栄養が不足してか、小さく見える。
10歳でも、日本の七歳程度なのである。
だから・・・
大きくなると、15歳前後、それ以上の場合もある。
そして、大きくなると、智恵がつく。
小さな子は、思う通りに、私に求めるが、大きな子は、待っている。
ただ、じっと私を見つめるのである。
私の方から、食べる・・・と聞く。すると、頷く。
哀しいことに、ストリートチルドレンは、ここでは、無視され、時には、追い払われる存在なのである。
色々な島の、チルドレンを見たが、ここが最も、悲惨である。
セブシティは、フィリピン第三の町である。
第一が、マニラ、第二が、ダバオである。
親無しチルドレン、親がいても、貧しく、物乞いするチルドレン。片親のチルドレン・・・
学校に行かないと、英語が出来ず、その先が決まる。
男の子は、チンピラ程度か・・・
女の子は、結局、体を売る。そのように仕向けられる場合が、多々ある。
私が今回驚いたのは、そのダウンタウンの付近で、男子を売るというポン引きが多くなっていたことである。
何度も、ボーイがいると、誘われた。
年齢は、15歳からである。
それでは、法律に触れる。
だが、女が体を売れ、男も体が売れるなら、はじめるだろう。
空腹には、耐えられない。
少女売春すれすれのところ、である。
更に、児童買春すれすれ、である。
ストリートチルドレンが、大きくなると、ストリートアダルトになる。ただ、それだけ。ストリートから抜け出すには、大変な努力が必要だ。
ダウンタウンのチルドレンは、寝るハウスも無い。
もう少し、上の地区に行くと、市が用意した、ハウスがあり、そこから、学校へも行けるのだが・・・
そんな余裕も無い。
ここで、フィリピンの問題点を書き綴り、そして、批判をしたいが、長くなるので、止める。
ただ、既得権益の社会であるということ。
それに、政治家も参加する。
上から下まで、搾取の世界である。
そして、突き詰めてゆくと、スペインの植民地時代に遡り、その既得権益の最大の存在が、カトリック教会であることが、解る。
スペインに統治されたというより、スペインは、キリスト教を伝えたという印象を、強く抱くフィリピン人である。
更に、英語の共通化により、自国の文化、精神の有り様が、希薄になった。
矢張り、母語が必要である。言葉は、精神であるから。
その母語により、思索が深まり、思想が生まれる。
セントニーニョ教会の内部を、初めて見た。
それは昼間で、ストリートチルドレンのいない時間帯である。
その壁の掛けられている、絵の数々には、驚いた。
原住民に、キリスト教を布教し、従わない者を、惨殺する様・・・
ローマ法王の、書面を読み上げて、恭順を誓わせる・・・
最初に、幼きイエズスの像を持ち込んだことから、始まる、教会の歴史である。
平然として、そのような絵を提示している、カトリックの神経である。
八割の貧しい人たちからの、献金を受ける。
そして、今回は、全国的に、教会が、寄付を募っていた。
福祉を行うためとして。
信じられないのである。
兎に角、貧しい層から、広く金を集めるという。
大統領でさえ、既得権益の壁を破ろうとすると、暗殺される国。
政治家を抱きこむ、既得権益者たち。
前大統領のアロヨは、何をしたか・・・
各島に、大型のショッピングモールを建てた。
それが、夫の会社を通して、行われた。
そこで、不正蓄財である。
だが、現大統領の、アキノ氏は、不正選挙運動で逮捕したが・・・
不正蓄財には触れないのである。
それに触れると、既得権益者たちの世界に入ることになる。
それは、死を意味する。
カトリックの国というが・・・
その精神が、何一つ生かされていないフィリピンである。
だが、人々は、心の支えとして、教会に通う。
実に、矛盾である。
その大元に、心を預けるのである。
宗教と、政治・・・
フィリピンの問題は、永遠に解決しない。
あの、ストリートチルドレンを放って置ける神経を持つのだ。
富裕層に少しでも、社会奉仕の心があれば、少しは解消するはずだが・・・
貰う人生になる・・・
自分で苦労して、云々・・・
それを、子供に当て嵌めてはならない。
子供は、保護され、支援され、教育を受けなければならない。
富裕層に華僑が存在することも、問題である。
一族の利益のみに関心がある。
そのためには、手段を選ばない。
政治家を抱き込み、都合の良い法律を作らせる。
島々では、条例を作らせる。
全く、書き足りないが・・・
今回の、旅日記を終わる。