2012年10月21日

もののあわれについて585

西の対の御方は、この踏歌の折の御対面の後は、こなたにも聞え交し給ふ。深き御心もちいや、浅くもいかにもあらむ。けしきいと労あり、なつかしき心ばへと見えて、人の心隔つべくもものし給はぬ人のさまなれば、いづかたにも皆心寄せ聞え給へり。聞え給ふ人、いとあまたものし給ふ。されど、大臣おぼろげに思し定むべくもあらず。わが御心にも、すくよかに親がり果つまじき御心や添ふらむ、父大臣にも知らせやしてまし、など、思し寄る折々もあり。




西の対の姫君は、あの踏歌のときの、御対面から、紫の上とも、お手紙をやり取りしている。深い御心のある方というには、足りないこともあるかも知れぬが、感じが利いていて、優しい性格らしく、気の置けるところもない人柄ゆえ、どなたも皆、好意を寄せている。言い寄る方も、大勢いる様子。しかし、殿様、源氏は、簡単に決める様子はない。自分でも、養父で通せない、気持ちがあるのだろうか。父の内大臣にも、知らせた方が・・などと、考えることも、何度かある。

西の対のお方、とは、玉葛である。皆、玉葛に執心している様子である。

聞え給ふ人、とは、求婚する人である。

姫の本当の父は、内大臣である。




殿の中将は、少しけ近く、みすのもとなどにもよりて、御いらへみずからなどするも、女はつつましう思せど、さるべき程と人々も知り聞えたれば、中将はすくずくしくて思ひもよらず。内の大殿の君達は、この君に引かれて、よろづにけしきばみわびありくを、そのかたちのあはれにはあらで、下に心苦しう、まことの親にさも知られ奉りにしがな、と、人知れぬ心にかけ給へれど、さやうにも漏らし聞え給はず、ひとへにうちとけ頼み聞え給ふ心むけなど、らうたげに若やかなり。似るとはなけれど、なほ母君のけはひに、いとよくおぼえて、これはかどめいたる所ぞ添ひたる。




お邸の中将、つまり夕霧は、少し傍近く、御簾の所などにも近寄るし、御返事もするのを、姫君は、恥ずかしく思うが、御兄弟ゆえに、当然のことと、女房たちも知っているので、中将は、真面目で、色めいたことなど考えもしない。
内大臣の君達は、この君に着いて、何かと意中をほのめかし、嘆息しつつ、うろうろするが、姫には、そのような懸想する気持ちではなく、内心は辛く、本当の父親に、子どもであると、知って欲しいと、人知れず、心にかけている。しかし、そのようなことは、お耳に入れず、ひたすら、殿様を頼りにしている。その心づかいは、可愛らしく、若々しい。似ているわけではないが、矢張り母君の感じにそっくりである。そして、こちらの方が才気が見えるのである。

すくずくしくて
懸想など考えもしない。

そのかたの あはれ にはあらで
恋愛沙汰のことである。




衣更の今めかしう改まれる頃ほひ、空のけしきなどさへ、あやしうそこはかとなくをかしきを、のどやかにおはしませば、よろづの御遊びにて過ぐし給ふに、対の御方に、人々の御文しげくなり行くを、思ひしこと、とをかしう思いて、ともすれば渡り給ひつつ御覧じ、さるべきには御かへりそそのかし聞え給ひなどするを、うちとけず苦しいことに思いたり。




衣更えで、華やかに着るものが改まった頃、空の様子などまでが、どことなく趣があり、殿様、源氏も、御用もなくいらっしゃるので、あれこれ音楽をされて過ごされるのだが、西の対の御方には、人々の懸想文が増えてゆくのを、予想通りと、嬉しく思い、何かと言うと、姫の所に来ては、目を通して、しかるべき方には、お返事をするようにと勧めるのを、姫、玉葛は、警戒し、困ったことと、思っている。

衣更えは、四月一日である。冬物から、夏物に替わる。

さるべきには
返事をしてもよい相手には・・・




兵部卿の宮の、程なくいられがましきわびごとどもを書き集め給へる御文を御覧じつけて、こまやかに笑ひ給ふ。源氏「早うより隔つる事なう、あまたの親王達の御なかに、この君をなむ、かたみにとりわきて思ひしに、ただかやうの筋のことなむ、いみじう隔て思う給ひてやみにしを、世の末にかくすき給へる心ばへを見るが、をかしうもあはれにもおぼゆるかな。なほ御かへりなど聞え給へ。少しもゆえあらむ女の、かの親王よりほかに、また言の葉を交すべき人こそ世におぼえね。いとけしきある人の御さまぞや」と、若き人はめで給ひぬべく聞え知らせ給へど、つつましくのみ思いたり。




兵部卿の宮が、日もたたないのに、いらいらしている旨の恨み言を書きつけたお手紙を見つけて、にんまりと笑う。源氏は、小さな時から、分け隔てなく、大勢の親王たちの中でも、この宮は、互いに特に仲良くしてきた。だが、こちらの面だけは、酷く隠していらした。この年になり、このように熱心になるとは、面白くもあり、驚きもある。嫌でも、お返事くらいは、差し上げなさい。少しでも、見所のある女にとって、あの宮さまより他に、どなたか歌のやり取りを出来る男が、この世にいるとは、思いません。付き合って、面白い人柄です、と、若い人は、心を引かれそうに言って聞かせるが、姫は、恥ずかしそうにしていらっしゃるばかりだ。

かやうの筋のことなむ
恋愛関係のことである。




右大将の、いとまめやかに、ことごとしきさましたる人の、恋の山には「孔子のたふれ」まねびつべきにうれへたるも、さるかたにをかしと皆見くらべ給ふ中に、唐のはなだの紙の、いとなつかしう、しみ深う匂へるを、いと細く小さく結びたるあり。源氏「これはいかなれば、かく結ぼほれたるにか」とて、引き開け給へり。手いとをかしうて、

柏木
思ふとも 君は知らじな わきかへり いはもる水に 色し見えねば

書きざま今めかしうそぼれたり。源氏「これはいかなるぞ」と問ひ聞え給へど、はかばかしくも聞え給はず。




右大将で、真面目な、もったいぶった様子の人が、恋の山には、孔子の倒れ、の真似でもしでかしそうな風に訴えているのも、それはそれで、興味がある。と、すべてを見比べる中に、舶来のはなだ色の紙で、とても優しく、深々と匂うものを、細かく、小さく結んだものがある。源氏は、これはどうして、こう結ばれたままなのか、と、開けて御覧になる。筆跡は、実に見事である。

柏木
これほど思っています。あなたは知らないでしょう。湧き返り岩間を漏る水のように、私の心も、色は見えません。

書き方も今風で、洒落ている。源氏は、これはどうした文なのか、と尋ねるが、姫君は、はっきりお返事をしないのである。





posted by 天山 at 21:14| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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