2013年03月28日

国を愛して何が悪い57

中国西南の雲貴高原も東北の満州平野も、戦後日本のいわゆる進歩的学者が愛用する「帝国主義論」的植民地用語を用いれば、それこそ間違いない中国の植民地である。しかも前近代的な植民地なのである。
黄 文雄

それを続けると、
そもそも雲貴高原とは、現在は少数民族の居住する秘境といわれる雲南省、貴州省全域と、広西、湖南、四川の一部を含む地域で、モンゴルの元王朝に征服されてから中華王国に組み込まれた。中国の朝廷が承認する酋長によって統治される自治政権のある土地で、中国から見れば文明の光のとどかない「化外の地」だった。清のヨウ正帝の時代になり、それまで自治政権を確保していた土地の世襲支配者「土司」にかわり、中央から流官「役人」を送り、ほかの地域と同じように課税し、中央の統治を浸透させた。それが「改土帰流」と呼ばれる政策である。
と、なる。

18世紀以降、雲貴高原も後の満州と同じく、中華帝国の内乱と、それに伴う飢饉のたびに、漢人が流民となり、大量に移住してきたのである。

貴州で、漢人移民の割合は、十分の一にも及ばない。
また、広司でも、二割である。
しかし、20世紀初頭には、広西では、漢民族が、人口の六割にも達した。

それで、住民たちは、民族別の住み分けをするようになる。
中国では、民蛮雑処「漢苗雑処」と言う。

住み分けにより、一定のバランスがとれていた。
だが、19世紀末の中国は、白蓮教徒の乱、太平天国の乱、捻匪の乱・・・と、戦乱が続き、社会秩序が乱れに乱れた。
結果は、大量の漢民族の流入が加速し、先住民の居住区や、土地が奪われた。

この状態が、反漢民族の意識を生み、深刻な民族対立になった。

そして、反漢民族の乱が、度々起きる。
これが、中国の植民地化に反抗する闘争である。

特に、アヘン戦争の前後、多数の反漢民族、反中国植民地政策の闘争が、起こった。

その中でも、深刻だったのが、回教徒、イスラム教徒の反乱だった。
19世紀から20世紀にかけて、新疆地区でも、回教徒の乱が起こったが、雲貴高原でも、それに続くように、回教徒の反乱が絶え間なく起こり、漢民族の、回教徒皆殺し運動までに、発展した。

満州においても、日本という国家の存在がなければ、そのような状況になっただろう。
しかし、現実は、違った。

日本の植民地経営により、満州は、移民の天国である。

更に、日本は、ロシアの南下の防波堤になり、一面荒野に鉄道を敷き、殖産興業に努めて、教育に力を入れた。

その殖産興業は、戦後、中国に多大な恩恵をもたらした。
現在の、中国の工業の基礎となったのである。

当時は、国民の八割以上が、文盲だった中国にあり、満州だけは、国民教育の結果、識字率が四割に達していた。

治安維持には、関東軍が当たり、それは、人民から惨く租税を取り搾る、軍閥の跋扈を阻止する力があった。

このような環境は、軍閥の争いに翻弄される、中国の難民にとって、まさに、王道楽土、天国だったのである。

だから、年に、百万人を超える、流民が流れて来た。

満州事変後の1928年、満州を視察した、アメリカの、モルガン財団代表の、ラモントは、オールズ国務長官に宛てた手紙で、日本の満州経営は、少数の入植した日本人のためではないと述べた。

満州は、全シナでほとんど唯一安定した地域である。日本が満州にあれば、シナの不安定さが取り除かれ、より安定した地域になることが期待できる。日本の満州開発は、中国の利益となっている。

無秩序な戦争状態が中国に広がりつつあるなかで、いまや中国人は、どこにいても避けることのできない、略奪と暴力から逃れるために、何千という単位で南満州へ流れ込んでいる。
と、いうものである。

日本と中国の、植民地統治は、大きな違いがある。

現在の、雲南省と、貴州省は、中国の中でも、最も遅れた地域になっている。

シナ大陸で農民を苦しめるのは、飢饉に加えて、軍閥支配者の権力闘争による動乱や戦乱である。特に、明治44年、1911年から、昭和3年、1928年までの約20年の間に140の戦乱が勃発しており、そこに動員された兵力は、延べ1800万人といわれる。その大部分は、匪賊の大集団であった。国民軍と名のつく正規軍が、実は匪賊の集まりなのだ。匪賊は、軍隊に入れば「天下公認の略奪」ができると期待して軍人、兵隊になっていた。シナでは、賊と軍との区別がつかなくなっていた。
清水馨八郎

1930年になると、匪賊の総数が、2000万人となり、略奪者の天下となったのである。

各地の軍閥とは、匪賊の棟梁のことで、中華民国時代のシナは、ほぼ全土が、匪賊に荒らされていたのである。

更に、匪賊は、極めて残酷、野蛮で、都市を襲っては、家を焼き尽くし、人を殺し尽くし、物を奪いつくすので、殺光、焼光、奪光の、三光作戦という言葉が生まれたという。

であるから、現在の中国の前進、更に、政権の先祖は、匪賊たちなのである。
つまり、中国は、匪賊の国である。

誰も信用できないゆえに、都市とは、すべて五メートルの高い城壁で囲われている。
中国で、都市を、城市というのは、それである。

更に、市民も、家の周囲を、壁で守るのである。

海外の中国人、華僑も集団で、チャイナタウンを作る。それは、中国人特有の自衛本能である。
本国の政府が守ってくれるとは、全く考えていないのである。

また、中国人、漢人たちは、血族以外を信じない。
だから、他人には、嘘偽りなど、朝飯前である。
自分の利益になること以外に、関心が無い。



posted by 天山 at 02:36| 国を愛して何が悪い2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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