2013年01月15日

国を愛して何が悪い46

日本が鎖国を墨守している間に世界情勢は大きく転換し、ヨーロッパは封建社会から資本主義社会へとめざましく進展した。18世紀末にはイギリス産業革命、続いてフランス革命とアメリカの独立が起こり、やがて米仏両国でも産業革命が開始された。この変化に平行して、欧米列強は植民地や商品の市場を求めて、争そってアジア進出を始めた。
清水馨八郎

更に、近代化の遅れたロシアも、帝政下シベリア進出を続けて、19世紀のはじめに、日本の北、蝦夷地に出没するようになる。

幕府は、松前奉行を置き、北辺の探検、警備を行って対処した。

1792年、ロシアの使節ラックスマンが、根室に来航した。
続いて、レザノフが、長崎に来て、幕府に通商を求めたが、日本側は、これを無視した。

イギリスは、関が原の戦いの1600年、東インド会社を設立し、アジア進出を開始している。
イギリスは、ナポレオン戦争を機に、フランスに支配されたオランダの海外植民地を攻撃し、バタビアを占領する。

そして、世界でただ一国、日本との貿易をする、オランダの長崎の占領を図った。
1808年、イギリス軍は、軍艦フェートン号にオランダの国旗を掲げて、長崎に入港し、オランダ商館員を脅し、更に人質にして、乱暴を働いた。
このため、時の、長崎奉行が引責自殺するほどであった。

だか、それにより、日本側では、イギリス人の強暴さを認識し、広く世界情勢を学ぶことになる。

さて、最もイギリスの悪は、インド産のアヘンを中国に売り込み、巨利を貪っていたことである。
そして、中国にそれを拒否されると、アヘン戦争を仕掛けたのである。
ついに、香港を収奪する。

現在、このアヘンも日本がもたらした物だと、中国が教育しているというから、驚く。
悪いものは、すべて日本なのである。

更に、今でも、イギリスに対して、頭が上がらないという中国。
不思議でしょうがないのである。
中国に物をいいたければ、イギリスに言わせるといいと、私は、思っている。

イギリスは、国家が公然と、麻薬貿易を許し、力ずくで売り込み、中国人を堕落させようとした。

これほど不正で恥さらしな戦争は、かつて歴史上になかった。これが仮面を脱いだ大英帝国の正体である。
清水馨八郎。

だが、そのことが、日本に大きな影響を与えたのである。
次に、日本がやられると、感じたのは、長州藩の高杉晋作である。

彼は、上海に渡り、アヘン戦争の惨状を視察し、国防の必要性を強く感じ、帰国して、それを説いて回ったのである。

それから、10年目、アメリカのペリーが軍艦四隻を率いて、浦賀に現れたのである。

1853年6月3日のことである。
幕府のみならず、江戸市中を大混乱に陥れた。

人々は、それを黒船と呼び、避難のために右往左往した。
武士たちも、武具を整える様である。

日本が、世界に目覚める時である。

ペリーは、一端帰国するが、約束通り、翌年にまた浦賀に軍艦七隻を率いて、入港した。
更に、江戸湾を測量して、武威を示す。

幕府は、その威嚇に屈伏し、その年の3月3日に、日米通商条約を締結させられるのである。

それらの条約は、相手国の治外法権を認め、日本の関税自主権を認めないという不平等なものだった。

それを見て、オランダ、イギリス、フランス、ロシアからも、同様の条約を締結させられたのである。

それから、15年間、日本は、大揺れに揺れる。
幕末の大動乱である。

民族の内部が各派に分れて闘争し、騒然たる無秩序の時こそ、西欧列強の侵略のチャンスである。フランスは幕府を支持し、イギリスは反幕派を応援したりして動乱を扇動することにつとめた。
清水馨八郎

1858年、井伊直弼が大老に就任する。
尊皇攘夷者への弾圧が始まり、吉田松陰、橋元佐内、頼三樹三郎ら、多数の志士が、安政の大獄で、処刑された。

尊皇攘夷とは、天皇に政を奉還する。反幕府である。

そして、1862年、薩摩藩主の父、島津久光一行が、江戸からの帰途、相模の生麦で、行列を横切ったイギリス人数人を、藩士が斬り付け負傷させるという事件が起こる。
翌年、イギリスは艦隊を率いて、その報復に鹿児島を砲撃した。

更に、その翌年に、英米仏蘭の四カ国が、16隻の連合艦隊で、長州の下関を砲撃し、三日間で、全砲台が破壊され、占領された。

薩摩と長州は、この戦いで、列強の威力を思い知らされたのである。
目の覚める思いである。

もう、国内で争そっている場合ではない・・・
このため、坂本竜馬が、斡旋して、薩長同盟が成る。
それにより、幕府の大政奉還が成り、王政復古を早め、江戸城の無血開城となった。

明治維新である。

幕末は、西欧列強に飲み込まれようとしていた時期である。
それを救ったのは、各藩の下級武士たちが、幕府、藩の利益を越えて、日本国のために、一致団結したことである。

それを何と表現するか・・・
武士道と大和魂・・・

小を捨てて、大に着く。
現在も、その時期であろうと、思う。
しかし、武士道は、廃れ、大和魂は・・・

国を愛して何が悪い
のである。



posted by 天山 at 02:28| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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