2013年01月29日

霊学94

内的人間と外的人間が一つの全体を形成しているという考えは、アグリッパの思想の特徴でもあり、パラケルススのものでもあり、さらにそれはケプラーの「仲介する第三者」の中にも見られるとユングはいう。そして、ライプニッツの「単子論」に到達する。
秋山さと子

更に、それが、薔薇十字思想の中心をなしていたこと、薔薇十字の宣言の中に、ジョン・ディーの不思議な「単子」のシンボルが描かれていたことを知らぬはずはないと、秋山氏は、言う。

ユングは、薔薇十字思想について、語ることを避けているのである。

ケプラーは、プラハのルドルフ二世と関わる学者で、錬金術的な学者の一人といえるが、近代科学の思想を身につけた客観性を重視する学者だった。
つまり、それ以前の、魔術=科学的なフラッドの考えと正面衝突し、二人の間には、長い論争が続けられた。

それに関しては、ユングは関係を持たないのである。

あらゆる二元的な分裂を統合し、橋をかける新しい意識こそ、シンクロニシティの理論に基づくもの・・・

さて、余談であるが、宗教と科学、科学と人間の心が、このままでは、どこまでも分離してしまい、そのうちに、人類の悲劇をもたらすであろうという、危機感、危機意識が、叫ばれていた。

それは、主として、倫理的な問題に関わっていた。

1975年、コルドバの宮殿に、一群の思想家たちが集い、科学と意識、というシンポジウムが開かれた。

物理学者で「空像としての世界」の主な著者であるデヴィット・ボーム、「タオ自然学」のフリッチョフ・カプラ、天体物理学者のユベール・リーヴス、その他神経生理学者、超心理学者、イスラム、ヒンドゥー、ユダヤ、仏教などの宗教学者たち、日本からは、心療医学の池見酉次郎、イスラム学の筒井俊彦が参加した。その他に、ユング心理学から、C・A・マイヤーをはじめとして数名の分析家たちである。

この会議は、ユングとパウリの共著である、「自然現象と心の構造」が、会議の精神になっていた。

1984年に、日本でも、同様な国際シンポジュウムが開催された。

その際は、現代科学における「全体」の喪失が主題となった。

心理学では、個人の主観的想像の領域を越えて働く、ユングの元型の考えに対応して、トランス・パーソナル心理学が生まれ、更に、85年、京都で同様のシンポジュウムが開催されている。

その際に、物理学者たちが、東洋の思想、特に仏教の華厳思想などに関心を示し、新しい理論を打ち出した。
また、東洋の宗教家が、物理学における、明在系と暗在系という、新しい考え方を理解しようとする学際的な研究が現れ出したのが、現在の学問の先端を行く傾向にあると、秋山氏は、指摘する。

秋山氏の、最後の言葉である。
見えざる神、隠されたる統一者、無、恍惚、あるいは仏教の空は実在する。それは人間の意思や自我とはまったくかかわらないために、無であり、隠されたものであらねばならない。しかし、そこにこそ新しい世紀と新しい意識の誕生が存在する。それを信ずると信ぜざるとにかかわらず・・・

上記のことを、説明すると、先に進まないので、ここで止める。

さて、21世紀を迎えて、それらは、どのように展開したのだろうか・・・
結論など、出るはずもない。

ただ、人の意識は、それほどに、変化していないのである。

科学的と言えば、説得力があり、オカルトと言えば、不安である。
更に、オカルトは、不気味なものである。
これからも、そうようであろう。

ただし、都合の良いときは、オカルトも利用するのである。
賢い馬鹿が、都合の良いときだけは、霊能者を頼るとか・・・
だが、学術的に深めるという、試みもない。

しかし確実に、人間の心と科学との、分離が行われている。
矢張り、このままでは、どこかで、人間は、大きな過ちを犯すことになる。

死ぬはずの人間を、生かし続けて・・・
一体、どうする気なのか・・・

命の分野にも、入り込む科学というもの。
永遠に生きることが出来るように、幻想を抱かせる科学。

だが、何一つ、確定したものがないのも、科学であり、だからこそ、研究が続く。

仮説を設けて、前進する科学に、心を扱う宗教や、心理学は、どのような手を打つのか。

心理学も、心の科学である。
しかし、そうすると、深まれば深まるほど、人間の心から、離れる。
更には、統計により、人間の心を判定するということになる。

心理学により、心理療法士というものも、カウンセラーというものも、何一つ、確定しているものはない。
手探りの中で、心を扱うのである。

更に、目に見える形にしなければ、解らないという、未熟である。

新薬が出来て、分裂病が癒えたという女性が、相談に来て、言う。
本当の私は、あのくらいトンネルの中にいた私ではないかと、思うと。

精神の病が癒えて、私は、私ではなくなった・・・
それが、不安なのである。

それに対処できる、心理療法家がいるだろうか。

長い神経症患者が、それにより、私でいられた・・・と言う時、果たして、誰が、何かを言うことが出来るのか・・・

そこに、科学と融和した、霊学の存在がある。
霊とは、脳と、心と、魂を結ぶものである。




posted by 天山 at 00:35| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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