2012年12月19日

霊学89

これは、霊学であり、ユングを解釈することではない。
ゆえに、ユングの夢分析の一つ一つを取り上げない。

その先に、進む。
つまり、錬金術である。
ユングは、真っ当に、その錬金術たちの著作の解説から、夢を分析している。
感心すると共に、納得出来ない事も多々ある。

「曖昧なることを説明するに一層曖昧なることを以って、未知なるものを説明するに一層未知なるものを以って・・・」という言葉は、錬金術の奇妙な性格をもっともよく説明している。
秋山さと子

錬金術の著作には、大半が象徴的記号だけで、書かれているものもある。
その一方では、具体的な金属、機具などを示しているのであり、記号であるが、その背景には、様々な宇宙的物語がある。
更には、心理的、形而上的な寓意が隠されているという。

実際、私も、占いの知識として、カバラなどの著作に接したが・・・
その意味するところのものを、創意工夫しなければならなかった。

つまり、勝手な解釈である。
それ以外に、手はない。

錬金術師たちは、形をとった物質の中で、特に可燃性や、腐蝕力を持つ、硫黄を能動的で、男性原理を表すものとし、ものごとの形相でもあるとした・・・と言うが、何故、そのように解釈するのかということは、解らない。

更に、揮発性、可溶性を持つ、水銀は、受動的で、女性原理を表し、ものごとの、質料であると、考えた・・・というが、何故、そのように考えたかのが、解らない。

つまり、中国の易の思想の、一から陰陽が生まれ、そこから、四元素が出来、更に、そこから、八卦が出たというものと、同じである。

そして、更に、その両極端なものを結びつけるものに、塩があり、運動があり、これらを三原質と呼び、あらゆる金属は、地中で、硫黄と水銀が絶えず惹き合い、様々な割合で混合することによって、生まれるという。
が、何故、そうなのかは、言わない。

更に、占星術でも使われる、四大、水、土、空気、火の、四元素を上げる。

秋山氏は、
これらも一方では具体的な物質を指していながら、同時に物質の状態や性質を示す象徴的表現であって、ここでは塩のかわりに、第五元素としてエーテルがあるとされている。
と、言う。

ユングが、三と、四という数字を問題にするのは、錬金術における、三原質と、四大のことだという。

更に、三と、四を含む、七の金属が上げられる。
その説明が、五世紀の新プラトン主義の、プロクロスによると、
自然の黄金、銀、およびその他の金属は、他の物質と同様に、天界の神的存在とそれよりの発散物の影響を受けて、地中に生じる、ものとなる。

まさに、オカルトである。

もし、ユングの言う、無意識の世界を支持するならば、そのための、ユングのオカルトに対しても、支持する必要がある。何故なら、根拠が無いのである。

信仰に似るものである。

だが、ユングの業績は、多くの心理学の道を拓いた。
つまり、オカルトを支持するというのである。

オカルトは、無意識の世界に通じるということである。

だから、精神心理学者が、それは、霊感です、と言っても、差し支えないのである。

私は、霊的感受性という。

無意識の世界は、混沌として、何でも有りの世界である。
だから、あらゆることを、否定できない。

ユングが、心理学と転移、という著作を成したのも、錬金術の「哲学者と薔薇園」の中での、対立物と合一としての、象徴的な物語が、絵物語として描かれているからである。

転移とは、フロイトにおける、分析を受ける者が、分析家に親のイメージを転移して、幼児期の問題を再演し、親子関係をそこでやり直すという。

しかし、ユングは、転移による、密着した関係が、病人、健康人を問わず、精神分析に大きな効果をもたらすと認めたが、それは、親子関係の改善を促すことより、更に、大きな心の全体像を把握することであり、分裂しかかる自我を、まとめて調和をとる意味があるとする。

分析家と被分析者の間に転移現象が起こり、そこで二人は無意識の元型を通して合体する。それはまた錬金術における相反するものの合一の過程でもあった。
秋山

更に、秋山氏は、とんでもないことを書く。
つまり、錬金術師たちの心と、秘密物質あるいは変容物質、すなわち物質の内に閉じ込められている霊との間には、無意識的同一性が存在すると彼は考えたのである。

物質の間に、閉じ込められた、霊、である。

つまり、目に見えないものがある。
無意識は、目に見えないものであるから、当然であるが・・・

更に、秘密物質、変容物質である。
まともにやっていれば、狂う。

現代人の心の動きとグノーシス主義や錬金術の過程とは、内的なプネウマ、または魂への接近という意味で、同じような動きであり、それが夢のイメージとなってあらわれるというのが、これらの類似性に対するユングの回答であった。
秋山

現在、ユング心理学を学ぶ者たちが、本当に、それを享受しているのだろうか・・・
理論心理学というものが、出てきて、一発でやられそうである。

ユングは、宗教より、宗教的だったのである。




posted by 天山 at 00:18| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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