鏡なども見給ひける。源氏「ことごとしく前な追ひそ」と宣へば、殊に音せで入り給ふ。屏風なども皆たたみよせ、物しどけなくなしたるに、日のはなやかにさしいでたるほど、けざけざともの清げなる様して居給へり。近くい給ひて、例の風につけても同じ筋にむつかしう聞えたはぶれ給へば、堪へず、うたてと思ひて、玉葛「かう心憂ければこそ今宵の風にもあくがれなまほしく侍りつれ」とむつかり給へば、いとよくうち笑ひ給ひて、源氏「風につきてあくがれ給はむや、軽々しからむ。さりともとまる方ありなむかし。やうやうかかる御心むけこそ添ひにけれ。道理や」と宣へば、「げにうち思ひのままに聞えてけるかな」と思して、自らもうち笑み給へる、いとをかしき色あひつらつきなり。頬づきなどいふめるやうにふくらかにて、髪のかかれる隙々美しう覚ゆ。まみのあまりわららかなるぞ、いとしも品高く見えざりける。その外はつゆ難つくべうもあらず。




西の対では、一晩中、恐ろしいと思い明かした。その気持ちのままに、朝寝してしまい、今、鏡に向っていた。源氏は、大げさに先払いするな、とおっしゃるので、大きな音を立てず、お入りになる。屏風なども、皆、隅に寄せて、乱雑にしてあるところへ、朝日が鮮やかに、照らした中に、くっきりと、美しい感じで座っておられる。
その傍に座り、おきまりの、風の見舞いをおっしゃりながら、いつもの、恋人のように、うるさい冗談を言うので、聞くに耐えず、嫌に思い、こんなに情けないので、夕べの風と一緒に、行ってしまいたいと思いましたと、機嫌を悪くすると、すっかり笑顔になり、源氏は、風の吹くままに、行ってしまうとは、軽過ぎるでしょう。それにしても、落ち着く先があるのでしょうね。次第に、このような気持ちになってきたのですね。無理もない。とおっしゃると、お言葉通り、心に浮かぶままに申し上げたと思い、自分も笑顔になりつつ、大変可愛らしい顔色で、表情である。ほおずきのように、ふっくらとして、髪がかかっている隙から見える肌が、美しく思われる。目つきがにこやか過ぎるのが特に上品とは、見えないのである。それ以外に、非難のしようがない。

最後は、作者の言葉である。




中将、いとこまやかに聞え給ふを、いかでこの御容貌見てしがな、と思ひ渡る心にて、すみのまの御簾の凡帳は添ひながらしどけなきを、やをら引きあげて見るに、紛るるものどもも取りやりたれば、いとよく見ゆ。かくたはぶれ給ふ気色のしるきを、「あやしのわざや。親子と聞えながら、かくふところ離れずもの近かべき程かは」と目とまりぬ。「見や付け給はむ」と恐しけれど、あやしきに心もおどろきてなほ見れば、柱がくれに少しそばみ給へりつるを、引きよせ給へるに、御髪のなみよりてはらはらとこぼれかかりたる程、女もいとむつかしく苦しと思ひ給へる気色ながら。さすがにいとなごやかなる様して寄りかかり給へるは、ことと馴れ馴れしきこそあめれ。「いであなうたて。いかなる事にかあらむ。思ひよらぬ隈なくおはしける御心にて、もとより見馴れおほしたて給はぬは、かかる御思ひ給へるなめり。うべなりけりや。あなうとまし」と思ふ心も恥づかし。




中将、夕霧は、源氏がしきりに話し込んでいるので、何とか、こちらの器量を見たいものだと、前々から思っていたので、隅の間の御簾が、凡帳が奥に立ててあるが、きちんとしていないので、そっと持ち上げて、中を覗くと、邪魔なものも片付けてあるので、大変よく見える。
このように、ふざけている様子が、はっきりと解るので、変なことだ。親子とはいえ、このように、抱かかえるほどに、近くいてよい年だろうか、と目に留まった。
見つけられないかと、恐ろしいが、変なので、驚き、そのまま見ていると、柱に隠れて、少し横を向いていた女君、玉葛が、源氏を引き寄せると、御髪が、はらはらと着物にこぼれかかったところ、玉葛も、嫌だ、困ると、思っているようだが、それでも、穏やかな様子で、源氏に寄りかかっているのは、特別慣れ親しんだ仲なのだろう。
いやいや、酷い。どういうことなのか。女には、抜け目無くしていられる方だから、生まれた時から、育てにならなかった人には、このような考えもおこすのだろ。なるほど、ああいやだ、と、そう思う自分も恥ずかしくなるのである。

源氏と玉葛の二人の様子を見て、夕霧が驚き、そして、恥ずかしくなるのだ。




女の御さま、げにはらからといふとも、すこし立ちのきてことはらぞかしなど思はむは、などか心あやまりもせざらむ、と覚ゆ。きのふ見し御けはひにはけおとりたれど、見るに笑まるる様は立ちも並びぬくべき見ゆる。八重山吹きの咲き乱れたるさかりに露のかかれる夕映ぞ、ふと思ひいでらるる。折にあはぬよそへどもなれど、なほうち覚ゆるやうよ。花は限りこそあれ、そそけたるしべなども交るかし。人の御容貌のよきたとへむかたなきものなりけり。御前に人も出で来ず、いとこまやかにうちささめき語らひ聞え給ふに、いかがあらむ、まめだちてぞ立ち給ふ。女君は、
玉葛
吹き乱る 風のけしきに をみなへし しをれしぬべき 心地こそすれ

くはしくも聞えぬに、うち誦じ給ふをほの聞くに、憎きもののをかしければ、なほ見はてまほしけれど、近かりけりと見え奉らじと思ひて、立ち去りぬ。
御かへり

源氏
した露に 靡かましかば をみなへし 荒き風には しをれざらまし

なよ竹を見給へかし」など、ひが耳にやありけむ。聞きよくもあらずぞ。




女、玉葛の様子は、兄妹といっても、少し縁薄く、腹違いなのだと思うと、どうして間違いを起こさないであろうかと、思われるほどだ。
昨日見た、紫の上の器量には及ばないが、一目見れば、にっこりしてしまう様は、同格だと見える。
八重山吹きの咲き誇る盛りに、露がかかり、そこに夕日が輝く美しさが、ふっと、思い浮かぶのである。季節に合わないたとえだが、そんな感じがするのだ。
花は、美しいといっても、限りのあるもの。ばらばらになったり、しべなども、ないではない。でも、人の姿の美しいことは、例えようもないこと。
御前には、誰も出て来ないので、しんみりと小声で話し合っている。そして、どうしたわけか、急に真面目になり、お立ちになった。女君が、

そこらを吹き荒らす風のせいで、女郎花は、しおれて枯れてしましそうな気持ちがします。

はっきりとは、聞えないが、源氏が、口ずさむのが耳に入ると、疎ましいものの興味が湧くので、このまま最後まで、見ていたいのだが、源氏が、傍にいたいと思われると困ると思い、立ち離れた。
御返事
人知れず、愛情を受け入れるなら、女郎花は、世間の荒い風に、しおれることはないだろう。
なよ竹を見なさい、など、聞き違いだろうか。あまり、聞きよいやり取りではないと思われる。

なよ竹、とは、風が吹いても、折れることはない、の例えである。

複雑な心境の、夕霧を描くのである。




posted by 天山 at 00:14| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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