2013年02月01日

霊学97

霊媒とは何か。霊が人間と交信するための媒体となる存在であり、個人である。霊媒がいなければ、触覚による交信も、精神的な交信も、自動書記による交信も、物理的な交信も、その他いかなる交信もありえない。
カルデック

更に、その霊媒の分類をしている。
本来の意味での物理的現象霊媒
品物の移送、空中浮揚、アポーツ、叩音

感受性あるいは印象性の霊媒
霊の存在を個人的印象によって、キャッチする。良い例であれば、心地よい印象を、悪い霊であれば、気持ちの悪い印象を受ける。

聴覚霊媒
自分自身の内部や外部で霊の声を聴く。声によって、霊を見分けることができる。

話す霊媒
霊の声を聴くだけではなく、霊は、彼らの発声器官に働きかける。書記霊媒の手や腕に、働きかけるものと、同じ。

見る霊媒
覚醒状態、睡眠状態で、視覚的印象を受け取る。ただし実際は、彼らは自分の霊体を通じて、肉体離脱者の霊体と接触する。何よりも証拠には、目を閉じていても見えることだ。

治療霊媒
彼らの生命力が、霊の霊体力と合体して、患者の身体に流れ込み、動物的生命を活気づける。

書記霊媒
心霊書記を行う。

専門霊媒
ある分野の交信を専門とする者。医者、詩、音楽、道徳、学識、芸術など。

更に、その能力の行使の仕方により、分類する。
初心者、熟達者、ほとんど現象を生じない者。
簡潔な者、および仔細にわたる者。
フレクシブルな「いくつかの方法を用いることのできる」者、および、一つの方法に限られる者。

落ち着いている者、軽快な者、激烈な者。

そして、霊媒は、特別な存在であるが、それでも、欠点を持つ。霊媒の欠点とは、
憑かれた霊媒
煩わしい霊に憑かれて、追い払うことができない者。

幻惑された霊媒
悪霊に精神的・物質的に支配されている者。

軽率な霊媒
戯れにその能力を用いる者。

高慢な霊媒
自分の能力や交信を自慢する者。

傷つきやすい霊媒
批判されることに耐えられない者。

思い上がった霊媒
自分では決して誤ることはなく、上級霊だけが訪れると信じている者。

金目当ての霊媒
多額の報酬を要求する者。

虚偽の霊媒
ペテン師

利己主義の霊媒
その能力や交信を自分のためにだけ取っておく者。

嫉妬深い霊媒
自分より強力な霊媒を嫉妬する者。

その他、ありとあらゆる、人間的欠陥を持つ者が存在する。

そこに、一つ付け加えるものは、ペテン師に近いが、精神疾患である。
これが、最も多いと、私は言う。

自己分離による霊媒は自己を分離する能力をもっている。
カステラン

魂と霊体は、肉体という、外被を離れることがあるという。
肉体は、動けず、緩慢な生命を持つことになる。
だが、霊体の微妙な外被との、結合を保つ。

この結合は、生を支える結合であり、それを通じて、生命エネルギーが、肉体という外被に少しずつ流れ込み、死を妨げるのである。

憑依による霊媒が、このタイプに最も多く見られる。

多くの実験は、この種の霊媒を用いて、実行される。
反対に、直接探査の霊媒は、極めて稀である。

それは、肉体が覚醒状態であり、弱々しく生きていて、その間に、微妙な元素が人間に禁じられた、領域を探索するのである。

霊能者と名乗る者の中には、この霊媒体質が多いが、特に、その際に、その人間性が、ポイントとなる。
私の体験から言えば、ある程度の能力、それは、知らない人には、驚きの能力だが、それに自己顕示欲がついて、情報以上に、創作してしまう者である。

世俗的というような、野心を持っていたり、有名志向のある者など。

つまり、指導者がいないのである。
自分が指導者なのである。
だから、都合の良いように、情報を伝える。

あえて言えば、鑑定する者がいないのである。
要するに、その霊の正体を見抜くための、監視人がいない状態であり、日本の場合の、霊能者に実に多い。

一人舞台である。
そして、何の確認も、確証も、証拠も無いのである。

信じるだけになる。
それでは、科学的といえない。

更に、恐ろしいのは、それらが、宗教的なグループを作り、教祖のように成り果てることである。


posted by 天山 at 00:21| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月02日

霊学98

カステランの心霊主義には、面白いことが、書かれている。

オーラを伴う、霊媒である。
これは、物理的現象を引き起こす霊媒である。

霊体のエネルギーを、一種のオーラ、光の輪として、肉体の外に放出するのである。
類似したもの同士の直接の接触により、霊がそこから生命エネルギーを汲み取り、テーブル、その他の物体を「生物化する」のである。

一時的に、死せる物質が、生気を帯びる。
エーテル体や、霊体が、魂の衝動に従うのと同じに、生気を帯びた物体が、肉体離脱者の思考に従うのである。

霊体の場合は、心の中で、命ずるだけでもいい。

心霊現象は思考に依存するのだから、その強度の限界は、与えられた精神的命令の限界以外にはないはずである。ところがじっさいには、霊媒の力には限界がある。生命エネルギーの消耗は、「生物化」すべき対象が重要であればあるほど大きくなるからだ。霊媒が起こす現象の強度は、霊媒のエネルギー放出度に直接的に比例している。
カステラン

そこで、霊媒が介在する必要性を説いている。

霊は同類である肉体離脱者の霊体から、必要なエーテル・エネルギーを汲み取ることができるのではあるまいか。あるいは同じ性質をもつ宇宙エネルギーを直接汲み取ることができるのではあるまいか。そうではない。霊は自分自身のエーテル・エネルギーを、宇宙エネルギーで増強するかどうかは別として、生きた人間の流体とミックスする必要があるのだ。これは不可欠であり、必須条件なのである。
生命流体は肉体の生命によって豊かになるようにである。
カステラン

実に肯定的である。

われわれが世界を抵抗感のある固いものと思い込んでいるのは、われわれの感覚が粗雑であり、われわれの道具が鈍重なものであるからにすぎない。
カステラン

確かに、そうである。
物質の世界は、そして、肉体の世界は、その通りである。

だが、霊媒的、霊体的流体の特殊な能力によれば、いくら濃密な物体でも、固い粒子の部分よりも、隙間、空隙のほうが、はるかに、多いのである。

オーラ霊媒により、生ずる現象は、数え切れないほどある。

中でも多いのは、自動書記である。
心霊書記とも言う。

日本でも、そのような自動書記が多い。
が、問題があるのは、その霊が、何者なのであるかということを、判定せずに、受け取ることである。

霊が、我は神と、言えば、ただ、安易に信じるのである。
そして、とんでもない、宗教を起こしたりする。

さて、ここで、アラン・カルデックの、心霊主義と、その哲学を見る。
65歳の生涯を終えるまで、心霊実験を行い、そのから得た、多くの知識によって、書かれたもの。

神に関しては、
至高の知性、万物の第一原理。
神が存在する明白な証拠は、宇宙の調和である。
永遠、無限、不動、非物質、唯一、全能、公正無比にして、善良である。
物質は、神の外部にある。

これは、カトリックが掲げる正統派の意見と同じである。
そういう意味では、カトリックの神観念は、心霊主義の神観念と、同じである。

だが、その神なる存在と、カトリック教会がつながっているのかは、不明である。

宇宙は、三位一体である。
創造主としての神、霊「精神」、物質、更に第四の要素として、流体が加わる。
流体は、動物的生命の源流である。
霊と物質の媒介となるものであるが、電気的もしくは、磁気的物質であり、その一形態を霊体のうちに見ることができる。

物質は、単一の元素に由来している。
われわれが単体と呼ぶものは、真の元素ではない。科学が不完全だから、それらを元素としてしまうのである。

宇宙は、神の意志によって創造された。
生物は、胚種が孵化することによって、生じた。
この胚種は、地球が出来る以前は、エーテルの中に、撒き散らされた。そして、原初のカオスのうちに含まれて、孵化に好都合な環境が現れる日を待っていた。

この環境は、今日大きく変わってしまった。
人間は、資源を得るために、地球を大きく変えてしまった。
今日では、人間の自然発生は不可能である。

人間は、様々な場所で、様々な時代に、類似のしかし、少しずつ異なった胚種から生まれた。そのため、人種の違いがある。

アダムは、一つの神話にすぎない。

動物は、一種の魂を持つ。
その魂は、肉体の死後も、存続し、種によって異なるが、動物に、ある程度の知性と極めて限定的な自由を与える。
動物は、来世でも存続するが、盲目的、無意識的に彷徨するのみ。

人間の魂は道徳生活と、判断と行動の大幅に自由をふくんでいる。人間の魂と動物の魂はどちらも同一の普遍的知性原理から発生してきた。ところが、この原理は人間においては、人間時代以前に一連の生存を経験してきたあいだに、相当の進歩を遂げたのである。魂はこの時期をわれわれの惑星とは別の場所で、われわれには想像のつかない状態で過ごしたのかもしれない。ただし転生による人間界と動物界の交換はありえず、一方が他方に先行するわけではない。両者は出発点で異なっているのだ。とりわけ、人間の身体がいずれかの生存期の動物の身体へ退行することはありえない。「河は水源に向かって戻りはしないのだ」
カステラン

インド系の、輪廻の考え方とは、違う。
カルデックの心霊主義とは別に、鉱物から、植物、そして、動物へ、それから、人間へと、進化するという、考え方もある。

そこでも、逆戻りは、しない。

posted by 天山 at 00:01| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月03日

最後の沈黙を破る71

戦没者追悼慰霊と、衣服支援の「テラの会」活動が、七年を迎える。

次第に、厳しくなる現状である。
それは、最初の頃より、もっと多くのことをするからである。

新しく、難民の孤児たちに、食糧支援をはじめた。
これは、現地調達である。
つまり、お金が必要だ。

多くのボランティア団体は、大震災後、寄付が少なくなった。
当然である。
大震災に回ったのである。

私は、個人的活動である。
だから、それほどの影響は無い。しかし、今までのような寄付の状況では、資金不足である。

資金不足だから、続けられない・・・
いや、方法があるはずだ。
しかし、告知するにも、お金が必要だ。
つまり、矢張りお金が問題なのである。

と、それでは、お金を得るために、仕事を・・・
すると、活動が出来なくなる。
半分以下に・・・それ以下になる・・・

衣服支援は、理解されるが、追悼慰霊を理解するのは、難しいようである。
平成25年、2013年は、敗戦から、68年目である。

それは、遠い昔の話になってしまった。

だが、死者、320万人である。
それほど、大量の人の死がある。

兵士は、230万人である。
その兵士の遺骨は、いまだ、113万人が、戻らない。

遺族の多くも亡くなった。
それでは、それで忘れ去られるのか・・・

そんなことは無い。
兵士は、日本のために、命を落とした。

日本のために、斃れたのである。
忘れてはいけない事実である。

そして、それを、追って、悼むからこそ、平和の意味を知る。
追悼である。

慰霊の行為は、平和への、持続である。

敗戦から、日本は、一度も戦争をしていない。
凄いことである。

アメリカの核に守られていた。
それも、事実である。

それでは、日本も核兵器を持ち、自立すべきだ・・・
と、考える人もいる。
私も、その一人である。
しかし、アメリカの核に守られている。もう、核兵器を造るのは、止めたいと思う人もいる。

だが、世界的に、核兵器廃絶は、現実的ではない。

悲しいことに、抑止のため・・・

まだ、軍事的に強くなければ、駄目なのである。

しかし、戦争回避のための方法は、いつも考える必要がある。

さて、この活動は、続ける。
続けなければ、意味が無い。
慰霊は、繰り返し、繰り返しと、続けるべきである。

死者の霊位に対し奉り、当然のことである。

霊位を慰める。
何度行っても、いいのである。
そして、何度も行うべきである。

私は、戦地に佇み、佇み、その有様、戦争というものの、有様を感じてきた。
激戦地・・・
哀れである。

遠く祖国から離れた場所で、息を引き取るという、悲劇。
不可抗力である。

人生とは、この不可抗力に、何と満ちていることであろう。

現在、当時の戦争に関して、正しい事実が、公開され始めた。
むやみやたらに、戦争を始めたのではない。
多くの人が、戦争回避のために、奔走したこと。

特に、昭和天皇。

天皇の戦争責任・・・
全く論外の話である。

更に、戦犯・・・
日本には、戦犯などいない。

戦犯というなら、アメリカのルーズベルト、イギリスのチャーチルである。
彼らが、画策したのである。

大東亜戦争の意味を、再度検証すべきである。
それが、また、私の活動の根幹でもある。

posted by 天山 at 05:55| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月04日

伝統について60

志賀の白水郎の 塩焼衣の なれぬれど 恋とふものは 忘れかねつも

しがのあまの しほやききぬの なれぬれど こひとふものは わすれかねつも

志賀のあまの、塩焼きの衣が萎えるように馴れたが、いつまでも、恋というものは、忘れられないもの。

いつも、はじめての恋心を持ち続けているのである。
存分に、馴れたが、それでも、まだ恋しいのである。

紅の 八入の衣 朝な朝な なれはすれども いやめづらしも

くれないの はしほのころも あさなあさな なれはすれども いやめづらしも

紅色に染めた衣は、毎朝着て、萎えているが、馴れた妻には、一層、心が引かれるものだ。

マンネリがないのである。
いつも、新しい恋をする。
同じ妻に対して。

紅の 濃染の衣 色深く 染みにしかばか 忘れかねつる

くれないの こそめのころも いろふかく しみにしかばか わすれかねつる

紅色に、深く染めた衣のように、心に深く染みる。あの人が、忘れがたいのである。

万葉集の恋歌は、実に多い。
というより、恋歌全開である。
生きる、それは、恋を生きることだった。

すべては、恋から、はじまったのである。

逢はなくに 夕占を問ふと 幣に置くに わが衣手は 又そ続ぐべき

あはなくに ゆうけをとふと ぬさにおく わがころもでは またそつぐべき

逢えないので、夕占をするために、袖を切って、幣として置く。切った袖は、また継ぐ。妻と袖を交わすことができる。

何とも切ない程の、気持ちである。
あの人のことを、思いつつ、袖を切って、幣として置くという、心である。

幣とは、供え物である。袖を供えて、占うという、その心。

古衣 打棄る人は 秋風の 立ち来る時に もの思ふものぞ

ふるごろも うちふるひとは あきかぜの たちくるときに ものおもふものぞ

古着を捨てるように、恋人を捨てた人は、秋風が吹き始める頃に、物思うことだろう。

矢張り、その頃も、恋人を捨てる男がいたのである。
だが、それは、女の呪いにかかってしまう。

はね蔓 今する妹が うら若み 笑みみいかりみ 着けし紐解く

はねかずら いまするいもが うらわかみ えみみいかりみ つけしひもとく

葉や根のかずらを着けた娘は、初々しいくて、笑ったり、怒ったりしても、その紐を解くことだ。

紐を解く、つまり、セックスをするということである。

処女、乙女の姿である。
そこに、願いがある。
紐を解いてくれ・・・

つまり、恋の成就を願うのである。
恋の成就とは、交わることである。
実に、端的なこと。

そして、新鮮である。
性が、命のエネルギーを感じさせる、歌の数々である。

posted by 天山 at 06:37| 伝統について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月14日

もののあわれについて599

常夏 とこなつ

いとあつき日、東の釣殿に出で給ひて涼み給ふ。中将の君も侍ひ給ふ。親しき殿上人あまた侍ひて、西川より奉れる鮎、近き川のいしぶしやうの物、お前にて調じて参らす。例の大殿の君達、中将の御辺り尋ねて参り給へり。




大変、暑い日、東の釣殿に出られて、涼みになられる。中将の君も、横に控えている。出入りの殿上人も大勢控えていて、西川から献上した、鮎、加茂川の、はぜ、などの魚を、お前で、料理して差し上げる。いつも通り、内大臣の若様方が、中将のいる所を探して、この釣殿にいらした。





源氏「さうざうしくねぶたかりつる、折よくものし給へるかな」とて、大御酒まいり、氷水召して、水飯などとりどりにさうどきつつ食ふ。風はいとよく吹けども、日のどかに曇なき空の、西日になるほど、蝉の声などもいと苦しげに聞ゆれば、源氏「水の上むくとなる今日のあつかはしさかな。無礼の罪は許されなむや」とて、寄り臥し給へり。源氏「いとかかる頃は、遊びなどもすさまじく、さすがに暮らし難きこそ苦しけれ。宮仕へする若き人々たへ難からむな。帯もとかぬほどよ。ここにてだにうち乱れ、この頃世にあらむことの、少し珍しく、ねぶたさ醒めぬべからむ、語りて聞かせ給へ。何となく翁びたる心地して、世間の事もおぼつかなしや」など宣へど、珍しき事とて、うち出で聞えむ物語も覚えねば、畏まりたるやうにて、皆いと涼しき高蘭に、背中押しつつ侍ひ給ふ。




源氏は、することもなく、眠かったところへ、折りよく来てくださった、と、御酒を、取り上げて、氷水を取り寄せて、水飯などを、それぞれ賑やかに、召し上がる。
風は、気持ち良く吹き通るが、日がなかなか暮れず、雲ひとつない空が、ようやく西日になる頃、蝉の鳴き声が、暑苦しく聞える。源氏は、涼しいはずの水の上も、役に立たない今日の暑さだ。失礼は許していただけようか、と、横になった。
源氏は、こんな暑い時には、音楽会なども、面白くない。といって、一日中、何もせずにいるのは、辛い。役所勤めの若い人々は、たまるまい。帯も解かずに、せめて、ここでは、くつろいで、近頃世間で起こっている、少しは珍しい、眠気が醒める出来事を話して聞かせてくれないか。何となく、年寄りじみた気持ちがして、新しい出来事も知らない。などと、おっしゃるが、珍しいこととして、話しをすることもなく、恐縮して、一同、涼しい高欄に背中を押し付けて、控えている。

氷水とは、冬の雪を固めて、土倉の中に貯蔵しておき、夏に使うもので、水に浮かべたり、解かして、氷水、ひみず、と呼ぶ。
また、飯に、氷水をかけて冷たくして食べる。




源氏「いかで聞きしことぞや、大臣の外腹の女尋ね出でてかしづき給ふなると、まねぶ人ありしは、まことにや」と、弁の小将に問い給へば、少将「ことごとしく、さまで言ひなすべき事にも侍らざりけるを。この春の頃ほひ、夢語し給ひけるを、ほの聞き伝へ侍りける女の、我なむかこつべき事ある。と、名乗り出で侍りけるを、中将の朝臣なむ聞きつけて、まことに、さやうに触ればひぬべきしるしやある、と尋ねとぶらひ侍りける。詳しきさまはえ知り侍らず。げにこの頃めづらしき世話になむ、人々もし侍るなる。かやうの事こそ、人のため自ら、けそんなるわざに侍りけれ」と聞ゆ。




源氏は、どうして聞いたのか。内大臣が余所で出来た娘を捜して、大事にしていらっしゃると、話してくれた人があったが・・・本当なのか。と、弁の少将に、お尋ねになる。弁は、大袈裟です。そんなに言うことでも、ありません。今年の春頃に、夢の話をしましたところ、それを聞き伝えた女が、私には、訴えたいことがある、と名乗り出てきました。中将の朝臣が耳にして、本当に、そんなことを言ってよい証拠があるのかと、捜しまして、訪問しました。詳しいことは、解りません。仰せの通り、最近聞かない噂話に、誰もがしているそうです。でも、このようなことは、父にとりまして、自然と家の不面目になる話でございます、と申し上げる。

中将の朝臣とは、柏木のことである。




まことなりけり、と思して、源氏「いと多かめる列に離れたらむ後るる雁を、しひて尋ね給ふが、ふくつけきぞ。いと乏しきに、さやうならむもののくさはひ、見出でまほしけれど、名乗りももの憂ききはとや思ふらむ、さらにこそ聞えね。さても、もて離れたる事にはあらじ。らうがはしくとかく紛れ給ふめりし程に、底清くすまぬ水にやどる月は、曇なきやうのいかでかあらむ」と、ほほえみて宣ふ。中将の君も、委しく聞き給へることなれば、えしもまめだたず。少将と藤侍従とは、いとからしと思ひたり。源氏「朝臣や、さやうの落葉をだに拾へ。人わろき名の後の世に残らむよりは、同じかざしにて慰めむに、なでふ事あらむ」と、弄じ給ふやうなり。かやうの事にてぞ、表面はいとよき御中の、昔よりさすがに隙ありける。まいて中将をいたくはしたなめて、わびさせ給ふつらさを思しあまりて、なまねたしとも、漏り聞き給へかしと思すなりけり。




噂は、本当だったと思い、源氏は、沢山いるようなのに、列からはぐれて遅れた雁までも、無理に、お捜しになるとは、欲張り過ぎだ。私の方は、とても少ないから、そのような子を見つけ出したいが、名乗り出るのも、馬鹿らしい家だと思うから、ちっとも耳にしない。それにしても、まるで関係がないというのではないだろう。やたらと、あちこち隠れ遊びなさったから、元々、底まで澄んでいない水に宿る月は、曇らないことが、あろうかと、微笑んでおっしゃる。
中将の君も、詳しく聞いていることなので、真面目な顔は、出来ないのである。少将と藤侍従は、顔も上げられない思いである。源氏は、朝臣よ、そういう落葉を、せめて頂戴しろ。格好の悪い評判が後々まで、残るよりは、同じ姉妹で、我慢して何の悪いことがあろうかと、夕霧をからかう様子である。このようなことになると、表面は仲の良い二人だが、昔から、それでも、しっくりしないところがあるのだった。
その上、中将を、酷く恥ずかしい目に合わせて、歎かせている無情さを根に持つあまり、大臣が癪にさわると伝え聞くとよいと、思うのである。

これは、源氏が、内大臣の噂話について、話しているのである。

同じかざし、とは、
後撰集 伊勢
わが宿と たのむ吉野に 君し入らば 同じかざしを さしこそはせめ

posted by 天山 at 17:06| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月15日

もののあわれについて600

かく聞き給ふにつけても、「対の姫君を見せたらむ時、またあなづらはしからぬ方にもてなされなむはや、いとものきらきらしく、かひある所つき給へる人にて、よきあしきけぢめも、けざやかにもてはやし、又もて消ち軽むることも、人に異なる大臣なれば、いかにものしと思ふらむ、覚えぬさまにて、この君をとし出でたらむに、え軽くは思さじ、いと厳しくもてなしてむ」など思す。夕つけゆく風いと涼しくて、帰り憂く若き人々は思ひたり。源氏「心安くうち休み涼まむや。やうやうかやうの中にいとはれぬべき齢にもなりにけりや」とて、西の対に渡り給へば、君達みな御送りに参り給ふ。




そのような話を耳にされるにつけて、もし対の姫君を見せたなら、これは大切にするであろう。大変はっきりと、立派に処置をつける人で、善悪の区別も明確で、良いのは、誉め、反対に悪いものは、けなすことも人より強い大臣だから、どんなに、私をけしからんと思うだろうか。思いもよらない形で、この姫を見せたら、軽く扱うことは、出来ない。堂々とした、待遇をするだろう、と、思うのである。
夕方らしくなる風が、涼しく吹いて、帰りにくく若い人たちは、思う。源氏は、気楽に休んで、涼んではどうか。このような、若い人々の中では、嫌がられる年になってしまった。と、おっしゃり、西の対に渡りになられるので、若い人たちは、皆、御伴して、西の対においでになった。




黄昏時のおぼおぼしきに、同じ直衣どもなれば、何ともわきまへられぬに、大臣、姫君を、「すこし外出で給へ」とて、忍びて、源氏「少将侍従など率てまうで来たり。いとかけり来まほしげに思へるを、中将のいと実法の人にて率て来ぬ、無心なめりかし。この人々は、皆思ふ心なきならじ。なほなほしき際をだに、窓の内なるほどは、程に従ひて、ゆかしく思ふべかめるわざなれば、この家のおぼえ、内々のくだくだしきほどよりは、いと世に過ぎて、ことごとしくなむ言ひ思ひなすべかめる。かたがたものすめれど、さすがに人のすきごと言ひ寄らむにつきなしかし。かくてものし給ふは、いかでさやうならむ人の気色の、深さ浅さをも見むなど、さうざうしきままに願ひ思ひしを、本意なむ適ふ心地しける」など、ささめきつつ聞え給ふ。御前に、乱りがはしき前裁なども植えさせ給はず、なでしこの色をととのへたる、唐の大和の、ませいとなつかしく結ひなして、咲き乱れたる夕映いみじく見ゆ。皆立ち寄りて、心のままにも折り取らぬを、飽かず思ひつつやすらふ。




黄昏時の、薄暗い時に、同じ直衣姿なので、誰とも区別がつかないが、大臣は姫君に、少し外へ出なさい、と勧めて、人に聞えぬように、少将や、侍従を連れて来ました。前々から、飛んで来たいほどの気持ちらしいが、中将が真面目で、連れてこないのは、思いやりの無いことだ。この人々は、いずれも気がないはずはない。つまらない身分の女であっても、深窓に育てられている間は、身分相応に心惹かれる思いがするものだから、当家の評判は、実際にごたごたしているわりに、それはもう、実際以上に、大袈裟に世間では言うし、思っているようだ。それは、当家には、幾人も女君がいないからだが、しかし男が恋を仕掛けるには、相応しくない。あなたが、こうして、おいでなのは、何とかして、そのような男の熱意の程を見たいと、退屈のあまり、願ったのだが、望みの叶う気持ちがした。など、小声でおっしゃる。
庭先に、前裁などは、植えさせず、色の配合を美しく整えた、唐なでしこや、大和なでしこが、低い垣を柔らかく造り、咲き乱れたなでしこが、夕日を受けているのは、素晴らしい。
一同は、なでしこの所に立ち寄り、思うに任せて、折り取るわけにもゆかないのを、物足りなく思いつつ、佇んでいる。

何とも、源氏の、好き心が、意地悪い様子である。
退屈なので、男たちの心の様子を見て、楽しんでいるのである。




源氏「有職どもなりな。心もちいなどもとりどりにつけてこそ目安けれ。右の中将は、まして少し静まりて、心恥づかしき気まさりたり。いかにぞ訪れ聞ゆや。はしたなくも、なさし放ち給ひそ」など宣ふ。中将の君は、かくよき中に、すぐれてをかしげになまめき給へり。源氏「中将を厭ひ給ふこそ大臣は本意なけれ。交りものなく、きらきらしかめる中に、おほきみだつ筋にて、かたくななりとにや」と宣へば、玉葛「来まさば、と言ふ人も侍りけるを」と聞え給ふ。源氏「いでその御肴もてはやされむさまは願はしからず。ただ幼きどちの結び置きけむ心も解けず、年月へだて給ふ心むけのつらきなり。まだ下ろうなり、世の聞き耳軽しと思はれば、知らず顔にてここに任せ給へらむに、後めたくありなましや」など、うめき給ふ。さは、かかる御心のへだてある御中なりけり、と聞き給ふにも、親に知られ奉らむことの何時となきは、あはれに、いぶせく思す。




源氏は、教養のある連中だ。心遣いも各々、それぞれ違うが、いずれも欠点が無い。右の中将は、いっそう、他の人以上に落ち着きがあり、こちらが恥ずかしくなるようだ。どうだね。便りを差し上げているか。きまり悪がらせるように、突っ放しされるなよ。などと、おっしゃる。
中将の君は、このような、立派な人の揃った中でも、際立って見た目も素晴らしく、優美なお姿である。源氏は、中将を嫌いになるとは、大臣も心外だ。一族だけで、立派にやっている中に、王族の血筋では、感心しないというのかな。と、おっしゃると、玉葛が、来て下されば、姫君にと言う人も、ございましたものを、と、申し上げる。
源氏は、いやいや、そんなに大事にしてくれとは、望まない。ただ、幼い者同士が契りあうという胸の思いも晴れないままで、二人を長い年月、隔てている大臣のやり方が、恨めしい。まだ身分が低い、外聞が良くないと思うなら、知らん顔で、私に任せてくだされば、心配はいらないことだ。など、不愉快そうである。
それでは、こんなしっくりしない、御二人であったのかと、耳にされるにつけても、実の親にお会いするのは、いつか解らないと、しみじみ悲しく思うのである。

有職とは、教養人のこと。

右の中将とは、柏木のこと。内大臣の長男である。

あはれに いぶせく思す
ここでは、しみじみと、悲しく思う。
いぶせく、は、気が塞ぐという意味。

夕霧と、雲居雁との関係を話している。

常夏は、書写していると、とても難しいので、筆が別人だと感じる。

事の次第の描写が、細かいのである。


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2013年02月16日

もののあわれについて601

月もなき頃なれば、燈籠に大殿油まいれり。源氏「なほ気近くて暑かはしや。かがり火こそよけれ」とて、人めして「篝火の台一つこなたに」と召す。をかしげなる和琴のある、引き寄せ給ひて、掻き鳴らし給へば、律にいとよく調べられたり。音もいとよく鳴れば、すこし弾き給ひて、源氏「かやうのことは御心に入らぬ筋にやと、月ごろ思ひおとし聞えけるかな。秋の夜の月影涼しき程、いと奥深くはあらで、虫の声に掻き鳴らし合はわたるほど、気近く居間めかしきものの音なり。ことごとしき調もてなししどけなしや。この物よ、さながら多くの遊びものの音、拍子をととのへとりたるなむいとかしこき。和琴とはかなく見せて、際もなくしおきたることなり。広く異国のことを知らぬ女のためとなむ覚ゆる。同じくは、心とどめて物などに掻き合はせて習ひ給へ。深き心とて、何ばかりもあらずながら、またまことに弾き得ることは難きにやあらむ。ただ今はこの内の大臣にならずらふ人なしかし。ただはかなき同じすが掻の音に、よろづのものの音こもり通りて、言ふ方もなくこそ響きのぼれ」と語り給へば、




月も出ない頃なので、燈籠に明かりが入った。源氏は、燈籠では近すぎて、暑苦しい。篝火がいい、と言い、人を呼び、源氏が、篝火の台を一つ、こちらにと、取り寄せる。
結構な和琴があるのを、手許に取り寄せて、掻き鳴らすと、律の調子に見事に整えられている。音もよく響き、少し弾いて、源氏は、このようなことは、お好きではないのかと、今まで馬鹿にしていたのだ。秋の夜の月の光が涼しい頃、大して奥まったところではなく、虫の鳴く音に合わせて、弾いたりしたのは、親しみもあり、華やかな感じがする楽器だ。改まった演奏は、取り扱いがうまくゆかないものだ。この楽器は、このままでは、どの楽器の音色や拍子にも合わせられるようにしたところが、大したものだ。国産のものと、何気ない風をして、実は、巧妙極まる造り方だ。広い外国のことを知らない女のための、楽器といえる。同じ習うなら、気をつけて、他の楽器と合奏して、練習しなさい。難しい手といって、特にあるわけではないけれど、それでも本当に、上手に弾きこなすことは、難しいのだろうか。今では、父君の内大臣に並ぶ人はいない。ほんの少し誰もが弾くが、掻き鳴らしても、あらゆる楽器の音が含まれていて、言いようもなく高く響くのだ。と、お話になると、




ほのぼの心えて、いかでと思すことなれば、いとどいぶかしくて、玉葛「この辺にてさりぬべき御遊の折りなどに聞き侍りなむや。あやしき山がつなどの中にも、まねぶものあまた侍るなることなれば、おしなべて心安くやとこそ思ひ給へつれ。さは、すぐれたるは様ことにや侍らむ」とゆかしげにせちに心に入れて思ひ給へれば、源氏「さかし、あづまとぞ名も立ちくだりたるやうなれど、御前の御遊にも、先づ書司を召すは、人の国は知らず、ここにはこれを物の親としたるにこそあめれ。その中にも親としつべき御手よりひきとり給へらむを、心ことなりなむかし。ここになども、さるべからむ折りにはものし給へらむを、この琴に、手をしまずなど、あきらかに掻き鳴らし給はむことや難からむ。物の上手は、いづれの道も心安からずのみぞあめる。さりともつひには聞き給ひてむかし」とて、調少し弾き給ふ。ことひいと二なく、今めかしくをかし。これにもさまれる音や出づらむ、と、親の御ゆかしさたちそめて、この事にてさへ、いかならむ世に、さてうちとけ弾き給はむを聞かむ、など思ひ居給へり。




少しは、知り、是非、何とか上手にとの思いの和琴なので、もっと聞きたく思い、玉葛は、二条院で適当な催しがあります時にでも、聞かせて頂きたく思います。身分も無い田舎者の中にも、習う者が大勢いることでございます。誰でも、気軽に弾けるものと思っていました。では、お上手な方は、まるで違うのですね。と、聞きたそうに、大変、気を入れているので、源氏は、そうだ、東といって、名前も低いように思われるが、帝の御前の合奏にも、まず第一に書司をお召しになるのは、外国は兎に角、我が国では、和琴を、第一のものとしているからだろう。その弾き手の中でも、第一人者というべき、内大臣のお手から、教えを受けられるとなれば、格別だ。この邸などにも、何かの折りには、おいでになるだろうが、和琴に手を惜しまず、隠さず演奏してくださることは、まずないだろう。上手といわれる人は、どの道でも、自重ばかりしている。とは言っても、いずれはきっと、聞く事が出来るだろけう。と、おっしゃり、調べを少し弾かれる。その音色は、聞いたこともなく、華やかで、面白い。これ以上の音色が出るかと思いつつ、親御にお会いしたい気持ちが強くなり、和琴につけても、いつになったら、父君がくつろいで、お弾きになるところを聞くことがあろうかと、考えている。




源氏「貫河のせぜのやはらた」と、いとなつかしく謡ひ給ふ。「親さくる妻」は、少しうち笑ひつつ、わざともなく掻き鳴らし給ひたるすががきの程、いひ知らずおもしろく聞ゆ。源氏「いで弾き給へ。才は人になむ恥ぢぬ。想夫恋ばかりこそ、心の中に思ひて、紛らはす人もありけめ。おもなくてかれこれに合せつるなむよき」と、切に聞え給へど、さる田舎の隈にて、ほのかに京人と名のりける、ふる王女の教へ聞えければ、ひがごとにもやとつつましくて、手ふれ給はず。「しばしも弾き給はなむ、聞きとることもや」と心もとなきに、この御事によりぞ、近くいざり寄りて、玉葛「いかなる風の吹きそひて、かくは響き侍るぞとよ」とてうち傾き給へるさま、火影にいと美しげなり。笑ひ給ひて、源氏「耳かたからぬ人のためには、身にしむ風も吹き添ふかし」とて、押しやり給ふ。いと心やまし。




源氏が、貫河の瀬々のやはらた、と大変優しく歌う。源氏は、親が合わせぬ妻、というところは、少し笑いながら、さらりと、軽く掻き鳴らす、すが掻きの音が、何ともいえず、面白く聞える。源氏は「さあ、弾いてみなさい。芸事は、恥ずかしがっていては駄目だ。想夫恋の曲だけは、心の中に思うばかりで、逃げてしまう女もいたらしいが。あつかましく、誰とでも、合奏した方がよい、と、しきりにお勧めになるのだが、あんな田舎の、九州の奥で、何やら京の生まれと自称した王族の、おばあさんが教えたのだから、遠慮して、手を触れない。源氏は、しばらくの間でも、弾いて欲しい。そうすれば、それを聞いて、自分が真似できるかもしれない、と、聞きたくてたまらず、和琴のためにはと、お傍近くいざり寄り、玉葛は、どんな風が吹いて、手伝いし、こんな良い音がするのでしょう、と、不思議そうに頭をかしげている姿は、灯の光に映えて、美しい。源氏は、笑い、耳のさとい人のために、体に染む風も吹き加わるのです、と、おっしゃり、和琴を押しやる。玉葛は、何とも迷惑である。

貫河のせぜのやはらた
催馬楽にある。
貫川の瀬々の小菅のやはら手枕、やはらかにぬる夜はなくて、親避くるつま

想夫恋、そうふうれん
唐楽
夫を慕う曲といわれる。
だが、晋の大臣の邸の、蓮の花を歌ったものとされている。

田舎の隈とは、九州の肥前のような場所である。


posted by 天山 at 01:29| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月17日

もののあわれについて602

人々近く侍へば、例の戯れごともえ聞え給はで、源氏「なでしこを飽かでもこの人々のたち去りぬるかな。いかで、大臣にも、この花園見せ奉らむ、世もいと常なきを、と思ふに、いにしへも物のついでに語り出で給へりしも、ただ今の事とぞ覚ゆる」とて、すこし宣ひ出でたるにも、いとあはれなり。

源氏
なでしこの とこなつかしき 色を見ば もとの垣根を 人やたづねむ

この事のわづらはしさにこそ、まゆごもりも心苦しう思ひ聞ゆれ」と宣ふ。

玉葛
山がつの 垣ほに生ひし なでしこの もとの根ざしを 誰か尋ねむ

はかなげに聞えない給へる様、げにいと懐かしく若やかなり。源氏「来ざらましかば」とうち誦し給ひて、いとどしき御心は、苦しきまで、なほえ忍びはつまじく思さる。




女房たちが、傍近くに控えているので、いつものように、冗談も言わず、源氏は、なでしこを思う存分に見ることもなく、あの連中は、出て行った。何とかして、大臣にも、この花園を見せてあげたい。人の命は、解らない、と思う。昔も、何かの時に、あなたのことを大臣が、お話になったのも、昨日、今日のような気がする。と、言い、少しばかり、口にしたことに、心が騒ぐのである。

源氏
撫子の娘の、変わらぬやさしい色を見たらば、もとの垣根の母のことを、根掘り葉掘りするだろう。

それが面倒なので、あなたを隠しているが、気の毒と思う、と、仰せられる。姫は涙を流して、

玉葛
卑しい、山がつの垣根に生まれた、撫子の、その元の根を、誰が尋ねたりしましょう。

と、問題にならないような、申し上げをするところ、いかにも、優しく、若々しい。
源氏は、来なかったら、と口ずさみ、ひとしお募る思いは、苦しいほどで、矢張り、我慢できないと、思うのである。

古今集より
読み人知らず
あなこひし 今も見てしが 山がつの 垣ほに咲ける やまとなでしこ

源氏の心は、玉葛に留められているのである。
どうしても、玉葛の部屋に入り浸りになる。

何とも、好色、色好みの世界である。
が、物語は、それを軸にして、何事かを語る。

それが、もののあはれ、であり、大和言葉の調子である。
調子とは、言葉の流れである。

この辺りまで来ると、物語の言葉遣いに慣れてくる。

ますますと、大和言葉の美しさが理解できる。
更に、語源である。

そして、当時の敬語のあり方。
それは、現代にも生かされている。


posted by 天山 at 05:41| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月18日

もののあわれについて603

渡り給ふことも、あまりうちしきり、人の見奉りとがむべき程は、心の鬼に思しとどめて、さるべきことをし出でて、御文の通はぬ折りなし。ただこの御事のみ、明け暮れ御心にはかかりたり。なぞ、かくあいなきわざをして、安からぬ物思ひをすらむ、さ思はじとて、心のままにもあらば、世の人のそしり言はむことの軽々しさ、わが為をば、さるものにて、この人の御為いとほしかるべし、限りなき心ざしといふとも、「さてその劣りの列にては、何ばかりかはあらむ。わが身一つこそ人よりは異なれ、見む人のあまたが中にかかづらはむ末にては、何の覚えかはたけからむ。異なることなき納言の際の、二心なくて思はむには、劣りぬべき事ぞ」と、自ら思し知るに、いといとほしくて、「宮、大将などにやゆるしてまし、さてもて離れいざなひ取りては、思ひ絶えなむや。いふかひなきにて、さもしてむ」と思す折りもあり。




おいでになることも、たび重なり、人目に立ちそうになると、気がとがめるので、自制して、しかるべき用事を作り、お手紙の通わないときはない。姫のことばかりが、朝も晩も、心を離れないのである。
どうして、こんなつまらないことをして、不安に心を苦しめるのか。苦しむまいと思って、思いのままに振舞えば、それは、世間の噂になる軽率な振る舞いである。自分のことは、それはそれで、しばらく置いて、この女にとっては、気の毒なことになる。際限もなく、好きだといえば、春の上の待遇には劣らないほどには、自分ながら、できないとわかっている。そういうことで、それ以下の待遇の一人として、どれほどの幸せといえるだろう。自分だけは、誰よりも、立派だが、愛している女が大勢いる中に入り、末席にいるのは、何の取り立てて言うほどのことはない。たいしたことのない、大納言くらいの身分の者が、ただ一人の妻として、愛するなら、そのほうが、いいだろう。と、自身がわかっているので、たいそう気の毒で、いっそ、宮か、髭黒の大将などに、やってしまおうか。そうして、自分も離れて行き、あれも誰かが連れていったら、諦めようか。つまらないが、そうしょうと、考える時もあるのだ。

春の上、とは、紫の上のこと。紫に対する愛情。




されど渡り給ひて、御容貌を見給ひ、今は御琴教へ奉り給ふにさへことつけて、近やかに馴れ寄り給ふ。姫君も、初めこそ、「むくつけく、うたて」とも思ひ給ひしか、「かくてもなだらかに、うしろめたき御心はあらざりけり」と、やうやう目なれて、いとしも疎み聞え給はず、さるべき御答も馴れ馴れしからぬ程に聞え交しなどして、見るままに、いと愛嬌づき、かをりまさり給へれば、なほさてもえ過ぐしやるまじく思しかへす。「さばまた、さてここながらかしづきすえて、さるべき折々に、はかなくうちしのび、物をも聞えて慰みなむや。かくまだ世なれぬ程のわづらはしさこそ心苦しくはありけれ。自ら関守強くとも、物の心知りそめ、いとほしき思ひなくて、わが心も思ひ入りなば、繁くともさはらじかし」と思しよる、いとけしからぬ事なりや。いよいよ心安からず、思ひ渡らむも苦しからむ、斜に思ひ過ぐさむ事の、とざまこうざまに難きぞ、世づかずむつかしき御かたらひなりける。




しかし、渡りになって、姿をご覧になり、今では、和琴を教えるという口実で、傍に近づくのが常になり、姫の方も、初めのうちこそ、気味が悪く、嫌だと思っていたが、このようにしていても、穏やかで、心配することはないと、次第に慣れて大して嫌がりもしない。お答えすることは、親しすぎない程度に、気をつけて申し上げる。だが、源氏は、見れば見るほど、可愛らしさがまして、美しさが増すので、やはり、人と結婚させられないと、気が変わるのである。
源氏は、それでは、ここに置いたまま、婿を通わせることにして、適当な機会があれば、目立たないように、こっそりと会って話をして、心を慰めることにしょうか。このように、まだ男を知らないうちは、手を出すのも面倒で、それで可愛そうにも思うが、いくら関守が手ごわくても、男を知り、こちらも可哀想と思う気持ちがなく、熱心に口説いたら、人目は多くても、邪魔になるまい。と、考える。実に、けしからぬ考えである。
そうなったら、ますます、気が気でなくなる。恋し続けることは、苦しいことであろう。適当に済ますことは、何かにつけて、出来そうもないというのが、世にも珍しい、複雑なお二人の間柄である。

作者が、時々、口を挟む。
物語に作者が、介入して、複雑にしている様子である。

関守とは、夫のことを言う。




内の大殿は、この今の御女のことを、殿の人も許さず軽み言ひ、世にもほきたる事、とそしり聞ゆと聞え給ふに、少将の、事のついでに、太政大臣の源氏「さることや」と問ひ給ひし事語り聞ゆれば、笑ひ給ひて、内大臣「さかし。ここにこそは、年ごろ音にも聞えぬ山がつの子迎へ取りて、物めかしたつれ。をさをさ人の上、もどき給はぬ大臣の、この辺の事は、耳とどめてぞおとしめ給ふや。これぞ覚えある心地しける」と宣ふ。




内大臣は、今度の新しい姫様のことを、邸の者も、姫として認めず、姫らしくないと申して、世間でも、馬鹿げたことと非難している、と、耳にされて、そこにまた、次男の少将が、話のついでに、太政大臣の源氏が、本当のことか、と尋ねたことを、申し上げると、笑って、その通り。私のところでは、長年、噂にも聞かなかった、卑しい山育ちの子供を引き取り、大事に育てている。めったに人の悪口を言わない大臣が、私の家のこととなると、聞き耳を立てて、悪口をいうのだ。それで、面目をほどこした気がする、とおっしゃる。

源氏に対する、批判である。

覚えある心地しける
源氏や世間に認められたという、気持ちである。




少将の「かの西の対にすえ給へる人はいとこともなきけはひ見ゆる辺になむ侍るなる。兵部卿の宮など、いたう心とどめて宣ひわづらふとか。おぼろけにはあらじとなむ、人々のおしはかり侍める」と申し給へば、内大臣「いで、それはかの大臣の御女と思ふばかりの覚えのいといみじきぞ。人の心皆さこそある世なめれ。必ずさしもすぐれじ。人々しき程ならば年頃聞えなまし。あたら大臣の、塵もつかずこの世には過ぎ給へる御身の覚え有様に、おもだたしき腹に、女かしづきて、げに疵なからむ、と、思ひやりめでたきがものし給はぬは、大方子の少なくて、心もとなきなめりかし。劣り腹なれど、明石のおもとの産み出でたるはしも、さる世なき宿世にて、あるやうあらむと覚ゆかし。その今姫君は、ようせずは、実の御子にもあらじかし。さすがにいと気色ある所つき給へる人にて、もてない給ふらむ」と、言ひおとし給ふ。




少将が、あちらの西の対に置いていられる方は、特に欠点のないように思われる方のようです。兵部卿の宮など、たいそう熱心に、求婚しているとか。並大抵の姫君ではあるまいと、世間では思っている様子です。と、申し上げると、内大臣は、さあ、それは、あの大臣の姫君と思うだけで、評判が高いのだ。人の心は、皆そういうことだ。きっと、それほどよくないだろう。相当な生まれの姫であれば、今までの間に、評判になっていたはず。惜しいことに大臣は、ほんの少しも悪く言われず、この世には、過ぎた方で、御信望であり、御様子であり、れっきとした北の方に、姫を大事に育てて、いかにも、あの方の姫らしく、欠点がないであろうと、評判になる、立派な方がいないのだ。大体、お子様が少なく、ご心配なのだろう。妾腹ながら、明石の御方の産んだ姫は、あの通り、またとない運命に恵まれて、将来は、たぶんと、思われる。しかし今度の姫は、悪くすると、本当のお子様ではないかもしれない。ああいう方ながら、一風変わったところがある方なので、わざとしているのだろう。と、悪口を言う。

当時の身分というものが、よくわかる。


posted by 天山 at 00:01| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月19日

国を愛して何が悪い50

悪魔の思想である、マルクス主義は、どこから、生まれたのか・・・
それは、キリスト教からである。

悪魔の生みの親、それが、神のキリスト教からである。
キリスト教の教義なくして、マルクス主義は、有り得ないのである。

カトリックそして、プロテスタントの神学というものが、裏に持ちえていた思想が、マルクス主義と成り立ったのである。
しかし、キリスト教は、共産主義を徹底して、拒絶する。

それは、己の姿を見るものだからである。

白人キリスト教徒が虐殺した数より、上回る数の虐殺を、共産主義が行った。

蛮行極まりない。
そして、白人の野蛮である。

ここで、少し、その共産主義の歴史を俯瞰しなければならない。

マルクス主義が登場して、世界は、新しい破壊の道を知ることになる。

権力の座に就くとすぐに、レーニンは革命の炎をヨーロッパに、次いで全世界に広げようとした。この夢想はまず、1848年のマルクスの「共産党宣言」の名高いスローガン、「万国のプロレタリアよ、団結せよ! 」に応えたものであった。
共産主義黒書

そして、この夢想は、差し迫った必要にこたえたものでもあった。
レーニンが考えていたのは、よく組織されたプロレタリアートと、目覚しい工業力を持った、ドイツのことであった。

そして、この一時的な必要性は、いずれ世界革命という、本物の政治計画になったのである。

世界大戦とは別に、それも、もう一つの世界大戦であるという。

であるから、第一次世界大戦を紹介する。
その大戦は、ヨーロッパ白人たちの、世界植民地収奪の後の、分け前をめぐる、内輪もめの結果であるといえる。

大泥棒の、英仏露と、取り分の少ない、ドイツ、オーストリア、イタリアの争いである。

取り分の少ない国は、産業革命にも遅れた。
ただ、ドイツは、新しく生まれた電機工業、化学工業の分野で、世界をリードする勢いを示し、イギリスに対抗する形勢になってきていた。

それを見て、イギリスは、圧倒的経済優位に安住していられなくなった。

ヨーロッパ諸国の、産業革命の進展は、残されたアフリカに向かっていたのである。

イギリスは、アフリカの拠点である、カイロと、南の拠点、ケープタウンを結ぶ縦断地域を連続して手に入れ、更に、インドのカルカッタを結ぶ、三拠点を強固にしていた。

三角形で植民地を推し進める、三C政策である。

更に、イギリスは、スエズ運河を確保し、本国から地中海を経由して、インド洋に出る、流通経路を生命線とした。

インド支配を永久的なものにすべくの、考えである。
インド独立が、中々実現しなかったのは、それである。

対して、ドイツは、衰退する、オスマン・トルコを援助する名目で、トルコより、バグダッド鉄道建設の許可を得る。
この鉄道は、ドイツ王国のベルリンから、現在のイスタンブールである、ビザンチンを経て、バグダッドに至るものである。

ドイツは、その三拠点を強化する、3B政策を立てた。

それは、イギリスを真っ向から、脅かすものである。

また、日露戦争で敗れた、バルカン半島への進出を進めていたロシアとも、対立する。

そこで、イギリスは、ロシアと英露協商を締結して、ドイツに対抗することにしたのである。

日英同盟で、日露戦争を後押ししたイギリスが、ロシアと協商を締結するという辺りは、国益ということを考えれば、不思議ではない。

今の、日本には、その不思議が、行えないのである。

大戦の発端は、サラエボで、オーストリアの皇太子夫妻が、セルビア人の青年に暗殺されたことからはじまる。

オーストリアの背後には、ドイツが、セルビアの背後には、ロシアがあった。

この事件は、イギリス、ロシア、ドイツとの戦争状態に発展する。

私の別エッセイ、性について、では、その頃のドイツの同性愛に関して書いている。色々な要因があったということである。

ドイツ王族、貴族の同性愛・・・そういう問題もあった・・・

さて、そこに、フランスなどの、ヨーロッパ諸国も参戦したのである。
全面戦争である。
ここでも、白人が如何に、戦争を好むかということが、分かるのである。

第二次世界大戦も、白人の起こした戦争である。

1914年7月にはじまり、その後、延々と、四年半も続いた。

死者、900万人。失明、手足の損傷、戦争神経障害者2000万人にも、達したという。

更に、ここでも、白人の悪度さが、わかるというものだ。
植民地宗主国は、その植民地の原住民を傭兵として、狩り出したのである。
第一線で戦わせた。その数、300万人といわれる。
大半が、白人のダミーとして、犠牲になった。

この惨憺たる現状を観察して、ドイツの歴史学者、オスワルト・シュペングラーは、西洋の没落、を書き残している。

それから、始まる、共産主義の大虐殺、大戦が始まるのである。
内紛、内戦・・・粛清・・・処刑・・・拷問・・・
人間が、考えられる限りの悪行を行うのである。

posted by 天山 at 06:29| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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