2013年04月11日

神仏は妄想である。409

エーリッヒ・フロムによると、宗教を二つに区分ける。
無神論的宗教と、有神論的宗教である。

そして、次に、権威主義的宗教と、人道主義的宗教である。

権威主義的宗教の特徴は、自分を超えた力によって、支配されるということについての認知である。
そして、更に、それを構成するものは、この力が人間を支配するゆえに、服従と礼拝とを受けるに値する、という概念である。

ここで、値するというのは、礼拝し、服従し、畏敬する理由が、神の道徳的特性や愛、その正義にあるのではなく、神が支配力を持つという点に、すなわち神が人間を支配する力を持つという、点にあることを示すからである、と、なる。

この人間を超えた力が人間に礼拝を強要する権利をもち、畏敬と服従とをささげないことが罪を構成する、ということを示している。
フロム

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教における、態度を見れば、よく解るのである。

権威主義的宗教、その宗教体験の根本要素は、人間を超越する力に服従するという点にある。
この宗教形態において、最高の善行とは、服従であり、根本の罪は、不服従である。

服従しないことが、罪とされるということは、脅しである。

一神教が、その際たるものである。

服従の行為によって、人は自分の、個人としての独立と誠実とを失うけれども、しかしそこで同時に、畏敬をおこさせる力の、いわば一部となり、その力によって守られていると感じ取るのである。
ライヒ

まさに、これでは、信仰による、不自由である。
更に、恐るべき、自己疎外である。

果たして、そこに、個人という意識が存在するのか・・・
イスラムとは、絶対帰依という意味である。
あるいは、絶対依属である。

これに捕らわれることは、人生を捨てるということになる。

更に、キリスト教などで、言われる、神の御心のままに・・・
これでは、自己そのものを、捨てる。

こうして、人生の苦悩から、逃れる、逃避するのである。
すべて、神のせいであるから・・・

救いが無いことも、神の望みであり、救われたことも、神の望みである。
つまり、自分というものを、失う。

いや、自分というものを、失わず、明確な意識によって、委ねるのである、とは、詭弁である。

その端的な言葉は、カルビン主義、神学にある。
なぜならば、もし諸君が自分にまだ何かが残っていると思うなら、それは謙遜とは呼べないからである。・・・われわれが本当に自分というものを考えようとすれば、われわれのうちの美点と考えられるような、すべてのものを完全に蔑視しなければならない。ここでいう謙遜とは、自己の悲惨と貧困とにおしつぶされた心の、偽りのない屈服をいうのである。なぜならば、これが聖書に記されている謙遜というものの変わらない姿であるからである。

何と言う、傲慢極まりない言葉か・・・

こうして、聖書という、権威において、実に蒙昧な神学的議論を展開するのである。

ライヒは、これこそ、権威主義的宗教の本質とまで言う。

権威主義的宗教においては、神は力と権力との象徴であり、神は無上の力をもつゆえに至高であり、それに比べると人間はまったく無力である。
ライヒ

更に、そこに宿るのは、自虐性である。
そして、心的成長を妨げるもの、のみである。

ライヒは、また、世俗的な権威主義的宗教も、同じ原理に従うという。
世俗的な・・・とは・・・
指導者、国民の父、国家、民族、社会主義者たちの祖国などが、礼拝の対象となる。

更に言えば、巨大になった、新興宗教にも、いえるのである。

そこでは、
個人の生活は無意味となり、人間の価値は、自分自身の価値と強さを否定するところにある。
ライヒ

共産、社会主義の国々を見ても解るだろう。

恐ろしい、蒙昧であり、まさに、妄想である。

権威主義的宗教はしばしば、現実の人間の現実の生活とはほとんど関係ない、抽象的な遊離した理想を要請する。
ライヒ

もっと、恐ろしいのが、
「死後の生活」とか「人類の将来」とかという理想のために、今ここに生きている人々の生活と幸福とが犠牲に供されることもある。
との、ライヒの言葉である。

これぞ、洗脳である。
そして、そこに居る人たちは、その洗脳のままに、我が人生を捨てる。そして、捨ててよしとするのである。

生まれて、生きている意味が無い。
とは、考えないのである。

信仰の蒙昧と、宗教、神仏の妄想に執り付かれ、更に、我を捨てることをよしとする、浮ついた人生を生きるのである。

ところが、本人が、それに気付くことがないという、不幸である。

極端な例は、ジハード、テロ行為も、神が登場するというもの。
聖戦というが、戦いに、聖なるものは無い。

キリスト教、イスラム教が、得意とする、言葉である。




posted by 天山 at 06:08| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。