2013年05月04日

国を愛して何が悪い67

西欧の人たちの、日本に対する誤解は、実に多い。
それは、日本を知らない。その歴史を知らないということから、いえる。

例えば、何故、日本だけが、早いスピードで、西欧に追いついたのか・・・

それは、19世紀の日本の置かれた状況を見るべきである。
当時は、国際的な開発援助などはない。技術教育の助けも、財政援助も無い。学術、技術、文化の交流も無い。
工業先進国の費用で学ぶことが出来る、第三世界諸国からの、留学制度も無かった。
国際連盟も、国際連合も無い。世界銀行も無い。

あったものは、苛酷で、情け容赦の無い植民地主義である。
植民地妄想に取り憑かれた欧米列強にとり、自国の国境の向こう側は、搾取の対象だった。

日本のように、二百年以上の鎖国から出た国は、彼らには、特別のご馳走であった。

西洋人が「我々は日本人を援助した。我々の助けがなかったら、日本の近代化は決して成らなかった」と言うのをしばしば耳にする。
松原久子

冗談ではない。

日本政府は、自国の費用で、何百人という日本の学生をヨーロッパの工業国に留学させ、更に、日本政府は、自国の費用で、学者、技術者を日本に招聘したのである。
その数、およそ、500名である。

そして、彼らに対して、莫大な給料を支払った。

日本以外の、発展の遅れを引きずる国々は、その原因が、必ずしも、植民地主義の後遺症というだけではないのである。

というのは、日本には、工業化のための、前提条件が当時、すでに揃っていたのである。

19世紀半ばの日本は、貧富の差が極端ではなく、富が広く分配されていた。
また、手工業の訓練を受けて、学習意欲のある、更にその熱意のある若者が沢山存在していた。
更に、見事に運営された学校制度があった。
総人口の比率で比較すると、すべてのヨーロッパ諸国より、多くの人たちが、読み書きが出来た。

数世紀前から、国内市場が栄えて、見事に張り巡らされた交通網と、それに付随する道路、運河、船の航路という、産業基盤も完備していた。
資金は、贅沢を考える人たちではなく、投資事業に意欲を持つ人たちの懐にあった。

日本には、手工業から工業化された生産過程への切り替えを可能にする、教育、訓練を受けた人たちが存在していたのである。

そして、兎に角、日本人には、向学心があり、学習能力に優れていたのである。

自力で工業化を成功させるためには、資金が必要である。
それが、19世紀半ばの日本には、すでに十分に揃っていたのである。

つまり、江戸時代とは、そういう、日本の根を張る時代だったといえる。

近代化を妨げる恐らく最大の問題は、富の不平等な分配である。一握りの上層階級が土地の大部分を所有し、その土地から生み出される富の大部分を独占するかぎり、需要も偏ったものになる。経済活動の軌道は金持ちの要求する方向へ向けられる。
金持ちの贅沢な要求を満足させるために、繊細で素晴らしい芸術作品が生み出されることもしばしばある。そういった作品はヨーロッパの美術館に飾られ、人々を感動させている。しかしその芸術作品を創作した民族の大部分は貧困に喘いでいた。彼らはわずかな上層階級の人たちの豪華な生活のために死ぬほど酷使される運命にあった。
松原久子

この状態は、私が旅して見聞した、多くの貧しい国において、実感できるのである。
何故、日本だけが・・・

植民地支配が終わっても、半工業化で精一杯な国々・・・
何故か・・・

経済的な豊かさと購買力が、広く行き渡ることが、工業化の前提条件である。
日本には、それがあったのである。

その原因の最大なことは、貧富の差である。
貧富の差のために、広く全国民に、利益をもたらす工業化の芽が、摘み取られてしまうのである。

松原氏は、
数世代にわたって、貧富の差が拡大することを食い止める効果的なメカニズムが、経済の仕組みの中に組み込まれていなければ、その社会はあっという間に、破局へと雪崩れ込んでいくだろう。無産階級が破滅の淵へと追い込まれ、生き延びる望みを失った時、彼らは暴力へと手を伸ばす。貧困、嫉妬、そして社会の不正に対する怒りが、常に革命の最大の温床であった。
と、言う。

日本には、革命が無かった。
それは、貧富の差、上層と下層の差が極端ではなかった。
そして、そのことは、世界の何処の国、どこの民族にも無いことである。

中国の温首相は、不正蓄財が、1800億円である。
これでは、革命が起きても、おかしくない。

ここで、象徴的に、天皇が、時の為政者に対して、お言葉を述べられていたこと・・・
国民が宝である。

住民の間で、個々の集団の格差があまりにも、極端になると、その社会は、不安定になる。日本は古くから、その考え方を常識として、深く根を下ろしていた。

どうして、他の国々が、それに気付かないのか・・・
事は、簡単である。

上にいる者、つまり、権威者である。
多くの国には、権力者のみである。
だが、日本には、天皇という長い伝統の権威者が存在したことが、幸いしたのである。

非常に皮肉なのは、フランス革命である。
自由、平等、博愛・・・
何故、キリスト教の隣人愛は、十数世紀もの間、自由、平等、博愛を西欧の基本的思想に出来なかったのか・・・

それは、教会自体が、権力者だったからである。
ローマ法王も、権力者だったからである。

為政者も、精神的指導者も、共に、権力者であった。

日本民族の智恵としての、天皇の存在が、日本を奇跡の国に仕立て上げたのである。
最高の権威が、国民と共にあるという・・・
実に、素晴らしいことだった。




posted by 天山 at 05:35| 国を愛して何が悪い2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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