2013年02月27日

タイ・ビルマ戦線4

チェンマイに出掛けてから、七年目になる。
もう、何度、出掛けたことか。

最初の年は、忘れもしない、タイ国王在位60年記念の年である。
何処へ行っても、テレビが、その行事を写していた。

タイ国民は、プーミボン国王をとても大切にしている。
国王不敬は犯罪になる。それほど国民に広く支持されている。

タイに騒乱が起きた場合は、国民が国王の出番を待つほどである。

だが、国王は、民主化を求めて、出来る限り政治的発言をしないようになった。

タクシン首相時代のクーデターの際も、ただ、国軍の報告を受けて、了承したのみ。

だが、両陣営も、国王に対する敬意は、変わらない。

タイ国民は、現在の国王が長く生きて欲しいと、真に願っている。
つまり、次の国王に期待出来ないからである。
現在、最も王室で人気があるのが、長女である、王女である。

皇太子は、人気がない。
次女は、王室から離脱した。王位継承権を放棄したのだ。

さて、その年、タイには、二度出掛けた。
二度目が、チェンマイだった。
そのチェンマイが、慰霊の活動の主たるものになるとは、思ってもいなかった。

同行のコータが、チェンマイに語学留学したからである。
三ヶ月の期間。

その三ヶ月の期間に、出会ったのが、現在まで慰霊のお世話をして下さる、K氏である。
現地法人のタイ・ビルマ戦線の慰霊碑の管理、慰霊に訪れる人たちの、お世話をしていた。

当初は、日本語教師を勤めていた方である。

篤い情熱のある方で、多くの人から信頼されていた。
また、その性格も、竹のような人である。

馬鹿な長期滞在の日本人たちとも、付き合っていたから、相当な苦労をしていたはずである。
馬鹿な日本人は、タイ社会に溶け込めず、タイ人を見下す、東南アジアの人たちを見下ろす人たちである。

また、日本人同士で集うのみ。
日本社会に適応出来ずに、タイに住む人たちである。
要するに、あぶれ者である。

勿論、立派な日本人たちもいるが・・・

K氏には、最初から今に至るまで、お世話になっている。
更に、奥様が、カレン族の方で、その縁からカレン村に支援することにもなった。

タイに住むカレン族は、ビルマから、およそ200年前に渡って来た、白カレンと言われる。現在のミャンマーに住むカレン族は、赤カレンと言われる。
その違いは、争いを好まないのが、白カレンで、ビルマの少数民族迫害から逃れた人たちである。

更に、K氏のお陰で、チェンマイにて、チャリティコンサートを開催することにもなった。
東日本大震災の年から、コンサートは中止している。

更に、バンカート学校でも、コンサートを開催した。
それも、すべてK氏のお陰である。

矢張り、人間関係に突き当たる。
誰と会うのか・・・
それが、問題だ。

今回は、更に、現地で活動、活躍する日本人企業家、滞在者とのインタビューの人選も、引き受けて下さった。
本当に、何から何までの、お世話をして下さるのである。

現在は、五歳の娘さんと、三人の家族である。
そして、瞑想法を実践し、日本の大学の通信教育で、心理学を学ぶ。

ご自身は、とても感情家というが、怒ったところを見たことがない。
感情家は、私のことである。

いや、私の場合は、激情型である。

今回も、ご自身で車を運転されて、私たちを、案内して下さった。

支援活動にも、いつも同行されて、援助して下さるのである。
英語、タイ語も堪能であるから、とても助かる。

今回の支援先は、ビルマ系難民の皆さんである。
その支援団体の事務所を前回知ることが出来て、メーソートのメータオクリニックの分院、そして、居住者の皆さんに支援することが出来た。

分院の裏に、建物があり、そこに難民の皆さんが住むということも、知った。
だから、分院に出掛けて、すべての衣類を手渡すことが出来た。

更に、分院の責任者の方とも、お会いできたのである。

支援団体は、アメリカが主体の団体である。
そこから、難民の情報を得ることが出来る。

日本のボランティア団体もチェンマイには、数多く存在するが・・・
私は、知らない。

だが、現在は、活動を停止、休止している団体が多い。
特に、東日本大震災後は、寄付が少なく、組織を維持するのが大変になっているのだ。

自国の人を助けるのは、最も優先されるべきであるが・・・
グローバル化した時代の、ボランティアは、自国も他国も無いと考える。
出来ることを、出来る所でするのである。

テラの会も、日本での支援活動も、当初から始めている。
ただし、それを公表するのを躊躇った。

それは、テラの会の最初の主旨が、戦没者の追悼慰霊だからである。
そこから、出掛ける国の、助けを必要とする人たちに、衣服を持参することになった。
そして、国内支援も出来ることのみするという、意識である。

追悼慰霊が、無ければ、衣服支援、学習支援、食料支援も無かったのである。




posted by 天山 at 06:53| タイ・ビルマ戦線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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