2012年11月26日

平成24年ネグロス島へ11

パナイ島は、ビサヤ諸島の最西端に位置する島である。
4州から構成されている。
その中でも、経済、産業の中心が、イロイロである。

産業は、サトウキビ、米作、養殖漁業である。
現在は、近代化に向かって進む。

また、戦禍を受けなかったゆえに、スペイン統治時代の建物が、そのままに残る。

島のお祭りとして有名なのが、アクラン州にある、カリポという町で開催される、アティアティハン祭である。
13世紀の初頭、この地にやって来た、ボルネオのダトゥ族と、アクランの先住民族、アティ族との間に、親密な友好関係が築かれた。
その際に、アティ族が、喜びを示すために、ダトゥ族の容姿を真似て、顔を黒く塗ったのが、始まりである。
毎年、一月に開催されている。

さて、イロイロは州都になる。

私が見たところ、それほどの近代化というイメージはなかった。
町の半分がスラム・・・そんなイメージである。

建物では、矢張り、教会である。
ハロと、モロ教会がある。
私は、モロ教会の近くのホテルに二泊したので、モロ教会には出掛けた。
更に、一人しかいないという、司祭のアントニオ神父に出会う事が出来た。

さて、最初に泊まったホテルである。
日本のビジネスホテルのようである。

水の出が悪く、不便を感じた。
ただ、シャワーは温シャワーで、エアコンもある。
値段通りである。

ただ、一階にある、レストランの食べ物が、意外に、美味しかったのである。

外で食事をして、少し食中り気味になった時に、そのレストランで食事をした。

バコロドより、食事も、現地の行く人の場所なら、二割程度安い。
だから、二人で食べても、100ペソ前後で、200円である。

私が、食中りしたのは、生焼きのピザだった。
少し、何か食べたいと、一切れ買ったのが、原因である。

寝る事が出来れば、上等と思っているので、ホテルの部屋に不足は無い。
ガードマンも、ボーイの数も多く、深夜も、見張りがつく。
私は、相変わらず、部屋の戸を少し開けて、タバコを吸っていた。

何度も書くが、決して真似をしないで欲しい。
最も、危険な行為である。
特に、夜から、深夜にかけては。

フィリピンでも、禁煙対策が進み、公の場所では、禁煙が多くなった。
ホテルの部屋も、禁煙というところも多い。

人の集う所が、禁煙になるのである。
フェリー乗り場も、禁煙だったから、驚いた。

外に出るしかない。
タバコ嫌いな人には、いい。
だが、フィリピンでも、タバコを吸う人が多いのである。
それに、救われた。

イロイロでは、何をするのか。
実は、パラオに出掛けた時に、イロイロから出稼ぎに来ていた、母と娘に会った。
娘が、泊まったホテルのフロントにいたのである。

二人と話しが合い、私が何をしているかを知ると、是非、イロイロにも来て欲しいといわれた。イロイロにも、貧しい人が沢山いるからと。

それを覚えていた。
もしや、彼女たちに会えるかもしりないと思った。
彼女たちは、パラオでの給料が安いので、もう少ししたら、イロイロに戻ると言っていたからである。
だが、会うことが出来なかった。

しかし、多くの出会いがあった。

町の人たちは、親切である。
ただし、観光客を歓迎するという雰囲気ではなく、よそ者として扱わないということだ。

料金も、地元の人たちと同じで、コータも驚いていた。
同じ物を、バコロドで買うと、もう少し高いが、ここは、それより二割安いし、ボラないと言う。

食堂で、食事をして、ホテルに戻り、私が疲れてベッドに横になっている間に、コータが散歩をして色々と、町の様子を見て来た。

スーパーがあるというので、早速、水を買うために出掛ける。
この水を買うというのが、旅の一番の大切なことだ。
兎に角、飲み水である。

ホテルから、5分ほど歩くとスーパーがある。
私の大好きなスーパーである。
そこで、物の値段を知る。
街中で、水を買うと、少し高いのである。
更に、大きなボトルはスーパーでなければ無い。

二日分の水を買って、適当なパンやお菓子を買う。
今回は、日本のヤクルトを買った。
タイでは、地元のヨーグルトを買うが、イロイロのヨーグルトが高いのである。
ヤクルトは、山積みして売っていた。
日本では、買わないものである。
そして、酒を飲まない代わりに、コーラーを買ってみる。
コーラーは、糖分もあり、暑い国では、飲み物として、私には、いいのである。

後は、夜の食事をして、寝るだけ。
もう、何もしない。
矢張り、旅は疲れるのである。




posted by 天山 at 00:00| 平成25年ネグロス島へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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