2012年10月27日

国を愛して何が悪い37

カトリックの国、スペインの膨張により力を得たのは、国王である。
フェリペ二世が、1556年、国王になると、その領土だったネーデルランド、つまりオランダに、過酷な弾圧を行った。

ネーデルランドは、古くから商工業が盛んで、カルビン派の新教徒が多い。
国王は、つまり宗教的な立場から、新教徒に徹底した弾圧を加えるのである。

重税を課し、都市の自治権を奪った。
それ以来、数十年に渡る独立戦争が始まる。

カトリックとプロテスタントは、ドイツでも、20年戦争というように、対立した。宗教戦争である。キリスト教が、戦争好きなのは、今に始まった訳ではない。

さて、カトリックの多い、南部十州は、途中スペインに服従するが、北部七州は、独立を果たした。
1648年、ウェストファリア条約で、国際的にも独立を承認される。

この国を、日本では、オランダと呼ぶようになる。

オランダは、古くから、バルト海貿易に従事し、航海術を磨いていた。
16世紀になり、まだ、北極海を回り、アジアに出る航路を模索していた。だが、それが不可能と知ると、スペイン、ポルトガルの発見した道を通り、大西洋、太平洋に、割り込んだのである。

まず、北米大陸に進出を試みる。
現在のニューヨークは、オランダがインディアンから買収して、本国の首都の名前を取り、ニューアムステルダムとしていた時代がある。

だが、オランダの北米進出は、イギリス、フランスに跳ねられ、成功しなかった。

そこで、次は、インド洋航路開発に向ける。
1602年、それまでの諸会社を合同して、オランダ東インド会社を、ジャワに設立する。
それに、貿易、軍事、外交、行政の独立権を与えて、諸外国と戦争し、アジアへ進出を開始した。

アフリカ、インド洋の沿岸地域にあった、ポルトガルの貿易拠点を、次々に奪う。
17世紀半ばには、現在のインドネシアを中心とした地域に、確固たる拠点を築いた。
そして、330年間もの間、インドネシアを植民地化したのである。

その、統治方法は、実に野蛮極まりないやり方である。

まず、原住民を文盲のままにして、土地の侯を使い、間接統治する。
キリスト教に改宗した者は、優遇して、警察官、軍人に登用する。
オランダとインドネシアの混血児を中間層として使用し、民族の分断を図る。
一切の集会、団体行動を禁止する。
全国で用いられていた、320の部族語をそのままにし、一つの標準語を作らせない。

こうして、インドネシア人から、民族意識を奪うのである。

コーヒー、サトウキビ、藍、茶、肉桂などの、強制栽培制度を導入し、それも、直接手を下さずに、諸侯を使い、分割統治して、上前をはねるのである。

イギリスも、同じような手を使い、植民地支配を会社組織にして、その国が政治的、軍事的に表に出ないように、見せるのである。

賢い方法である。が、非人道的である。

そして、日本が、植民地政策をしたとは反対に、原住民から、絞るだけ搾り取るという方法である。
そして、本国は、それで悠々自適に発展するというもの。

イギリスの産業革命は、それにより、成ったのである。
西洋史を学ぶ時、そんなことを知らされないから、イギリスは、凄い国だと思う。
全く違う。
とても、人間とは、思えない野蛮極まりない方法で、国を発展させたのである。

さて、近世500年間の世界の、覇権国を俯瞰すると、16世紀がスペイン、17世紀がオランダ、18,19世紀とイギリス、そして、20世紀がアメリカの時代である。

最も長いのは、イギリスである。
最盛期には、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、エジプトから、南アフリカ、インド、ビルマ、マレーシア、更に、太平洋の島々と、七つの海にまたがるのである。

ここで、イギリスのやり口を見ると、キリスト教を植民地の手段にしなかったことである。スペイン、ポルトガルとは、違う。

スペインは、カトリックの国であり、十字架を武器にした。
イギリスは、国教会である。
カトリックのような、狂信的な異教弾圧はない。

ただし、イギリスは、宗教が世界支配の要であることを知り、エルサレム、コンスタンチノーブル、ガンジス川、メッカ、メジナなど、世界の主な聖地を保護国に取り入れている。

カトリック以外を、プロテスタントだとすると、イギリスは、最大のプロテスタント国家である。

宗教には、やや寛容で、それを政治的に利用するという、方法を取ったのである。

イギリスは、スペイン、ポルトガルのように、泥棒して得たものを、使い果たすことなく、蓄積して、次の植民地経営に生かしたのである。

賢い海賊である。

現在も、堂々たる国の体を成しているが、元は、ドロボー国家なのである。
更に、おぞましいのは、人種差別の思想が生まれた国でもある。

スペイン、ポルトガルが、キリスト教という、宗教により、原住民を異教と見なして、虐殺したのではなく、思想としての、人種差別を持ったのである。

私は、それを、オーストラリアのアボリジニに関する報告書から知った。
世界で、最悪の国家である。
何せ、そこから、アメリカが生まれている。

白人主義の大元である。

いずれにせよ、西洋史からではなく、日本史から、それぞれの国の歴史から、歴史というものを見れば、白人主義の野蛮極まりない思考が、行為が、明確になるのである。
加えて、カトリックという宗教の野蛮さは、限りないのである。
もう一つ加えて、白人主義とキリスト教とは、切っても切れない縁がある。
差別の観念は、ユダヤ・キリスト教の、異端、異教徒主義から出ている。

限りなく、排他的である。

イエスの言葉にある、互いに愛し合いなさい、とは、白人同士に言える言葉なのである。
今でこそ、何やら、言うが、根本は、そうである。




posted by 天山 at 05:50| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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