2013年01月31日

霊学96

心霊主義は、霊の実在、顕示、教示を基盤とする教義である。
アラン・カルデック

その中で、述べられている人間について、を見る。

人間の「魂」は花火であり、非物質的元素であり、不死である・苦しみを知る・思考する・意志をもつ、などの特徴をそなえているが、物質的で粗雑な元素である「肉体」のなかに嵌め込まれている。

両者の媒介となるのが、アストラル体、欲望体、エーテル体、もしくは「霊体」と呼ばれるもので、心霊主義には霊体という用語が一番用いられている。

霊体はきわめて繊細で微妙な物質で、地のちりとは完全に異なっており、重力の法則などの物質の法則に従わない。

霊体は「エネルギー」であり、普遍的流体の一部である「生命流体」でもある。

この流体はわれわれの肉体の内部では、神経エネルギーという形で存在している。霊体はわれわれの身体の生を支える動物エネルギーを保持し、人間の肉体とそっくりな形態をしている。

霊体は肉体とかなり親密な関係にあるので、肉体の重大な損傷「手術、肢体切断、昔受けた拷問の痕跡など」は霊体の上にもはっきり見てとれるのである。つまるところ、霊体とは宇宙的・普遍的流体の一部が固体化したものといえるだろう。それはまさしく、肉体が属する粗雑な物質世界と、魂が属する非物質的世界との媒介となっている。

以上。

上記をそのまま教義にして、新興宗教が起こる訳である。

だが、上記を科学として、研究した場合に、多々疑問が起こる。
当然だ。

ここで言う、流体とは、幽体のことを言う。

続けて見ると、
生きている人間の場合、通常の状態ではこの三種の体は互いに密接に組み込まれており、区別することはできない。魂が命令し、生命を得た肉体がそれに従う。地上では肉体だけがそれに従う。地上では肉体だけが目に見え、作業をする。

肉体だけしか、見えない。
何故なら、この世は、物質の世界であるから、それ以上のモノは、見えないのである。

当然のこと。
しかし、それを納得するか、否かは別。

死の瞬間に肉体は、衰退する。着古した衣服のように抜け落ち分解した肉体は、自由を取り戻した魂に、もはや隠れ場を提供することはできない。

魂は引きこもり、エーテル体に包まれることになる。エーテル体は魂を個体化し、魂のために人間的な形態を保ってやる。

霊「心霊」と呼ばれているのは、このような魂、霊体に包まれた魂のことである。「霊とは肉体の欠如した人間存在にほかならない。

これが、心霊主義の定義である。

つまり、心霊主義は、唯心論、スピリチュアリスムの教義である。
そして、霊は、われわれの前に、自己を顕示する。
三つ目は、霊は、われわれを教え導くのである。

この考え方は、今も、引き続き、スピリチュアルの考え方の中に、そして、宗教の中に、生きている。
これを、超えるものは、無い。

日本語にすると、魂、幽体、肉体となる。
欲望体とは、肉体に付属したものと、考える。

だが、科学の世界は、これで終わりではない。
ここからが、はじまりである。

そのために、心霊現象の検証と、心霊実験がある。
その報告例は、膨大である。

あらゆる学問が、そこに入り込んで、実に、複雑奇怪なお話になってゆく。
だが、そこから、心理学、臨床に取り入れられた方法も多々ある。

ただ、面白い言い分がある。

カルデックが言う。
霊がわれわれに顕示する必要があり、顕示することを望んでいることを認めようとはしないのか。なぜ、霊にもわれわれと同様の優しさ、思い出に対する忠節、仲間に善を「あるいは悪を」なそうとする欲望があると認めないのか。

そして、
これまでは霊との交信の手段が発見されていなかったからである。ルイ14世の時代に、何千キロも離れた家族の一員がわずか数時間、あるいは数分で互いに接触できると、いったい誰が想像したであろうか。電報が「そして今日では電話や無線が」発明されていなかったからである。

ルイ14世時代にこのような奇跡を実現したと吹聴すれば、魔法使いとして火刑に処せられただろう。

これをみてもわかるように、技術の進歩によって超自然は自然に移行するのだ。同様に心霊主義は、それまで宗教的・魔術的驚異の領域に属していた肉体離脱者の世界を、客観的・日常的領域に移行させたのである。

宗教の世界では、上記のことを、信じさせるために、努力する。
あるいは、布教する。

目に見えないが、存在する神仏というものを、信じさせるために、である。
更には、死後の世界の存在することを。

霊の科学である心霊主義は、唯心論的、かつ、合理的運動として出発し、その基礎となる、科学的啓示によって、あらゆる宗教的・哲学的思想を革新する存在である。
心霊主義 イヴォンヌ・カステラン

引用の部分は、私が読みやすく、改行した。

心霊主義は、超心理学へ、そして、その中から、臨床心理学へと、受け継がれる。
更には、精神病理学である。




posted by 天山 at 00:21| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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