2013年02月14日

もののあわれについて599

常夏 とこなつ

いとあつき日、東の釣殿に出で給ひて涼み給ふ。中将の君も侍ひ給ふ。親しき殿上人あまた侍ひて、西川より奉れる鮎、近き川のいしぶしやうの物、お前にて調じて参らす。例の大殿の君達、中将の御辺り尋ねて参り給へり。




大変、暑い日、東の釣殿に出られて、涼みになられる。中将の君も、横に控えている。出入りの殿上人も大勢控えていて、西川から献上した、鮎、加茂川の、はぜ、などの魚を、お前で、料理して差し上げる。いつも通り、内大臣の若様方が、中将のいる所を探して、この釣殿にいらした。





源氏「さうざうしくねぶたかりつる、折よくものし給へるかな」とて、大御酒まいり、氷水召して、水飯などとりどりにさうどきつつ食ふ。風はいとよく吹けども、日のどかに曇なき空の、西日になるほど、蝉の声などもいと苦しげに聞ゆれば、源氏「水の上むくとなる今日のあつかはしさかな。無礼の罪は許されなむや」とて、寄り臥し給へり。源氏「いとかかる頃は、遊びなどもすさまじく、さすがに暮らし難きこそ苦しけれ。宮仕へする若き人々たへ難からむな。帯もとかぬほどよ。ここにてだにうち乱れ、この頃世にあらむことの、少し珍しく、ねぶたさ醒めぬべからむ、語りて聞かせ給へ。何となく翁びたる心地して、世間の事もおぼつかなしや」など宣へど、珍しき事とて、うち出で聞えむ物語も覚えねば、畏まりたるやうにて、皆いと涼しき高蘭に、背中押しつつ侍ひ給ふ。




源氏は、することもなく、眠かったところへ、折りよく来てくださった、と、御酒を、取り上げて、氷水を取り寄せて、水飯などを、それぞれ賑やかに、召し上がる。
風は、気持ち良く吹き通るが、日がなかなか暮れず、雲ひとつない空が、ようやく西日になる頃、蝉の鳴き声が、暑苦しく聞える。源氏は、涼しいはずの水の上も、役に立たない今日の暑さだ。失礼は許していただけようか、と、横になった。
源氏は、こんな暑い時には、音楽会なども、面白くない。といって、一日中、何もせずにいるのは、辛い。役所勤めの若い人々は、たまるまい。帯も解かずに、せめて、ここでは、くつろいで、近頃世間で起こっている、少しは珍しい、眠気が醒める出来事を話して聞かせてくれないか。何となく、年寄りじみた気持ちがして、新しい出来事も知らない。などと、おっしゃるが、珍しいこととして、話しをすることもなく、恐縮して、一同、涼しい高欄に背中を押し付けて、控えている。

氷水とは、冬の雪を固めて、土倉の中に貯蔵しておき、夏に使うもので、水に浮かべたり、解かして、氷水、ひみず、と呼ぶ。
また、飯に、氷水をかけて冷たくして食べる。




源氏「いかで聞きしことぞや、大臣の外腹の女尋ね出でてかしづき給ふなると、まねぶ人ありしは、まことにや」と、弁の小将に問い給へば、少将「ことごとしく、さまで言ひなすべき事にも侍らざりけるを。この春の頃ほひ、夢語し給ひけるを、ほの聞き伝へ侍りける女の、我なむかこつべき事ある。と、名乗り出で侍りけるを、中将の朝臣なむ聞きつけて、まことに、さやうに触ればひぬべきしるしやある、と尋ねとぶらひ侍りける。詳しきさまはえ知り侍らず。げにこの頃めづらしき世話になむ、人々もし侍るなる。かやうの事こそ、人のため自ら、けそんなるわざに侍りけれ」と聞ゆ。




源氏は、どうして聞いたのか。内大臣が余所で出来た娘を捜して、大事にしていらっしゃると、話してくれた人があったが・・・本当なのか。と、弁の少将に、お尋ねになる。弁は、大袈裟です。そんなに言うことでも、ありません。今年の春頃に、夢の話をしましたところ、それを聞き伝えた女が、私には、訴えたいことがある、と名乗り出てきました。中将の朝臣が耳にして、本当に、そんなことを言ってよい証拠があるのかと、捜しまして、訪問しました。詳しいことは、解りません。仰せの通り、最近聞かない噂話に、誰もがしているそうです。でも、このようなことは、父にとりまして、自然と家の不面目になる話でございます、と申し上げる。

中将の朝臣とは、柏木のことである。




まことなりけり、と思して、源氏「いと多かめる列に離れたらむ後るる雁を、しひて尋ね給ふが、ふくつけきぞ。いと乏しきに、さやうならむもののくさはひ、見出でまほしけれど、名乗りももの憂ききはとや思ふらむ、さらにこそ聞えね。さても、もて離れたる事にはあらじ。らうがはしくとかく紛れ給ふめりし程に、底清くすまぬ水にやどる月は、曇なきやうのいかでかあらむ」と、ほほえみて宣ふ。中将の君も、委しく聞き給へることなれば、えしもまめだたず。少将と藤侍従とは、いとからしと思ひたり。源氏「朝臣や、さやうの落葉をだに拾へ。人わろき名の後の世に残らむよりは、同じかざしにて慰めむに、なでふ事あらむ」と、弄じ給ふやうなり。かやうの事にてぞ、表面はいとよき御中の、昔よりさすがに隙ありける。まいて中将をいたくはしたなめて、わびさせ給ふつらさを思しあまりて、なまねたしとも、漏り聞き給へかしと思すなりけり。




噂は、本当だったと思い、源氏は、沢山いるようなのに、列からはぐれて遅れた雁までも、無理に、お捜しになるとは、欲張り過ぎだ。私の方は、とても少ないから、そのような子を見つけ出したいが、名乗り出るのも、馬鹿らしい家だと思うから、ちっとも耳にしない。それにしても、まるで関係がないというのではないだろう。やたらと、あちこち隠れ遊びなさったから、元々、底まで澄んでいない水に宿る月は、曇らないことが、あろうかと、微笑んでおっしゃる。
中将の君も、詳しく聞いていることなので、真面目な顔は、出来ないのである。少将と藤侍従は、顔も上げられない思いである。源氏は、朝臣よ、そういう落葉を、せめて頂戴しろ。格好の悪い評判が後々まで、残るよりは、同じ姉妹で、我慢して何の悪いことがあろうかと、夕霧をからかう様子である。このようなことになると、表面は仲の良い二人だが、昔から、それでも、しっくりしないところがあるのだった。
その上、中将を、酷く恥ずかしい目に合わせて、歎かせている無情さを根に持つあまり、大臣が癪にさわると伝え聞くとよいと、思うのである。

これは、源氏が、内大臣の噂話について、話しているのである。

同じかざし、とは、
後撰集 伊勢
わが宿と たのむ吉野に 君し入らば 同じかざしを さしこそはせめ



posted by 天山 at 17:06| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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