2012年11月04日

平成24年ネグロス島へ5

一度、部屋に戻り、一時間ほど、休む。
食堂の開く時間まで、部屋にいることにした。

市場の食堂が一番早い。
だが、コータは、そこに行かない。
見るからに、衛生的ではないから・・・

私は、平気である。
すべて、火を通してある。
市場の外回りにも、多くの食堂がある。どちらかというと、そちらの方が、衛生的である。

だが、それは、日本の感覚から言うもので、現地の人は、そんなことは考えない。

私としては、ホテルなどの朝食など、食べていられないのである。
食堂は、現地の人に会う、最高の場所である。

二三件の店は、顔馴染みになっている。

コータは、昼近くまで寝ているはずなので、起こさず、一人で市場に再度出掛けた。

市場の真ん中辺りに、食堂が複数ある。
仕事はじめの人たちが、すでに食事をしていた。
その中に入り、私も、おかずを二つ選んで、席に着いた。

おかずは、二つともに、魚である。
島であるから、周囲は海。
多くの魚介類が獲れる。

魚好きの私には、もってこいである。

ごはんは、日本の米とは、比べ物にならないほど、不味い。しかし、それは、それである。

そんな時に、チルドレンが現れると、必ず誘って一緒に食べるが、その日は、いなかった。
75ペソ、150円である。
少し高い。矢張り、魚類は、高い。

それから、市場の中を見て回り、いつも干しイカの売る店にも行ってみる。
親子で、何件も同じ店を並べて出している。

ハローと、呼び掛ける。
いつもの少年を探した。
だが・・・いない。
ボーイ・・・と、店の人に言う。
あの、ボーイは・・・

その兄なのか、頷くと、一人の少年を連れて来た。
えっ・・・
こんなに大きくなったの・・・
少年は、はにかんでいる。
中学生くらいだったが・・・こちらが、思うより、年が上である。

以前なら、品物を色々と見せて、売るのだが・・・
今回は、一切そんなことをしないのである。

私は、後で買いに来ると言って、一度、さようならと、言った。

二年も経つと、少年も成長する。特に、成長期である。

再度、カテドラル前の公園に行く。
だが、ベンチに寝る人が多い。
ストリートアダルトである。

公園は、ゴミで一杯だった。それを朝から、清掃している。
お祭りのゴミである。

すでに、店を開けている所もある。
タバコの一本売り、水、飴などを売る。
そこに、二人の青年が座っていた。

声を掛ける。
英語はいいか・・・
二人共に、英語が出来た。
年を尋ねる。
22歳と、23歳である。

仕事は・・・
無い、でも今は、ゴミの清掃がある・・・
その日を暮らすので一杯なのである。

明日のことなど、考えられないのだ。
今日を、どう食べるか、である。

彼らも、ストリートチルドレンだった可能性がある。
何もしないで、ボーっとしているのに、慣れているのか・・・
二人は、じっとベンチに腰掛けていた。

更に、私に何も要求しない。
二人には、品格を感じた。
卑下することがない。

そのうちに、ゴミ集めのトラックが公園に入って来た。
男たちが、私に何か言う。
現地語であるから、解らないが・・・

凄いだろう・・・見てよ・・・
そんな感じに聞える。

だが、ゴミ集めだけではなく、数名の老人が清掃をはじめていた。
それは、自発的なものだろう。

私は立ち上がり、さようならを言って、カテドラルに向かった。
そこには、また、壮絶な人たちがいる。
玄関横に屯するのは、障害者と高齢者である。
福祉の無い町であるから、カテドラルに参る人たちからの、布施を求めている。

日曜であるから、カテドラルには溢れるほどの人である。
私は、その後から、遠くの祭壇を見た。
ミサがはじまる。
日曜は、何度も、ミサがある。

それ程、町の人は、カトリックなのである。
スペイン統治時代の教会である。
その、330年、そして、アメリカ統治の100年。

カトリックが伝統になったのである。



posted by 天山 at 05:47| 平成25年ネグロス島へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。