2013年05月09日

天皇陛下について154

明治維新なくして、今日の日本は無いと、いえる。
それにより、日本は、アジアで初めて近代独立国家となったのである。

日本以外では、タイを除いて、すべてが列強の植民地、半植民地になった。

更に、先の大戦により、敗戦を経験したが、アジアの奇跡といわれるほどの、先進国に回復した。

それは、一世紀も早く、国民に近代文明が行き渡っていたからである。

その明治維新は、天皇の存在あってのものである。

江戸時代も、天下の祭り主は、天皇であり、二義の政務執行は、幕府に御委任されていた。しかし、徳川家は、行政を独裁するという事態である。

そこで、気付き始めた、多くの浪士たちにより、幕末の混乱が起こる。
だが、そこで天皇の存在が輝いたのである。

京都の朝廷から・・・
帝のお言葉により・・・

独裁専決の徳川幕府は、自ら滅びる道を開いたのである。
地方分権的な全国諸藩が、誰の意見を聞くのか・・・
それは、朝廷であるしかない。

今までは、各藩には発言権は無かった。
そこで、各藩は、身分の壁を取り払い、この国難に必要な人材を登用したのである。

勿論、多くの脱藩者もいた。

今までは、無関心だった天下に対する思いを、惜しみなく発揮する時が来たのだ。

皇室からも、幕府に対して、しばしばご沙汰があった。
その多くの資料を通じて、一貫していることは、諸侯、諸藩と相協議して、公儀を統合して当たれとの原則である。

大事は、独断すべからず、との皇室の伝統が連綿として生き続けていたのである。

これで、天下は、万機公論に決するべし、との維新の思想が明確になったのである。

古来から、天皇は、独裁ではない。
専制独裁者としての、天皇の姿は、どこにも無いのである。

大化の改新の詔、みことのり、にも、
朝廷では箱をおいて民の国政に対する直言をもとめ、なお投書で徹底しない時には、備え付けの鐘をならせ・・・
と、ある。

天皇が、投書で、民の労役の義務を軽くされた例が示されている。

民の希望、民の苦しみを知り尽くして、精神の統合を図ることが、祭り主としての、統治者の御任務であること、天皇自らが、示されている。

歴代天皇を眺めてきたが・・・
その多くの天皇は、民が第一である。

どんな権力者、為政者に対しても、天皇は、民の側からの、ご進言をされている。

民の安らかなれ、国の安らかなれ・・・
その一事のために、天皇は、第一義とされる。

明治の初めての、憲法には、
大日本帝国は万世一系の天皇これを統治す
と、ある。

多くの学者は、それを立憲君主制と呼んだ。
しかし、西欧中世の専制的覇権者としての王が、議会との間に苦しい戦いを続けて、妥協して出来た、立憲君主制とは、その由来するところの、歴史的伝統が全く違うのである。

天皇には、専制独裁者としての、歴史が無いのである。

天皇は、最初から民主である。
だからこそ、祭主であられるのだ。

ご自分は、その統合としての、祭主としての、存在意義を深く深く、身に沁みてご存知である。

であるから、その頃の、天皇の宣命、お言葉の前には、
明神 御大八洲天皇
あきつみかみと おほやしましろしめす すめらみこと
との、署名である。

西欧の王とは、全く違う存在なのである。

明治維新は、天皇によって、成ったのではない。
だが、天皇なくして、成り立たなかったのである。

それを、精神的伝統という。
日本には、それがあったから、維新が成せたのである。

避け難い党派の別、利害の対決の壁を超えて、国民の精神を高い一点で統合される存在が、天皇である。

君主であり、主席であり、形の上から言えば、自由な国の立憲君主といえる。

更に、大統領とも、全く違う。
国民の半数の投票を持って、大統領に就任する。
反対する者が負けて、彼らが、野党として、大統領の政策を指摘するような存在でもない。

一派のイデオロギーを徹底させるという、存在でもない。

対立する国民の間にあっても、その存在が揺るがないという存在。
存在することを持っての、存在感なのである。

西欧の立憲君主とは、天皇の統合者としての力は、比較にならないのである。

民安かれ、国安かれ・・・
それに反対し、敵対する者がいるだろうか。
これが、悠久として、天皇が培ってきた、伝統であり、そこには、至公無私の高貴な御風格をもたれるのである。

国民は、天皇に政治、行政をお願いするのではない。
更に、多くの知識、教養を求めるものでもない。

日本が国の品位を高めるための、第一義を身をもって成してくださること。
つまり、祈りである。

授けることをのみ成して、求めることを欲しない、品格をもたれる存在なのである。

王者の風格を欲する、由緒ある文明を誇る国では、世襲の王子を、国の力で高貴な品格の王に教育しようと、務めるのである。

その点に掛けては、日本は、世界唯一の国柄である。

皇祖皇宗、つまり、国の御親に続く血統を有し、国民の祖先の象徴としての、祖霊に対し奉り、祈りを捧げる、祭り主なのである。

昔の日本人は、それをもって、日本を神国と呼んだのである。

神とは、皇祖皇宗であり、祖霊であるからだ。

であるから、創作の神観念とは、また違うのである。

日本人の祖霊である。
それを神と呼ぶ。
だから、神の国なのである。

そこに、様々な宗教が存在してもいい。
また、様々なイデオロギーが存在してもいい。

国民のすべてを、包括、包容して成り立つ、皇室の粋である。

一つだけ例を上げる。
タイ国王は、おおよそ250年の歴史を有する。
タイ国民は、国王に対して、特別な感情を持つ。
思想信条の自由があっても、国王は、別物なのである。

国王を持って、タイ国という、国民意識を培うために、子供の頃からの教育がなされる。
それで、タイ王国は、一つに、まとまるのである。

そのタイ国王が、最も敬愛するのが、日本の天皇である。



posted by 天山 at 00:28| 天皇陛下について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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