2013年01月17日

国を愛して何が悪い48

ロシアの満州と朝鮮への、あからさまな侵略行為に対して、日本は自衛のために、1902年、日英同盟を締結し、ロシアの極東侵略を阻止するために、日露間の戦争は、避けられない情勢となる。

ここで、一言言えば、満州、朝鮮共に、そのことに触れないのである。
あれで、侵略されたら・・・

中国も、韓国、北朝鮮も、無いのである。
それなのに、ただ、反日だけがある。
つまり、歴史を学んでいないのである。

日本は、そのために、自国のみならず、満州、朝鮮を護るために、自衛の戦争をしたのである。

陸軍は、満州に出兵し、ロシア極東の大要塞である、旅順の難攻不落を誇った二百三高地を、乃木大将は、59000人の死傷者を出しつつ、陥落させた。
続いて、奉天大会戦に勝利する。

その際に、乃木大将は、北海道、旭川で新しく生まれた、第七師団の精鋭の増援を頼み、最後の突撃を試みた。

乃木大将は、この戦いで、最愛の息子二人を戦死させている。

深く哀悼の意を・・・

ロシアは、陸の劣勢を挽回すべく、西欧で最強といわれる、バルチック艦隊を極東に回航させた。
ここに、世界中が、固唾を呑んで見守った、日露戦争の壮絶さがある。

日本海海戦である。

日本の連合艦隊司令官は、東郷平八郎。

東郷は、対馬にすべてをかけると、決意した。
そして、ロシア艦隊は、対馬に現れた。

戦いは、見事なT字戦法により、半日で、完全に近い勝利を収めた。
ウラジオストックに逃れたのは、二隻である。
残りは、沈没、捕獲された。

日本軍は、無傷である。

勝因は、戦術の巧みさ、猛訓練、日本が発明した、下瀬火薬の威力などが、挙げられる。

日本の勝利は、世界の人々を、驚嘆させた。
世界戦史上に、名声を留める戦いだった。

そして、何より、この報を聞いて喜んだ国々がある。
ロシアに圧迫され、蹂躙されていた、フィンランド、ポーランド、トルコなどの国である。

そして、何より、色付き人間といわれた、黄色人種、黒人たちである。

当時、列強に植民地にされていた世界中の被抑圧民族を感動させたのである。

独立への夢を、日本が与えたのである。
日本は、希望の国になった。

そして、その時から、人類解放の第一歩が踏み出されたのである。

だが、敗戦後の日本の教科書には・・・
占領政策により、日本去勢化を狙った、占領教科書のままに続いている。

この意義ある、戦争を侵略戦争だという馬鹿もいる。

日露戦争における勝利で、日本は、ひとまずロシアの中国、満州の侵略を食い止めることができた。さらにその勝利は、大国の抑圧に苦しむ多くの国家、民族を狂喜させ勇気づけた。
清水馨八郎

もちろん、朝鮮もである。
朝鮮民族は、相変わらず、寝ぼけていた。

だが、ここから、更なる困難がおきてくる。

日本の勝利を快く思わない国である。
朋友だった、イギリス、アメリカ。
ロシアは、復讐の念である。

アメリカは、日露戦争終結までは、好意を持って、日露講和会議を仲介した。
それは、つまり、アメリカも満州を狙っていたからである。

日本が、それを阻止してくれたのである。

だが、日本の強大化は、アメリカにとって、アジア、太平洋の覇権、中国市場独占に邪魔になるものである。
つまり、一変して、日本を仮想敵国とした。

その時の、大統領である、セオドア・ルーズベルトは、日本打倒の、オレンジ計画をすでに国策としたのである。

これは、日米戦争の、あらゆる場面を想定した、侵略戦争計画である。

以後の、日米交渉は、それに則り、開戦の挑発から、終戦、占領政策などに至り、すべて、この日本侵略計画で、貫かれた。

大正三年、1913年の、パナマ運河開通から、アメリカは、太平洋はわが国の領海として、縦横無尽の活動を始める。
このアメリカの、アジア、太平洋の野望を妨げる勢力として、日本の存在を敵視し始めたのである。

昭和七年、1932年、フランクリン・ルーズベルトが大統領に就任する。
引き続いて、オレンジ計画を実践すべく、日本を極端に嫌い、在位四期の長期政権の間、一環して、日本打倒の謀略に情熱をかけたのである。

つまり、第二次世界大戦、大東亜戦争は、仕組まれたものなのだ。

如何に、日本側が、天皇陛下はじめ、多くの人たちが、戦争を回避するために、尽力しても、戦争は、免れなかったのである。

だから、言う。
日本は、戦争に引きずり込まれたのである。

それについては、後々で、書く。
あるいは、別エッセイ、天皇陛下についてを、参照ください。



posted by 天山 at 06:53| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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