2013年01月25日

神仏は妄想である。400

あらゆるものを取り除き、縄文神道、古神道、更には、古道といわれる、日本の精神、心性を考える。

そのための、文献は無い。
しかし、他の様々な学問から、推測することが可能である。

考古学、人類学、遺伝子学・・・

弥生神道からは、国家神道が、そして、神社神道へと流れ、更に、明治期には、天皇を主にした国家神道、そして、敗戦により、神社神道となる。

復古神道により、古神道を名乗るが、全く根拠は無い。
逆に、縄文神道から遠退くのである。

それは、道教、儒教、仏教に多く影響を受けた、難解で、一人勝ってな思想なのか、妄想なのか。
神道霊学なるものも、その本人のみが、解るというものだ。

更には、神仙道などとなると、それは、道教の影響が甚大である。
道教については、少し触れたが、専門家でない限り、その影響が凄まじいものだったということには、気づかないのである。

縄文神道が、難解で、甚だしく、逸脱したものではない。
とても、単純素朴なものである。

言霊、音霊、数霊に関しても、大変に難解な理論を展開したが・・・
それは、唱えた人だけのものである。

戦後は、それを持って古神道と、勘違いしてしまったのである。

平安期から、鎌倉時代まで、仏教が、神道を勝手気ままに扱い、神道に対する日本人の心性を濁られせてしまったのである。

それが、江戸時代末期まで、続くのである。
ただ、皇室祭祀だけに継承されたもののみ、残った。

だから、その揺り戻しとして、明治期に、国家神道、廃仏毀釈の運動が起こる。

ただ、そこでも、神道は、行と、神儀を含む、祭祀だけに衆目が集まり、それより、重要な、自然崇拝という、縄文神道、古神道、古道は、追いやられたのである。

経典と、教義を有する宗教は、神道に経典も教義も無いものと攻撃し、更には、単なる習慣、原始民族の風俗などと、知ったようなことを言わしめる。

もし、文書体裁の教義を書かれたとしても、それは、仏教用語によるものになり、そこには、仏教による言葉の解釈が入ることになる。

例えば、日本の禅が、中国老壮思想の言葉から説かれたもののように、禅なのか、老壮思想なのか、解らないのである。
しかし、平然として、禅として、通用している。

老壮思想の概念を持つ言葉を通して、禅を語っても、それは、老壮思想の何ものでもなくなる。
それなら、老壮思想を学べばよい。

純神道入門、坂口光男氏の言葉を借りれば、
神道に教義なしと一撃するにしても、神道の古体は書物による訓解を必要としない民族、すなわち「和」の心をもった縄文人からごく自然に生まれたものですから、そうした根幹を知らずして、文字で書かれた教義本がないことを蔑視するのは、短絡的な発想でしかありません。

更に、
また、太古に芽生え、培われてきた固有の信仰観が、弥生文明渡来以降・・・仏教公布による権威の風圧で、芽を摘まれてしまった経緯や、道教の深い侵食も知る必要があり、ただ一方的に神道に教義なしとする理屈はおかしいと思います。
と、言う。

もし、神道に教義があるすれば、幾らでもある。
ただし、それらが、昭和初期から、戦後に書かれた、難解な神道書、解説書などは、全く、妄想の産物である。

更には、復古神道以来書かれたものも、である。

それでは、少し、説明する。
日本民族の祖先には、大きく分けて、三つの系譜がある。
この三系統のそれぞれの異なる信仰が同居することから、神道の複雑化が発生し、仏教、道教に取り込まれることになる。

天津神系・・・
アラテラス、ニニギ・・・それらを祖神と仰ぐ渡来系高天原族。
後期国津神系・・・
オオクニヌシ、オオヤマズミ・・・それらを祖神として高天原族に従属した先住民。
その二つの系統以前に、すでに、列島に土着していた、列島先住民族。それは、旧石器時代から、縄文中期くらいに存在した民族である。
この民族は、高天原民族に抵抗し、服従しなかった。ゆえに、神名は、無い。

高天原族は、紀元前2世紀から、3世紀頃、弥生時代に、中国江南の地辺りを基点とし、東シナ海を横切り、朝鮮半島経由、あるいは、北九州へと渡来した非シナ系の稲作原住民である。

その後、稲作が北九州から、西日本へと伝播して行き、同時に、天孫降臨の神話の下地が出来る。そして、大和朝廷樹立ということになる。

ただ、弥生時代から、稲作が始まったというのは、誤りである。
縄文後期、500年から始まっている。
とすれば、別に、稲作を持参してきた、渡来系が存在する。

彼らは、列島先住民と、和睦して、稲作を広めたといえる。

その、列島先住民は、更に、三つの系譜がある。
神としてではなく、俗称名で、名を留めている。
海人族、わだつみ、山人族、やまづみ、そして、最優先の縄文民族である。

日本民族が、単一民族であるというのは、実は誤りで、遺伝子学により、縄文後期には、人種の坩堝であったことが、証明されている。

これから、暫く、縄文神道について、説明してゆくことにする。
難解なものは、一切無い。



posted by 天山 at 03:12| 神仏は妄想である。第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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