2013年01月26日

性について223

さて、エロスを拡大解釈して、生きる本能と定義すると、これは、人間が人類が作り上げる、文化、文明にまで発展するのである。

つまり、生きる本能があればこそ、人類は、様々な発展を成してきたということである。

個人的な、性器性愛から、人間、人類に至るまで、エロスが介入するという考え方である。

組織や社会の関係、その他の、人間の関係軸は、エロスによって、成されると考える。

単にエロスという時、男女の性器性愛と、その快感、快楽だけを示すような考え方をするが、実は、社会全体にエロスが、行き渡っているのである。

実際、現代社会の多くの男は、母とのエロスの関係を、女ではなく、男の向けることで、解消するという。
母に対する、乳児のような依存的な愛情欲求を、女のみには向けにくいが、男には向けることが出来る。
つまり、それは、同性愛的エロスである。
そして、それにより、社会的連帯感を強めているのである。

フロイトも、同性愛は、社会共同感情の源流であると、言うのである。

それは、単に、ホモセックス、男同士の性器愛ではない。
それならば、単なる、同性愛セックスになる。

精神的状態のことである。

一つの仕事を、複数の男たちが、達成する時に、発生する同性愛エロスである。

そして、生きる本能と共にある、エロスの対局にあるものは、死の本能、タナトスである。

ここにおいて、時代の様々な問題提起が出来るようになる。

人類の生成発展は、エロスの成果であるが、それは、本当に生きる本能の故なのか・・・
実は、その裏には、タナトスという、死への本能が宿っていると、考える。

性器性愛に関しても、タナトスが宿る。
性器性愛の、オーガズムは、死の訓練でもある。

その、エロスと、タナトスのバランスが偏ると、精神的病に陥るのである。

基本は、エロスを表に出すのが、人間の世界であるが、タナトスを表に出すことは、狂いとなる。

だが、文化、文明の行き着く先を誰も知らない。
そして、知ることは、無い。

エロスの営みが、幻想と悟る時、人は、エロスの世界から抜け出そうとする。つまり、タナトスへの欲求である。

それは、不健康なものだと、言われる。
そして、常識的ではないとも、言われる。

何せ、自殺は、あらゆる世界で罪とか、良くないことと、言われるのである。

だが、本来、人は、生まれると、死に向かって生きているのである。
だから、それを早く得ても、問題はないが、自殺は、社会的に悪いこと、自殺は、甚だしい場合は、罪と言われる。

エロスの営みは、生きる営みで健康である。
しかし、人類が積み上げてきた、文化、文明は、果たして、健康的なものだろうか。

凄まじいスピードで、科学技術、物質的生産が進み、物質生活、更に労働の有り方まで、変容しつつある、現代である。
更に、相対的な快楽原則に則り、性が解放され、人類全体に対する、現実原則は、快楽原則が勝ってゆく。

基本的な人間の、エロスを忘れて、目を転じさせるような文化、文明の発達の中で、人は、本当に、必要なエロスの世界をつかめるのか。

エロスという、生きる本能は、物事を組織付け、纏め上げ、発展させる。それとは、逆に、解体し、分解し、無に帰すという行為は、死の本能である、タナトスの行為である。

人間は、いや生物は、すべて死に逆らって生きている。生より死の方がより確実なのは、誰がみても明らかで、それをまるで生の方が確実にように思うのは、それそこ幻想である。生きていることは、刻々に生きることを終わるために生きているのであって死に刻々近づいていることなのである。
エロス的人間論 小此木圭吾

更に、その通りなのである。

それでは、エロス的人間とは、何か、ということになる。

それは、つまり、タナトス的人間とは、何か、ということにもなるのである。

それは、一体、どこへ向かっているのか・・・

人間の運命問題は、一にかかって次ぎのことにあるように思われる。すなわち、文化発達にとって、人間の破壊衝動および、自己否定衝動にもとづく、共同生活の障害を克服してしまうことが、はたしてうまくいくだろうか。また、どの程度成功するのだろうか。
フロイト

実際、物質文明が進歩発展すれば、それに伴い、人間の内在的潜在的な自己破壊力を増大させるのではないか。

つまり、死の衝動である。
タナトスが、目覚めるのである。

エロスには、その矛盾が満ち満ちてあるのである。

個人的なエロス、つまり、性器性愛の中にも、同じように、タナトスの誘惑がある。
性器性愛に満たされて、それが持続すると、家庭が出来る。
その家庭が、今は、変容甚だしい。

それは、社会もそうである。
更に、元気な頃の、エロスと、盛りを過ぎたエロスの世界も変容する。

私は、個人と社会、世界との、対比で、今、エロスについて書いている。
いずれ、エロスより、タナトスが強く意識される時代に突入する可能性もある。

そして、それは、核兵器によって、一気にされることも、考えられるのである。




posted by 天山 at 00:05| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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