2013年03月31日

伝統について61

古の 倭文機帯を 結び垂れ 誰とふ人も 君には益さじ

いにしえの しつはたおびを むすびたれ たれとふひとも きみにはまさじ

古くからの、しつはたの帯を結んで垂れ・・・
誰という人も、あなたには及びません。

熱烈な思いである。
あなたしか、いない、という思い。

逢はずとも われは怨みじ この枕 われと思ひて 枕きてさ寝ませ

あはずとも われはうらみじ このまくら われとおもひて まきてさねませ

逢わなくても、恨みません。この枕を私と思い、寝てください。

何のことはない歌であるが・・・
相手を信じている。
その心に、揺らぎは無い。

結ひし紐 解かむ日遠み しきたへの わが木枕は 苔生しにけり

ゆひしひも とかむひとおみ しきたへの わがこまくらは こけむしにけり

あなたが、結んだ紐を解く日が遠いので、しきたへの私の木枕は、苔が生えてしまった。

今で言えば、婚約である。
婚約したが、結ばれる日が遠いのである。
待つ心。待ち続ける心を歌う。

しきたへ、とは、立派な布の意味で、枕の美称である。

ぬばたまの 黒髪敷きて 長き夜を 手枕の上に 妹待つらむか

ぬばたまの くろかみしきて ながきよを たまくらのうえに いもまつらむか

黒髪を靡かせて、長い夜、妻は自分の手を枕に、待っているだろう。

男の思いである。
きっと、妻は、黒髪を敷いて、その手を枕に、待っているだろう。

真澄鏡 直にし妹を 相見ずは わが恋止まじ 年は経ぬとも

ますかがみ ただにしいもを あいみずは わがこひやまじ としはへぬとも

真澄鏡のように、直に、はっきりと妻を見るように、あなたへの恋心は、止むことがない。年が経ても。

何度見ても、好きな相手は、飽きないのである。
永遠に見つめていたい。

素直で、純粋。

真澄鏡 手に取り持ちて 朝な朝な 見む時さへや 恋の繁けむ

ますかがみ てにとりもちて あさなあさな みむときさへや こひのしげけむ

真澄鏡を毎朝見る、そのように、あなたをいつも見られる時でも、あなたへの恋心は、益々と燃え上がる。

恋の繁けむ
恋心が、盛んに燃えるのである。

毎日、相手を見ても、飽きることがない。
そして、見続けても、恋心は、益々、盛んになるのである。

恋に生き、恋に死ぬ、万葉人の、恋に賭ける心根。

だが、現代でも、それは、変わらない。
その、形相が変わっても、心は、万葉人と同じである。

恋は、病の一種だが、また、恋は真っ当な心の姿だ。



posted by 天山 at 06:02| 伝統について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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