2013年03月21日

もののあわれについて604

内大臣「さていかが定めらるなる。親王こそまつはし得給はむ。もとより取り分きて御中よし、人柄もきやうざくなる御あはひづもならむかし」など宣ひては、なほ姫君の御事、飽かず口惜し。かやうに心にくくもてなして、いかにしなさむなど安からずいぶかしがらせましものを、と妬ければ、位さばかりと見ざらむかぎりは、許し難く思すなりけり。大臣などもねんごろに口入れかへさひ給はむにこそは、「負くるやうにてもなびかめ」と思すに、男方は、さらにいられ聞え給はず、心やましくなむ。




内大臣は、さて、ところで、どのように決めたのか。宮が、こうして手にお入れになるだろう。もともと、特別に仲が良いし、人柄もすばらしい、婿舅の間であろう、などと、おっしゃる。と、矢張り、雲居の雁のことが、残念でならない。
このように、勿体らしく扱い、どのようにするのかと、気を揉ませて、やきもきさせたかったのに、と、癪なので、位が相当になったと、見えない間は、やりたくないと思うのである。大臣が熱心に口添えを繰り返すなら、そけに負けるような形で、承知しようかと思うが、男の方は、一向に焦りも無く、気が気ではない。

この大臣は、源氏のことである。
夕霧のために、頭を下げてくるなら、雲居の雁を差し上げるという。




とかく思しめぐらすままに、やくりもなく軽らかにはひ渡り給へり。少将も御供に参り給ふ。姫君は昼寝し給へる程なり。羅の単衣を着給ひて臥し給へるさま、暑かはしくは見えず。いとろうたげにささやかなり。透き給へる肌つきなどいと美し。をかしげなる手つきして、扇を持給へりけるながら、腕を枕にて、うちやられたる御髪の程、いと長くこちたくはあらねど、いとをかしき末つきなり。人々物の後ろに寄り臥しつつうち休みたれば、ふともおどい給はず。扇をならし給へるに、何心もなく見上げ給へるまみ、らうたげにて、つらつき赤めるも、親の御目には美しくのみ見ゆ。




あれこれと、思案にくれつつ、ふらっと気楽にお渡りになる。少将もお供している。姫君は、昼寝をしていた。薄物の単をお召しになり、横になっている姿は、暑苦しい感じはない。とても可愛く、小柄である。お召し物の下に、透けて見える肌など、とても可愛い。きれいな手つきで、扇を持ったまま、ひじを枕にして、自然に投げ出された御髪の様子も、それほど長くは無いが、見事に裾が切り揃えてある。女房たちも、物陰で横になって休んでいる。急には目覚めない。扇を鳴らすと、何気なく見上げたその目つきが、可愛く、顔が赤くなっているもの、親の目には、可愛く見えるのである。




内大臣「うたたねはいさめ聞ゆるものを、などか、いとはかなきさまにては大殿籠りける。人々も近く侍はで、あやしや。女は、身を常に心づかひして守りたらむなむ良かるべき。心安くうち捨てざまにもてなしたる、品なき事なり。さりとて、いとさかしく身かためて、不動の陀羅尼よみて、印つくりて居たらむも憎し。うつつの人にもあまり気遠く、もの隔てがましきなど、気高きやうとても、人にくく心うつくしくはあらぬわざなり。太政大臣の后がねの姫君ならはし給ふなる教へは、よろづの事に通はしなだらめて、かどかどしきゆえもつけじ、たどたどしくおぼめく事もあらじ、と、ぬるらかにこそ掟て給ふなれ。げにさもある事なれど、人として、心にも、するわざにも、立ててなびく方は方とあるものなれば、おひ出で給ふさまあらむかし。この君の人となり、宮仕へに出だしたて給はむ世の気色こそ、いとゆかしけれ」など宣ひて、内大臣「思ふやうに見奉らむと思ひし筋は、難うなりにたる御身なれど、いかで人笑はれならずしなし奉らむとなむ、人の上のさまざまなるを聞くごとに、思ひ乱れ侍る。こころみごとにねんごろがらむ人のねぎごとに、なしばしなびき給ひそ。思ふさま侍り」など、いとらうたしと思ひつつ聞え給ふ。「昔は何事も、深くも思ひ知らで、なかなか、さしあたりていとほしかりし事の騒ぎにも、おもなくて見え奉りけるよ」と今ぞ思ひ出づるに、胸ふたがりて、いみじく恥づかしき。大宮よりも、常におぼつかなき事を恨み聞え給へど、かく宣ふがつつましくて、え渡り見奉り給はず。




内大臣は、うたた寝は、いけないと注意しているのに。どうして、手軽な格好で、寝ていられるのか。女房たちも、お傍にお付しないで、けしからんことだ。女というものは、自分をいつも注意して、守っているのがよい。気を許して、投げやりな態度は、品の無いことだ。かといって、利口そうに固くなり、不動の陀羅尼を読み、印を結んでいるのも、嫌な感じだ。目の前の人にも、よそよそしく、遠慮が過ぎることも、上品なようで、可愛げなく、素直ではない。
太政大臣が、お后候補の姫君を、躾けている教育は、何でも一通りは心得て、片寄らず、それでいて、目立つ特技も持たせない。しかし、不案内で、うろうろすることもないようにと、余裕ある風情にとの、方針である。それは、最もなことだが、人というものは、考えにも、行動にも、好き好む傾向があるから、大きくなるにつれて、特色も出るだろう。この姫君が、一人前に成長し、入内させるときの様子が見たくて、たまらないなどと、おっしゃり、更に、私の理想通りにしたいと思ったことが、難しくなったが、何とかして、誰にも、笑われないようにして上げたいと、他人の身の上を、あれこれと耳にするたびに、心配している。気を引こうと、熱心なふりをする男の訴えなどを、ここしばらく聞き入れてはいけない。私に考えがあります。など、大変可愛いと思いながら、お話しするのである。
雲居の雁は、昔は何事も深く分からず、あのとき気の毒なことをした騒動にも、かえって、恥ずかしいと思わず、父親の前に座っていたと思う。今になって、あの当時を思い出すと、胸がいっぱいになり、お顔が見られない思いがする。大宮からも、始終音沙汰がないと、恨みの言葉を聞くが、父君がおっしゃるのに気兼ねして、お出かけになり、お目にかかることが、出来ないでいる。

男とは、夕霧のことである。
その夕霧との、別れの騒動のことを言う。

当時の貴族の、女子の躾けに対することが、分かる。

思ふさま侍り・・・
とは、内大臣が考えていることであるが・・・
それが、源氏に対することか、夕霧に対することか。

当時の、貴族の女は、不動の陀羅尼を読んだり、その印を結んだりしていたことが、窺える。

雲居の雁は、夕霧が受けた、酷い目に遭ったことを、思い出している。
夕霧の、位が低く、夕霧の受けた、気の毒な騒動である。

内大臣が、雲居の雁を、入内させたいと思っていたことが、分かるのである。




posted by 天山 at 00:47| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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