2013年04月26日

最後の沈黙を破る73

新しい時代には、新しい考え方が必要だ。
当たり前のことだが・・・

それでは、新しい考え方とは・・・
それを日本にて行うということは・・・

戦略とは、企業などで、よく聞く言葉であるが、日本は、戦略的だろうか。
更に、政治など・・・

世界から見れば、日本ほど、戦略に乏しい国は無いと、思える。
その一つ一つを上げることは無い。

ただ、私は、身近な世界から、それを見る。
それは、新しい創造である。

万葉歌手として、活動する、辻友子は、テラの会の代表でもある。
私は、彼女の、万葉集を歌うという行為に、創造性と、戦略を見る。

1200年ほど前に編纂された、日本最古の歌集、和歌集である。
その、万葉集を新しく現代に、紹介するという試み。

これは、単に、万葉集という歌集を、そのまま解説、解釈して、云々というものではない。

全くの創造の行為である。

ちなみに、私も、万葉集を朗詠する。
それは、それとして、辻友子の歌は、和歌に曲をつけて、歌うという行為である。

今までの、紹介の仕方とは、違う。
そして、それは、万葉集を再発見するという意味では、戦略である。

その戦略の意味は、大和言葉の美しさを伝えるというもの。

更に、日本語が、大和言葉から成るというものである。

これは、大和言葉の伝道である。
今までも、万葉集を紹介した人は、数多くいる。
しかし、歌うことによって、紹介した人は、いない。

朗詠でも、それは、あくまで既成のものという意識がある。

万葉集の歌を作曲して、歌う・・・
そんなことを、今まで考えることもなかった。

しかし、時代である。
それは、時代性とか、時代精神とよばるものである。

そして、それは、気付きである。
気付きが、創造力を引き出す。

ただ今、続々と、四千首の歌の中から、取り出して、曲がつけられている。
それは、新たなる、発見であり、評価である。

そして、新しく生まれる。
新しく生まれる行為を行う。
創造である。

更に、大和言葉を再発見する戦略ともいえる。
それは、日本人の心に眠る潜在的な、大和心を目覚めさせる行為でもある。

そして、今こそ、目覚めさせめ必要があるのだ。
何故なら、忘れているからである。
遠い記憶・・・

民族の心である、言葉の復興である。

兎に角、気付いた者が、行為しなければならない。
それは、初めは、大変なことである。
誤解や偏見・・・

しかし、必ず、それが必要とされると、意識される時が来る。

更に、それは、成功するとか、当たるということではない。
そこから、新しい伝統への道が始まるのである。

伝統を創る、創造するのである。

言葉は、民族の心である。
そして、言葉を司るのは、精神である。
つまり、精神を作る行為が、言葉の復興である。

万葉集という、日本語の発祥、大和言葉の復興は、日本人を目覚めさせる。
民族意識・・・
そんな狭いものではない。

様々な民族の一つである、日本民族の特性を目覚めさせる。
それは、おおくの民族の中の尊い一つであるという、意識である。

つまり、民族には、皆々、大切な一つがある。
わが民族の尊い一つを知らなければ、他民族の尊い一つを、理解することは、出来ないのである。

21世紀は、民族融合の時代である。
そのためには、我が民族の、尊い一つを知らなければならない。
それが、言葉、日本では、大和言葉なのである。

和歌は、短歌として、今も、多くの日本人に創作意欲を与えている。
何故か。
それは、息遣いだからだ。

日本人の息遣いが、和歌にはある。

575777
日本の言葉は、シラブルという、単音である。
その単音が、57577と並ぶ。そこに日本人の息遣いがある。

いわばしる たるみのうえの さわらびの もえいずるはる になりにけるかも
志貴皇子



posted by 天山 at 05:39| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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