2012年10月11日

伝統について58

今さらに 君が手枕 まき寝めや わが紐の緒の 解けつつもとな

いまさらに きみがたまくら まきねめや わがひものおの さけつつもとな

また改めて、あなたの手枕をして寝ることがあろうか。なのに、私の紐の先が解けて、心細いこと。

寝めや
強い否定を伴う疑問である。
寝ることが、どうしてあろう・・・

しかし、紐の緒が解けるのである。
何とも、色気のある歌だ。

寝る、とは、情交する。端的である。
もとな、の、な、は、おぼろげである。

白袴の 袖に触れてや わが背子に わが恋ふらくは 止む時もなき

しろたえの そでにふれてや わがせこに わがこひふらくは やむときもなき

白袴の袖に触れたからか、わが背子への思いは、絶え間ない。

白袴とは、袖の美称。

強い思いが、わが、を繰り返すことから、解る。

夕トにも 占にも告れる 今夜だに 来まさぬ君を 何時とか待たむ

ゆふけにも うらにものれる こよいだに きまさぬきみを いつとかまたむ

夕卜にも、占にも、来ると出た今夜なのに。来ないあなたを、いつとして待とうか。

夕方の道に人の言葉を聞いて、吉凶を判断する占いである。
辻占、ともいう。

何時まで待てばよいのかと、迷うのである。


眉根掻き 下いふかしみ 思へるに 古人を 相見つるかも

まよねかき したいふかしみ おもへるに いみしえびとを あいみつるかも

眉をかいて、心の中で、不思議に思ったところ、古いなじみと出会ったのである。

眉が痒くなり、かくのは、恋人に会う前兆と言われた。
昔の恋人に出会ったのだろう。

敷袴の 枕をまきて 妹と吾 寝る夜は無くて 年そ経にける

しきたえの まくらをまきて いもとわれ ねるよはなくて としそへにける

しきたえの、枕をまいて、妻と私との寝る夜がないまま、年がたってしまった。

年とは、一年のこと。

寝ることがなく、一年が過ぎたと、嘆く。
その意味は、解らない。

何のことは無い歌である。
しかし、歌にするべきことが、心にはある。

一度も、妻と関係を持たないという、状況は不自然である。

しかし、この歌から詮索できるものは無い。
それでも、万葉集に採用されているというのは、何か意味があってのことである。

枕を、まく、という表現が、また、新しい。
二人で、枕を巻くのだろうか・・・




posted by 天山 at 06:24| 伝統について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月12日

性について218

エロスを考える時、日本語では、性愛と訳されるが・・・

セクシャリティとは、生物学的な概念である。
それでは、エロティシズムとは、心理学的概念となりそうである。

人間のみが、エロティシズムを生む。
それは、実用的な生殖、子供への配慮などを含めた、あらゆる社会的活動に、対立するものとしてある。

人間が、いかに動物と離れたかということが、このエロスの意味を明確にしてくれると、思われる。

動物の性的活動は、周期的であるが、人間のそれは、いつもである。
更に、動物は、生殖のためにあり、そこに快楽があるとは、限らないのである。

また、面白いことに、動物は性交を長引かせて、楽しむことはない。

人間だが、性行為を楽しむのである。
それを、エロスと呼ぶのか・・・

人間は、生殖本能とは別に、快楽の欲求により、動かされるものである。

最初に、マリノフスキーの、トロブリアンド島の原住民たちのことを紹介したが、彼らは、性交と妊娠との間に、因果関係があることを知らなかったのである。

人間のエロティックな快楽の欲望は、種族保存の本能に左右されてあるものではないと、言える。

あらゆる、性倒錯の中で、一番理解し難いのは、童貞である、とは、パーナード・ショーであるが、確かに、性的欲望が自然なものであれば、その能力を使わないのは、倒錯であろう。

エロスは、人間の心理的なものから、発する。
そして、その能力を得たのである。
それは、大脳化であったといえる。

中でも、想像性である。
想像力に優れた人間ゆえの、エロスは、心的運動である。

性というものに、まとわりつくもの、すべてをエロスと考えてみる。
すると、あらゆるものが、エロスに満ちているのである。

だが、人類史の中で、人間がそれを意識し始めたのは、実に遅い。
無知の時代が長すぎるのである。
多分にそれは、父系的一神教が支配していた時代である。

つまり、宗教が邪魔をしていた。
そして、宗教が性に関して、蒙昧であったといえる。

性のエロスを覆い隠しておかなければならない、理由があったのか・・・
多分にあったのである。
人間の欲望を支配することは、端的に、人間を支配することにつながるからだ。

今まで、マスターベーションの歴史、あるいは、同性愛の歴史などを見てきて、特に、その感を強くした。

勿論、ギリシャ時代などの、エロスの世界も存在するが・・・
それは、一端中止させられた。
ギリシャの多神教時代である。

ある種、何でもありの、時代だったといえる。

さて、ここでもエロスは、とても難しい時代に入った。
というのは、心理学的に、男性的、女性的という区分けが、不可能になったからである。
その境界線を引く事が、困難に成ったのである。

エロスは、もう、男女の差を超えたところにあるものになった。

それは、クローン人間にも、現れている。
更に、男無しでも、妊娠が出来る。
人工的に、処女妊娠が可能になったのであるから・・・

また、童貞生殖も、可能になっている。

放射線で、破壊された核のない卵形形質の中に、精子を加えると、精核は単独で活動をはじめて、立派な一個の動物に育つのである。

また、睾丸の悪性腫瘍の中に発見された、一種の胚が、雌の卵子のように、自然に成長して分裂したり、発芽するという特殊な場合も、発見された。

この雄の体内の胚を、ガラス瓶に移して育てると、一人の男から、何千人という子どもを生み出すことができるのである。

そうすると、エロスとして、考えることも、違ってくるのは、当たり前である。
この複雑さに、人間は、耐えられるだろうか。

だが、生物の繁殖の形式は、色々あり、有性生殖だけが、すべてではないのである。
性の無い下等動物がいるように・・・
有性生物が、無性生物と、交互に繰り返しているものもいる。

エロスを考える上でも、文献だけを頼りに、云々する研究者がいるが、誰も未来におけるエロスに関しては、語ることがない。

心理学が言うところの、エロス的人間というものも、その成長による、人間の人格形成を述べるのである。
つまり、それも、親子の関係からはじまるという、お得意のものである。

そこから、現代人に警告を発するという形である。

フロイトなどの考え方から、一歩も先に進まないのである。
そして、それは、それでいい。

母子家庭、父子家庭・・・核家族・・・
男女問わず、未婚の子持ち・・・

家庭というものも、親子というものも違ってくる、未来のエロスとは、何か・・・
解らない。

更には、男女の別が明確ではなくなる、未来のエロスである。

エロティズムというものも、変化する。
その変化に耐えられるだろうか・・・

性愛について・・・
これを見ることにする。

posted by 天山 at 00:07| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月13日

性について219

性愛とは、理屈をこねるつもりはないが、性器への愛情、執着などから、はじまる。

多型倒錯から、教育を受けて、異性愛に進んだとしたら、異性の性器に対する、それが、性愛の最も基本的な欲望だろう。

そうすると、最初の女性器の云々へ戻るが・・・
男が女の性器に、関心と興味を示し、更に、性交が可能になると、それを求める。そして、そこから、更に、性器に対する深く強い興味が湧く。

すると、単なる性行為ではなく、オーラルセックスといわれる、様々な技が生まれる。
その技については、様々な古典がある。

あらゆる人間の、器官を使って、相手の性器を楽しむというものである。

そして、それを楽しみと感じ取る心が必要である。

ペニスは、排泄の場所であり、射精する場所である。
そこに口を当てるという、行為は、人間の知性と、感性による。

ヴァギナもそうである。
尿道口がすぐ上にある、膣の周辺を弄る行為である。

不潔として感じたらなら、そんな行為は出来ないし、そういう人もいる。

もっと進むと、体全体が、性器と化す。
頭の先から、足の先までが、性器と化すのである。

こんな芸当は、人間のみに許されてある。
そして、それが異常でもなんでもない行為なのである。

小さな島に、細菌学者が研究に入り、驚くべき発見をした。
島民の大人たちの、口の細菌と、股間の細菌が同じであると、突き止めた。

つまり、オーラルセックスをしているということである。
性行為が、単なる性器結合だけではないという、証拠である。

ここに人間の知性がある。

セックス、性愛に知性・・・
性器に対する、愛情が高まると、そのような行為に至るという、当たり前の出来事である。

更に、知力が高くなると、更なる、性行為のあり方を考える。
感性を満たすものである。

ここで、色々な例を持ち出すまでのことはない。

そして、バイセクッシャルなどになると、もう、前例が無い行為になる。
男女と、バイセクシャルの人間が一人の、三人でのセックス。
留まることを知らない行為が、繰り広げられる。

昔から、男が老いると、若い男を連れて来て、女と共に、三人での行為に及ぶということもある。
性愛には、限りが無い。

若い時期にそういうことを、経験した男から話を聞いたが、それはそれは、大変な体力を使うことだと言う。
一体、人間の、性力というものは・・・呆れるほどである。

さて、性器愛に戻るが、老人ホームでは、その手の老人が溢れているという。
夜になると、もうすでに不能な男が、女寮の婆さんの布団をはがして、じっと、その性器を見ているという。
ただ、それだけで、満足するのか・・・

職員は、ある程度の時間になると、爺さんを元の部屋に連れ戻す。

死ぬまで、性愛に取り付かれているのである。

まあ、人間とは、実に憐れなものである。
だが、性愛の無い人生というのも、味気ない。
人並みに、性愛を楽しむ。
しかし、その限度は、人それぞれである。

しかし、それでも、エロス的人間のあり方というものを、ご丁寧に考える人たちがいる。心理学者が多い。

そして、そこからの、人間回復の道を探るという、行為である。
実は、大きなお世話なのだが・・・

それでも、何がしか、それなりの結論を得たいと思う人が多いのだろう。
実は、死んでも、結論など出ない問題なのであるが・・・

こうして、性についてと書いているが、どんどんと、新しい、性についてが、生まれるのである。

つまり、死ぬまでの暇つぶしに、ぐるぐると、あるいは、からからと、深まるのか、高まるのか解らないが、考え続けているのが、人間なのである。

実に、ご苦労なことである。

性愛の技術について、多くの古典を読んでいると、頭が飽和状態になる。
もう、性愛は、御免だとも、思うようになる。

知らずに、手探りで、好きな人とセックスをしている方が、まだ、真っ当なのかもしれない。
子供さえ出来れば、それでいいと、思う人も多いだろう。

そんな面倒なことは、考えずに、心の赴くままに、欲望のある限りは、性行為を続けているという。
更には、性行為を、全くしないという、禁欲という、性行為もある。

いずれにせよ、人間は、そこから逃れられないのである。
性欲がありませんという人もいるが、それなら、異常である。
異常体質である。

性欲亢進の異常もあるが・・・

性から、本当に解放される人間がいるのだろうか・・・
一生涯独身・・・
性生活は無い。
それも、一つの性行為となる。

つまり、人間である限りは、人間を超越できないということである。性を超越できないということである。
唯一、人間を救うものは、何かと考えると、それは、妄想以外に無いのである。
と、考えることもできる。

posted by 天山 at 02:43| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月21日

もののあわれについて585

西の対の御方は、この踏歌の折の御対面の後は、こなたにも聞え交し給ふ。深き御心もちいや、浅くもいかにもあらむ。けしきいと労あり、なつかしき心ばへと見えて、人の心隔つべくもものし給はぬ人のさまなれば、いづかたにも皆心寄せ聞え給へり。聞え給ふ人、いとあまたものし給ふ。されど、大臣おぼろげに思し定むべくもあらず。わが御心にも、すくよかに親がり果つまじき御心や添ふらむ、父大臣にも知らせやしてまし、など、思し寄る折々もあり。




西の対の姫君は、あの踏歌のときの、御対面から、紫の上とも、お手紙をやり取りしている。深い御心のある方というには、足りないこともあるかも知れぬが、感じが利いていて、優しい性格らしく、気の置けるところもない人柄ゆえ、どなたも皆、好意を寄せている。言い寄る方も、大勢いる様子。しかし、殿様、源氏は、簡単に決める様子はない。自分でも、養父で通せない、気持ちがあるのだろうか。父の内大臣にも、知らせた方が・・などと、考えることも、何度かある。

西の対のお方、とは、玉葛である。皆、玉葛に執心している様子である。

聞え給ふ人、とは、求婚する人である。

姫の本当の父は、内大臣である。




殿の中将は、少しけ近く、みすのもとなどにもよりて、御いらへみずからなどするも、女はつつましう思せど、さるべき程と人々も知り聞えたれば、中将はすくずくしくて思ひもよらず。内の大殿の君達は、この君に引かれて、よろづにけしきばみわびありくを、そのかたちのあはれにはあらで、下に心苦しう、まことの親にさも知られ奉りにしがな、と、人知れぬ心にかけ給へれど、さやうにも漏らし聞え給はず、ひとへにうちとけ頼み聞え給ふ心むけなど、らうたげに若やかなり。似るとはなけれど、なほ母君のけはひに、いとよくおぼえて、これはかどめいたる所ぞ添ひたる。




お邸の中将、つまり夕霧は、少し傍近く、御簾の所などにも近寄るし、御返事もするのを、姫君は、恥ずかしく思うが、御兄弟ゆえに、当然のことと、女房たちも知っているので、中将は、真面目で、色めいたことなど考えもしない。
内大臣の君達は、この君に着いて、何かと意中をほのめかし、嘆息しつつ、うろうろするが、姫には、そのような懸想する気持ちではなく、内心は辛く、本当の父親に、子どもであると、知って欲しいと、人知れず、心にかけている。しかし、そのようなことは、お耳に入れず、ひたすら、殿様を頼りにしている。その心づかいは、可愛らしく、若々しい。似ているわけではないが、矢張り母君の感じにそっくりである。そして、こちらの方が才気が見えるのである。

すくずくしくて
懸想など考えもしない。

そのかたの あはれ にはあらで
恋愛沙汰のことである。




衣更の今めかしう改まれる頃ほひ、空のけしきなどさへ、あやしうそこはかとなくをかしきを、のどやかにおはしませば、よろづの御遊びにて過ぐし給ふに、対の御方に、人々の御文しげくなり行くを、思ひしこと、とをかしう思いて、ともすれば渡り給ひつつ御覧じ、さるべきには御かへりそそのかし聞え給ひなどするを、うちとけず苦しいことに思いたり。




衣更えで、華やかに着るものが改まった頃、空の様子などまでが、どことなく趣があり、殿様、源氏も、御用もなくいらっしゃるので、あれこれ音楽をされて過ごされるのだが、西の対の御方には、人々の懸想文が増えてゆくのを、予想通りと、嬉しく思い、何かと言うと、姫の所に来ては、目を通して、しかるべき方には、お返事をするようにと勧めるのを、姫、玉葛は、警戒し、困ったことと、思っている。

衣更えは、四月一日である。冬物から、夏物に替わる。

さるべきには
返事をしてもよい相手には・・・




兵部卿の宮の、程なくいられがましきわびごとどもを書き集め給へる御文を御覧じつけて、こまやかに笑ひ給ふ。源氏「早うより隔つる事なう、あまたの親王達の御なかに、この君をなむ、かたみにとりわきて思ひしに、ただかやうの筋のことなむ、いみじう隔て思う給ひてやみにしを、世の末にかくすき給へる心ばへを見るが、をかしうもあはれにもおぼゆるかな。なほ御かへりなど聞え給へ。少しもゆえあらむ女の、かの親王よりほかに、また言の葉を交すべき人こそ世におぼえね。いとけしきある人の御さまぞや」と、若き人はめで給ひぬべく聞え知らせ給へど、つつましくのみ思いたり。




兵部卿の宮が、日もたたないのに、いらいらしている旨の恨み言を書きつけたお手紙を見つけて、にんまりと笑う。源氏は、小さな時から、分け隔てなく、大勢の親王たちの中でも、この宮は、互いに特に仲良くしてきた。だが、こちらの面だけは、酷く隠していらした。この年になり、このように熱心になるとは、面白くもあり、驚きもある。嫌でも、お返事くらいは、差し上げなさい。少しでも、見所のある女にとって、あの宮さまより他に、どなたか歌のやり取りを出来る男が、この世にいるとは、思いません。付き合って、面白い人柄です、と、若い人は、心を引かれそうに言って聞かせるが、姫は、恥ずかしそうにしていらっしゃるばかりだ。

かやうの筋のことなむ
恋愛関係のことである。




右大将の、いとまめやかに、ことごとしきさましたる人の、恋の山には「孔子のたふれ」まねびつべきにうれへたるも、さるかたにをかしと皆見くらべ給ふ中に、唐のはなだの紙の、いとなつかしう、しみ深う匂へるを、いと細く小さく結びたるあり。源氏「これはいかなれば、かく結ぼほれたるにか」とて、引き開け給へり。手いとをかしうて、

柏木
思ふとも 君は知らじな わきかへり いはもる水に 色し見えねば

書きざま今めかしうそぼれたり。源氏「これはいかなるぞ」と問ひ聞え給へど、はかばかしくも聞え給はず。




右大将で、真面目な、もったいぶった様子の人が、恋の山には、孔子の倒れ、の真似でもしでかしそうな風に訴えているのも、それはそれで、興味がある。と、すべてを見比べる中に、舶来のはなだ色の紙で、とても優しく、深々と匂うものを、細かく、小さく結んだものがある。源氏は、これはどうして、こう結ばれたままなのか、と、開けて御覧になる。筆跡は、実に見事である。

柏木
これほど思っています。あなたは知らないでしょう。湧き返り岩間を漏る水のように、私の心も、色は見えません。

書き方も今風で、洒落ている。源氏は、これはどうした文なのか、と尋ねるが、姫君は、はっきりお返事をしないのである。



posted by 天山 at 21:14| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月22日

もののあわれについて586

右近を召し出でて、源氏「かやうにおとづれ聞えむ人をば、人選りしていらへなどはせさせよ。すきずきしうあざれがましき、今やうの人の、便ない事し出でなどする、をのこのとがにしもあらぬ事なり。われにて思ひしにも、あななさけな、恨めしうも、と、その折にこそ無心なるにや、もしはめざましかるべききはは、けやけうなどもおぼえけれ、わざと深からで、花蝶につけたる便りごとは、心ねたうもてないたる、なかなか心だつやうにもあり。またさて忘れぬるは、何のとがかはあらむ。物の便りばかりのなほざりごとに、口とう心えたるも、さらでありぬべかりける、後の難とありぬべきわざなり。すべて女の物づつみせず、心のままに、もののあはれも知り顔つくり、をかしき事をも見知らむなむ、そのつもりあぢきなかるべきを、宮、大将は、あぶなあぶな、なほざりごとをうち出で給ふべきにもあらず。またあまり物の程知らぬやうならむも、御ありさまにたがへり。そのさきはより下は、心ざしのおもむきに従ひて、あはれをもわき給へ、労をもかぞへ給へ」など聞え給へば、君はうちそむきておはする、そばめいとをかしげなり。




右近を、お召し出しになり、源氏は、このように、手紙を差し上げる人は、よく吟味して、返事をさせるように。浮気っぽく、不真面目に、新しがりやが困ったことをしでかしたりするが、それは男の罪ともいえない。自分の経験から言えば、無神経だ、憎らしいと、その時は、分らずやだとか、また、問題にならない身分の女なら、変なやつだと、考えたものだ。特に深い思いでもなく、花や蝶によせての便りは、じらすように、返事をせずにいる。すると、かえって熱心になることもある。更に、それで忘れてしまう男は、なんで女の罪になるものか。
何かのついで程度の手紙に、すぐに分った返事をするのも、別にしないでよいことで、後々に批難される種になることもある。すべて、女が遠慮せず、心のままに、訳の分った顔をして、興味があることを見知ったとしても、度重なると、嫌な気持ちがするものだが、宮や、大将は、気をつけて、いい加減なことをうっかりと口にするような方でもない。しかし、あまり、男の心の分らないのも、姫の身分には、相応しくない。この御二人により、身分の下なのは、思いの深さによって愛情の程を、判断しなさい。その熱心さも、買ってあげるべきだ、などと、申し上げる。だが、姫は横を向いている。その横顔が、実に美しいのである。

もののあはれも知り顔つくり
訳の分った顔をする、それは、もののあはれ、とは、物事の核心を言うのである。
この場合は、恋心である。

あはれをもわき給へ
愛情、情愛の程度に対して・・・

源氏の、玉葛に対する、恋愛の方法である。
それを右近に聞かせるが、姫にも、聞かせている。




なでしこの細長に、この頃の花の色なる御小うちぎ、あはひけ近う今めきて、もてなしなども、さはいへど、田舎び給へりしなごりこそ、ただありに、おほどかなる方にのみは見え給ひけれ、人のありさまをも見知り給ふままに、いとさまようなよびかに、化粧なども心してもてつけ給へれば、いとど飽かぬ所なく、花やかに美しげなり。こと人と見なさむは、いと口惜しかべう思さる。右近もうち笑みつつ見奉りて、「親と聞えむには、似げなう若くおはしますめり、さし並び給へらむはしも、あはひめでたしかし」と思ひ居たり。右近「さらに人の御消息などは聞え伝ふる事侍らず。さきざきもしろしめし御覧じたる、三つ四つは、引き返し、はしたなめ聞えむもいかがとて、御文ばかり取り入れなどし侍るめれど、御かへりは、さらに、聞えさせ給ふ折ばかりなむ。それをだに、苦しい事に思いたる」と、聞ゆ。




なでしこの細長に、この季節の花の色の、小うちぎ、色合いが親しみ深く、今流行りで、物腰なども、田舎くさかった名残は、そのままで、鷹揚であるということだけが見所だったが、みなの様子を見て理解するにつれて、姿つきもよく、しとやかで、身だしなみも気をつけて、たしなんでいる。益々、足りないところも無くなり、華やかで、美しい。他人のものとしてしまうのは、残念極まる気持ちがする。右近も、微笑みつつ、見上げて、親と申すには、似合わないほど、若くていらっしゃる。ご夫婦でいらした方が、お似合いであろう、と、思うのである。
右近は、全然、人様のお手紙などは、お伝え申したことは、ありません。以前、殿様も御覧になって、ご承知の、三、四通は、突っ返して失礼申し上げても、どうかと、お手紙だけは、受け取りましたが、ご返事は差し上げていません。あなた様が、ご返事をという時だけですが、それさえも、嫌がっているようです、と、申し上げる。




源氏「さてこの若やかに結ぼほれたるは誰がぞ。いといたう書いたるけしきかな」と、ほほえみて御覧ずれば、右近「かれは、しうねうとどめてまかりにけるにこそ。内の大殿の中将の、この侍ふみるこをぞ、もとより見知り給へりけるつたへにて侍りける。げろうなりとも、かの主達をば、いかがいとさははしたなめむ。公卿といへど、この人のおぼえに、必ずしも並ぶまじきこそ多かれ。さる中にもいとしづまりたる人なり。おのづから思ひ合はする世もこそあれ。けちえんにはあらでこそ言ひ紛らはさめ。見所ある文書かな」など、とみにもうち置き給はず。




源氏は、では、この若々しい感じに結んでいるのは、誰なのだ、実に、見事に書いてある、と微笑んで見ていらっしゃるので、右近は、それは、しつこく置いて帰ったものです。内大臣さまの中将さまが、ここにおります、みるこを、前から存じておりまして、その取次ぎでございます。他に取り次ぐ者もございませんので、と、申し上げる。源氏は、可愛らしいことだ。官位は低いが、あの人たちを、どうかして恥ずかしがらせてはならない。公卿であっても、この人の評判に、必ず並ぶとは、限らない人も多い。その中でも、この中将は、まことに落ち着いた人だ。いつかは、解る時もあるだろう。はっきりさせずに、ごまかしておこう。見事な文の書きぶりだ、などと、すぐには、下に置かないのである。

しうねくとどめて
無理矢理に置いて・・・

みるこ
玉葛に仕える、童女の名前。

げろう
身分の低い者のことである。

当時の、宮廷の恋愛の様子が、良く解るのである。
文とは、この書と、文体である。
更に、和歌の教養が、必須であった。
そして、漢籍の素養である。
恋愛とは、それらを総称している。

posted by 天山 at 13:26| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月23日

もののあわれについて587

源氏「かう何やかやと聞ゆるをも、思す所やあらむとややましきを、かの大臣に知られ奉り給はむことも、まだ若々しう何となき程に、ここら年へ給へる御中にさし出で給はむことはいかが、と、思ひめぐらし侍る。なほ世の人のあめる方に定まりてこそは、人々しう、さるべきついでもものし給はめ、と思ふを、宮は一人ものし給ふやうなれど、人柄いといたうあだめいて、通ひ給ふ所あまた聞え、召人とか、憎げなる名のりする人どもなむ、数あまた聞ゆる。さやうならむ事は、憎げなうて見なほい給はむ人は、いとようなだらかにもて消ちてむ。少し心なくせありては、人にあかれぬべき事なむ、おのづから出できぬべきを、その御心づかひなむあべき。大将は、年へたる人の、いたうねびすぎたるをいとこがてら求むなれど、それも人々わづらはしがるなり。さもあべい事なれば、さまざまになむ人知れず思ひ定めかね侍る。かうざまの事は、親などにも、さわやかに、わが思ふさまとて、語り出で難き事なれど、さばかりの御よはひにもあらず、今はなどか何事をも、御心にわい給はざらむ。まろを、昔ざまになずらへて、母君と思ひない給へ。御心に飽かざらむことは心苦しく」など、いとまめやかに聞え給へば、苦しうて御いらへ聞えむともおぼえ給はず。




源氏は、このように、色々と申すのを、不思議に思われるかと気になるが、あちらの大臣に、こうと知られるにしても、まだ若くて、何も知らない年頃で、長い間、会わずにいた兄弟の中に入るのは、どんなものかと、思案しています。やはり、普通の女の落ち着く先に落ち着いてこそ、一人前で、適当な機会もあると思うが。宮は独身でいるが、人柄が酷く浮気で、通っている女も、多いとの噂だし、召人とか、嫌な名のついた女どもも、大勢いるという、話だ。そういう風な事は、憎むことがないように、大目に見る女なら、上手に、穏便に済ませられるだろう。だが、少しでも嫉妬の気持ちがあれば、主人に嫌がられてしまう事が、いつの間にか出てくるだろうし。その点は、注意が必要だ。大将は、長年連れ添った、北の方が、ひどく年上なのを嫌がるところもあり、あなたに申し込むそうだが、それも、よく言わない人も多い。最もなことだから、私は、あれこれと、人知れず、決心しかねている。こういう事は、親などにも、さらりと、自分はこうだと、言い出しにくい事だが、それほどの年齢でもないし、今は、どんなことでも、判断がつかない事があろう。私を、昔に返ったつもりで、お母様と思ってください。ご不満があれば、辛いことだなどと、真面目な言葉なので、姫は困って、返事をする気もなくなる。

昔の源氏の行動を見ていると、源氏のこの説明が、おかしい、滑稽に思えるのである。まあ、それでも、細やかに、玉葛のことを、考えているという気持ちは、伝わる。




いと若々しきもうたておぼえて、玉葛「何事も思ひ知り侍らざりける程より、親などは見えぬものにならひ侍りて、ともかくも思う給へられずなむ」と、聞え給ふさまのいとおいらかなれば、げにと思いて、源氏「さらば世のたとひの、後の親をそれと思いて、おろかならぬ心ざしの程も、見あらはしはて給ひてむや」など、うら語らひ給ふ。思すさまの事はまばゆければ、えうち出で給はず。けしきあることばは時々まぜ給へど、見知らぬさまなれば、すずろにうち嘆かれて渡り給ふ。




あまり子供のようだと思われても嫌だと思い、玉葛は、何も解らない頃から、親など、いないものだと習慣がついてしまいまして、何とも思われません、と申し上げる様子が、実に、おっとりとしているので、最もだと思い、源氏は、それでは、世間の諺に言う、養父を実の親だと思い、そういう気持ちを見届けてくれまいか、などとおっしゃる。心の底の思いは、面映くして口には出せない。意味ありげな言葉は時々言うが、気づかない様子なので、何となく、ため息をついて、お帰りになる。

けしきあることば
心の中を示すような言葉である。

一体、源氏は、何を考えているのか・・・
玉葛をものにしようとしているのか・・・
ものにしようとしているのである。




御前近き呉竹の、いと若やかにおひたちて、うちなびくさまのなつかしきに、立ちとまり給うて、

源氏
ませのうちに 根深くうえし 竹のこの おのが世々にや 生ひわかるべき

思へばうらめしかべいことぞかし」と、みすを引き上げて聞え給へば、いざり出でて、

玉葛
今さらに いかならむ世か わか竹の おひはじめけむ 根をばたづねむ

なかなかにこそ侍らむ」と聞え給ふを、いとあはれと思しけり。




お庭の呉竹が、大変青々と伸びて、風になびいている姿が、嬉しく、歩みを留めて、

源氏
家の奥で、大切に育てた娘も、それぞれ伴侶を得て、出て行くわけか。

思えば、恨めしく思うことだ、と、御簾を引き上げて申すと、玉葛が、にじり出て、

玉葛
今になり、どんな場合に、生みの親を探すことができるでしょう。

かえって、困りますことでしょう、と申し上げるのを、実に、可哀想だと思うのである。

いとあはれと思しけり
この、あはれ、は、憐れの思いである。




さるは心のうちにはさも思はずかし。いかならぬ折聞え出でむとすらむ、と、心もとなくあはれなれど、この大臣の御心ばへのいとありがたきを、おやと聞ゆとも、もとより見なれ給はぬは、えかうしもこまやかならずや、と、昔物語を見給ふにも、やうやう人のありさま、世の中のあるやうを見知り給へば、いとつつましう、心と知られ奉らむ事は、かたかるべう思す。




実のところ、姫は、心中では、そう思っていないのだ。いつになったら、おっしゃって下さるのか、と、気が気ではなく、心を痛めるのだ。この大臣のお心の、並々ならぬ思いを、実の親でも、最初から一緒ではないと、とてもこれほどに、可愛がってくれないだろうと、昔物語を見ても、次第に、人の様子も、世の中の有様も、解ってくるので、とても遠慮して、自分の方から、知っていただくことは、難しいと思うのである。

何とも、人の心の、微妙な状態を、こうして、延々として書くのである。
源氏物語の、大きな特徴は、これである。

心もとなくあはれなれど
実に、漠然としている語意であるが・・・
それが、物語全体を包むのである。

物語全体が、もののあはれ、なのである。
つまり、心の綾、微妙繊細な心模様なのである。

そして、それに風景が着く。
自然の風景自体も、あはれ、の中に納まるのであるから、不思議だ。

一体、源氏と、玉葛は、何を思いあっているのか・・・
それが、先に進むと、解ってくるのである。

心の綾の、推理小説である。


posted by 天山 at 03:53| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月24日

もののあわれについて588

殿は、いとどらうたしと思ひ聞え給ひて、上にも語り申し給ふ。源氏「あやしうなつかしき人のありさまにもあるかな。かのいにしへのは、あまりはるけ所なくぞありし。この君は、物のありさまも見知りぬべく、け近き心ざま添ひて、うしろめたからずこそ見ゆれ」など、誉め給ふ。ただにしも思すまじき御心ざまを見知り給へれば、思し寄りて、紫「物の心えつべくはものし給ふめるを、うらなくしもうちとけ、頼み聞え給ふらむこそ心苦しけれ」と宣へば、源氏「など頼もしげなくやはあるべき」と聞え給へば、紫「いでや。われにても、また、忍びがたう、物思はしき折々ありし御心ざまの、思ひ出でらるるふしぶしなくやは」と、ほほえみて聞え給へば、あな心疾と思いて、源氏「うたても思し寄るかな。いと見知らずしもあらじ」とて、わづらはしければ、宣ひさして、心のうちに、人のかうおしはかり給ふにも、いかがはあべからむ、と思し乱れ、かつはひがひがしうけしからぬわが心の程も、思ひ知られ給うけり。




源氏は、益々可愛いと思い、紫の上にも、お話しする。妙に、人の心を引きつける子だ。あの昔は、あまりに明るさがなかった。この君は、物分りもよく、人なつっこい。心配ないと思う、などと、誉める。放っておけない性格を知っている紫の上は、思い当たり、分別がありますのに、すっかり任せて、頼りにしているのでは、お気の毒ですね、と、おっしやると、源氏は、どうして、頼りにならないことがあろうか、と、申し上げる。紫の上は、いいえ。私としましても、それが思い出されてしまうことも、折々ないでは、ありませんので、と、微笑むと、よく気がつくと源氏は思い、嫌なことに、気が回るものだ。とても、気づかずには、いられない人ですね、と、煩いようなので、話を切り上げて、心の中で、紫の上も、このように、推量するのだ。どのようにしたらものかと、考えがまとまらない。一方では、正しくない、よくないという、自分の考え方も、解るのであるが。

源氏の心と、行動が、紫の上に、読まれているのである。




心にかかれるままに、しばしば渡り給ひつつ見奉り給ふ。雨のうち降りたるなごりの、いとものしめやかになる夕つ方、御前の若楓、柏木などの、青やかに茂り合ひたるが、何となくここちよげなる空を見出し給ひて、源氏「和してまた清し」と、うち誦し給うて、先づこの姫君の御さまの、にほひやかげさを思ひ出でられて、例のしのびやかに渡り給へり。手習ひなどして、うちとけ給へりけるを、起きあがり給ひて、恥ぢらひ給へる顔の色あひ、いとをかし。なごやかなるけはひの、ふと昔思し出でらるるにも、しのびがたくて、源氏「見そめ奉りしは、いとかうしもおぼえ給はずと思ひしを、あやしう、ただそれかと思ひまがへらるる折々こそあれ。あはれなるわざなりけり。中将の、さらに、昔ざまのにほひにも見えぬならひに、さしも似ぬものと思ふに、かかる人の、ものし給うけるよ」とて、涙ぐみ給へり。




気になるので、しきりに渡りになっては、色々とお世話をする。一雨の後は、しっとりと落ち着いた夕方、お庭の先の楓や、柏木などの、青々と茂る様、何となく、気持ちのよい空を見上げて、源氏は、和して、また清し、と歌い、何より先に、この姫の、つやつやした美しさが思い出されて、いつものように微笑み、お出かけになる。姫は、手習いなどして、くつろいでいるが、起き上がり、恥らっている顔の色の様子が、まことに美しい。その物柔らかな態度に、昔の夕顔が、ふっと思い出されて、我慢出来なくなり、源氏は、はじめてお会いした頃は、こんなにまで、似ていると思わなかったが、この頃は、不思議なほどに、夕顔かと間違えてしまうことが、何度もある。感無量だ。中将が、まるで、葵の上の様子に似ていないのに慣れて、それほど、親子は似ないものかと思ったが、こんな方もいるんだ、と、涙ぐむのである。

中将とは、夕霧のことである。




箱のふたなる御くだものの中に、橘のあるをまさぐりて、

源氏
橘の かをりし袖に よそふれば かはれる身とも 思ほえぬかな

世とともの心にかけて忘れ難きに、なぐさむ事なくて過ぎつる年頃を、かくて見奉るは、夢にやとのみ思ひなすを、なほえこそ忍ぶまじけれ。思しうとむなよ」とて、御手をとらへ給へれば、女、かやうにもならひ給はざりつるを、いとうたておぼゆれど、おほどかなるさまにて、ものし給ふ。

玉葛
袖の香を よそふるからに 橘の みさへはかなく なりもこそすれ




お盆の上にある、くだものの中に、橘をみつけて取り
源氏
懐かしい昔の人と、思うと、別の人とは、とても思えないのである。

始終、思い続けて、忘れられず、心慰めることなく過ぎた、この歳月。このように、お世話をするのは、夢かと思うばかりであるが、夢であっても、我慢が出来ない。嫌な奴と思わないで下さい、と、手を握るので、女は、このような経験はなかったので、嫌でたまらないが、気にしない風を装う。

玉葛
懐かしい母と、思ってくださるならば、私の身まで、儚くなりませんでしょうか。

古今集より
さつき待つ 花橘の 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする

古今6帖より
たちばなは 実さえ花さへ その葉さへ 枝に霜ふれ ましてときは木




むつかしと思ひてうつぶし給へるさま、いみじうなつかしう、手つきのつぶつぶと肥え給へる、身なり肌つきのこまやかに美しげなるに、なかなかなるもの思ひ添ふここちし給うて、今日は少し思ふ事聞え知らせ給ひける。女は心憂く、いかにせむとおぼえて、わななかるるけしきもしるけれど、源氏「何かかくうとましとは思いたる。いとよくもてかくして、人にとがめらるべくもあらぬ心の程ぞよ。さりげなくてをもて隠し給へ。浅くも思ひ聞えさせぬ心ざしに、また添ふべければ、世にタグひあるまじきここちなむするを、このおとづれ聞ゆる人々には、おぼしおとすべくはある。いとかう深き心ある人は世にありがたかるべきわざなければ、うしろめたくのみこそ」と宣ふ。いとさかしらなる御親心なりかし。




困ったと思い、うつ伏せたる姿は、素晴らしく懐かしく、手つきは、ふっくらとして、体つきや肌は、きめ細やかで、可愛らしいので、見ていると、かえって物思いを新たにする思いがして、今日は少し、心のうちを、話す。どうして、こんなに嫌がるのですか。上手に隠していても、誰にも気づかれないように、用心している。あなたも何気ない風に、隠していることだ。今までも、大事にしていた、親子の愛情に、夫婦の愛情が加わることになるのです。他には、例がないはずと思うし、この文を寄越す連中よりも、軽くみるはずがないでしょう。こんなに深い愛情のある者は、世間には、ないはずのことですから、他の男に任せるのが、気がかりでしょうがない、と、おっしゃる。
本当に、出過ぎた、親心です。

いとさかしらなる・・・
とは、作者の言葉である。

作者が主人公を、突き放して見ているのである。

posted by 天山 at 00:05| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月25日

ものあわれについて589

雨はやみて、風の竹に鳴る程、はなやかにさし出でたる月影、をかしき夜のさまもしめやかなるに、人々は、こまやかなる御物語にかしこまりおきて、け近くも侍はず。常に見奉り給ふ御なかなれど、かくよき折しもありがたければ、言に出で給へるついでの御ひたぶる心にや、なつかしい程なる御衣どものけはひは、いとよう粉はしすべし給ひて、近やかにふし給へば、いと心憂く、人の思はむ事もめづらかに、いみじうおぼゆ。まことの親の御あたりならましかば、おろかには見放ち給ふとも、かくざまの憂き事はあらましやと悲しきに、つつむとすれどこぼれ出でつつ、いと心苦しき御けしきなれば、源氏「かう思すこそ辛けれ。もて離れ知らぬ人だに、世のことわりにて、皆許すわざなめるを、かく年へぬるむつまじきに、かばかり見え奉るや、何のうとましかるべきぞ、これよりあながちなる心は、よも見せ奉らじ。おぼろけに忍ぶるにあまる程を、なぐさむるぞや」とて、あはれげになつかしう聞え給ふこと多かり。




雨がやんで、風が竹の葉に音を立てる頃、華やかに差す月の光は、素晴らしい夜の気配も、しめやかで、女房達は、差し向かいの話しに遠慮して、お傍近くに、控えていない。いつもお会いする二人だが、こんなに良い機会はないようで、口に出したついでの、一途さからか、柔らかい御衣の衣擦れの音は、上手にごまかして、お脱ぎになる。姫のすぐ傍で、お休みになったので、姫は、ぞっとして、女房たちも、変に思うだろうと、たまらなく思う。本当の親であれば、冷たく放っても、このような酷い目に合わすことはないと、悲しく、隠そうとしても、涙が溢れる。それを気の毒と思い、源氏が、こんなに、嫌になられると、辛い。まるで、赤の他人でも、世の習いで、女は誰にでも、身を任せることなのに、このように、年を重ねて、親しくしているものなのに、これくらい、して差し上げるのを、何の嫌がることがあろうか。これ以上、無理な事をする気持ちは、決してありません。堪えている気持ちを、更に堪えて、心をなだめる、と、心を込めて、やさしくお話になることが、多い。

とんでもない、養父である。
だが、この時代の、恋愛の様子が解るというもの。

まあ、紫の上でさえ、幼女の頃から育てて、我が妻にする程である。
もののあはれ・・・
その実態には、実に、滑稽な様子もある。

これを、喜劇の物語としても、面白い。

いと心憂く
ああ、嫌だ・・ぞっとする・・・

あはれげになつかしう
これも、物語の得意技である。
とてもとても、優しく・・・非常に大切に・・・可愛くてしかたがない・・・




ましてかやうなるけはひは、ただ音のこことちして、いみじうあはれなり。わが御心ながらも、ゆくりかにあはつけきことと思し知らるれば、いとよく思しかへしつつ、人もあやしと思ふべければ、いたう夜もふかさで出で給ひぬ。源氏「思ひうとみ給はば、いと心憂くこそあるべけれ。よその人は、かうほれぼれしうはあらぬものぞよ。限りなく、底ひ知らぬ心ざしなれば、人のとがむべきさまにはよもあらじ。ただ昔恋しきなぐさめに、はかなきことをも聞えむ。同じ心にいらへなどし給へ」と、いとこまやかに聞え給へど、われにもあらぬさまして、いといと憂しと思いたれば、源氏「いとさばかりには見奉らぬ御心ばへを、いとこよなくも憎み給ふべかめるかな」と、嘆き給ひて、源氏「ゆめけしきなくてを」とて出で給ひぬ。




特に、このような時は、夕顔そのままの気持ちがして、酷く心が痛む。自分ながらも、呆れて、身分に相応しくないと思うので、反省し、女房も変だと思うだろうと、夜の深くないうちに、お出ましになられた。源氏は、嫌がっては、辛い気持ちになりましょう。ほかの人は、これほど、夢中にならないものです。限りなく、底の無い思いだから、人が批難するようなことは、しません。ただ、昔恋しい心の慰めに、取り留めない事を、お話ししましょう。あなたも、そのつもりで、ご返事などしてください、と心を込めて、申し上げるが、姫は取り乱した様子で、とても辛いと思っている。源氏は、これ程とは、思いませんでした。これは、また、酷く憎んでいますね、と嘆き、決して人に気づかれないように、と、おっしゃり、お出ましになられた。




posted by 天山 at 00:07| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月26日

国を愛して何が悪い36

ヨーロッパ大陸の西の外れ、イベリア半島の最先端にある、ポルトガル。
内陸部の争い、宗教の矛盾に汚染されなかった国。

だからこそ、早くから、西南の海に、活路を見出すことができた。
土地が狭く、海外に夢を託したのである。

後に、航海王と呼ばれた、エンリケ王子の時代、多くの探検家を南アフリカ大陸の西海岸に派遣している。
アフリカの西北岸に沿って、カナリア諸島、ベルデ岬諸島を探検し、ギニア湾に達した。

やがて、バーソロ・ソロミュー・ディアスが、アフリカの南端、喜望峰に達する。つづく、バスコダ・ガマは、アフリカの南端を回り、インドの西岸カリカットに到達し、インド洋貿易を開拓する。

ガマによって、西欧から海上を通り、東洋に達する事ができると、証明された。

ポルトガル軍は、更に東に進み、1511年、マレー半島の南端、マラッカに到達し、マラッカ王国を征服して、占領する。マラッカを東洋貿易の拠点とするのである。

更に、ポルトガルは、南シナ海に出て、北上し、1557年、シナのマカオを獲得する。

15世紀のマラッカ王国は、14世紀に、マレー半島の南半分と、対岸のスマトラ島バレンバンと、スンダ海峡の先、ジャワ島を支配していた。
16世紀、ポルトガルに征服されるまで、東南アジアの資源を貿易する国として、全盛期を迎えていた。

だが、ポルトガルの軍隊と、その策略により、簡単に亡ぼされる。

これを見ると、弱肉強食の動物の世界を見る思いがする。
そして、それを当然としていた、白人主義である。

ポルトガルの東洋侵略の先端が、日本に到達したのは、1543年である。
種子島に、マカオ関係の、ポルトガル船が台風に遭い、漂流した。
そして、そこで鉄砲を伝えた。

西欧世界の小さな国、ポルトガルが、一大強国になれたのは、東洋貿易の利益を一手に収めたからである。
そして、それが西欧人の夢でもあった。

香料群島に、海から達する方法に、ポルトガルは、東航路の道を選んで、勝利した。

東方貿易が、何故利益を上げたのか・・・
それは、インド大陸と、その先の香料群島に直接乗り込めば、長く地中海世界を支配してきた、イスラム商人、イタリアのヴェネチア商人の特権を奪い、東洋の富みを独占できたからである。

当時の、ヴェネチアの香料は、インドを出る際の価格の、26倍になったという。
競って、冒険家たちが、スパイスを求めたのが理解できるというもの。

ポルトガルが、喜望峰廻りの航路を発見してから、リスボンの胡椒の値段が、十分の一に下がったという。

その後、スペインも、ポルトガル人、マゼランを援助して、西回りでも東洋に達する航路の発見を命じた。

マゼランは、海賊行為を続けならが、1519年、南米大陸の南端マゼラン海峡を発見し、南太平洋を横断して、サイパン、テニアン、グアムなどを廻り、1521年、フィリピンのセブ島に到達した。

マゼランは、そこでも、寄航した土地に、十字架とスペイン王室の標識を立てた。
更に、勝手に、スペイン領としたのである。

だが、彼はセブ島の先住民との戦いで、毒矢に辺り、死ぬ。

隊長を失った、マゼラン隊は、フィリピンを逃れて、海賊行為をしつつ、スパイスの島である、モルッカ諸島に辿り着く。

出発当時は、232名の人数が、スペインに到着した時は、一隻、18名だったという。

だが、一隻の、スパイスの売り上げが、全船隊の費用を上回ったという。

さて、この航海により、地球が球形であることが、解ったのである。

スペインは、マゼランが発見したことを理由に、ルソン島と、その周辺の多くの島を、1571年、国王のフェリペ二世の名にちなみ、フィリピンと命名した。
ルソン島のマニラを首都として、その後、330年間、植民地支配を続けることになる。

スペインは、フィリピンをアジア侵略と、経営の拠点して、重要視することになる。

スペインの、数々の犯罪は、アステカ、インカ帝国を滅亡させ、金銀を奪い、先住民族を虐殺した。
更に、インディアスをプランテーションで、強制労働させ、そこで砂糖の収奪も行ったことである。

砂糖は、中世以来の、貴重品である。
当時の、西欧人は、砂糖を白い黄金と呼んだほどだ。

農耕を知らぬ西欧人は、先住民族を奴隷にして、文明生活を楽しむことになる。

現在のスペインが、崩壊の様、当然のように思うのは、私だけか・・・

スペインとポルトガルは、新航路発見により、両国間で発見した、土地、島の帰属を巡る紛争が続出する。
そこで、出てくるのが、最悪の罪人である、ローマカトリックである。

法皇アレクサンドル六世が、教書を出して、両国の進出領域を決していた。
呆れ果てる行状である。

それによれば、アフリカの西岸ヴェルデ岬諸島の西方の、西経45度の子午線を基準に、西方をスペイン、東方をポルトガルの範囲としたのである。

1494年、トルデシリャス条約と呼ぶ。

しかし、その後も、1529年、サラゴサ協定により、アジアの分界線を東経135度に定めた。
この線は、日本を二つに分断するものである。

1549年、スペインのフランシスコ・ザビエルが、鹿児島に上陸する。
そこは、二つの侵略国の先端が衝突する地点である。
キリスト教の布教とは、侵略行為と同じである。

今までの、行為を見れば、歴然としている。
侵略者が、聖人とされている、カトリック教会である。
呆れる。

まあ、その二つの国も、16世紀末には、衰退の陰りを見せるが・・・

posted by 天山 at 00:22| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月27日

国を愛して何が悪い37

カトリックの国、スペインの膨張により力を得たのは、国王である。
フェリペ二世が、1556年、国王になると、その領土だったネーデルランド、つまりオランダに、過酷な弾圧を行った。

ネーデルランドは、古くから商工業が盛んで、カルビン派の新教徒が多い。
国王は、つまり宗教的な立場から、新教徒に徹底した弾圧を加えるのである。

重税を課し、都市の自治権を奪った。
それ以来、数十年に渡る独立戦争が始まる。

カトリックとプロテスタントは、ドイツでも、20年戦争というように、対立した。宗教戦争である。キリスト教が、戦争好きなのは、今に始まった訳ではない。

さて、カトリックの多い、南部十州は、途中スペインに服従するが、北部七州は、独立を果たした。
1648年、ウェストファリア条約で、国際的にも独立を承認される。

この国を、日本では、オランダと呼ぶようになる。

オランダは、古くから、バルト海貿易に従事し、航海術を磨いていた。
16世紀になり、まだ、北極海を回り、アジアに出る航路を模索していた。だが、それが不可能と知ると、スペイン、ポルトガルの発見した道を通り、大西洋、太平洋に、割り込んだのである。

まず、北米大陸に進出を試みる。
現在のニューヨークは、オランダがインディアンから買収して、本国の首都の名前を取り、ニューアムステルダムとしていた時代がある。

だが、オランダの北米進出は、イギリス、フランスに跳ねられ、成功しなかった。

そこで、次は、インド洋航路開発に向ける。
1602年、それまでの諸会社を合同して、オランダ東インド会社を、ジャワに設立する。
それに、貿易、軍事、外交、行政の独立権を与えて、諸外国と戦争し、アジアへ進出を開始した。

アフリカ、インド洋の沿岸地域にあった、ポルトガルの貿易拠点を、次々に奪う。
17世紀半ばには、現在のインドネシアを中心とした地域に、確固たる拠点を築いた。
そして、330年間もの間、インドネシアを植民地化したのである。

その、統治方法は、実に野蛮極まりないやり方である。

まず、原住民を文盲のままにして、土地の侯を使い、間接統治する。
キリスト教に改宗した者は、優遇して、警察官、軍人に登用する。
オランダとインドネシアの混血児を中間層として使用し、民族の分断を図る。
一切の集会、団体行動を禁止する。
全国で用いられていた、320の部族語をそのままにし、一つの標準語を作らせない。

こうして、インドネシア人から、民族意識を奪うのである。

コーヒー、サトウキビ、藍、茶、肉桂などの、強制栽培制度を導入し、それも、直接手を下さずに、諸侯を使い、分割統治して、上前をはねるのである。

イギリスも、同じような手を使い、植民地支配を会社組織にして、その国が政治的、軍事的に表に出ないように、見せるのである。

賢い方法である。が、非人道的である。

そして、日本が、植民地政策をしたとは反対に、原住民から、絞るだけ搾り取るという方法である。
そして、本国は、それで悠々自適に発展するというもの。

イギリスの産業革命は、それにより、成ったのである。
西洋史を学ぶ時、そんなことを知らされないから、イギリスは、凄い国だと思う。
全く違う。
とても、人間とは、思えない野蛮極まりない方法で、国を発展させたのである。

さて、近世500年間の世界の、覇権国を俯瞰すると、16世紀がスペイン、17世紀がオランダ、18,19世紀とイギリス、そして、20世紀がアメリカの時代である。

最も長いのは、イギリスである。
最盛期には、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、エジプトから、南アフリカ、インド、ビルマ、マレーシア、更に、太平洋の島々と、七つの海にまたがるのである。

ここで、イギリスのやり口を見ると、キリスト教を植民地の手段にしなかったことである。スペイン、ポルトガルとは、違う。

スペインは、カトリックの国であり、十字架を武器にした。
イギリスは、国教会である。
カトリックのような、狂信的な異教弾圧はない。

ただし、イギリスは、宗教が世界支配の要であることを知り、エルサレム、コンスタンチノーブル、ガンジス川、メッカ、メジナなど、世界の主な聖地を保護国に取り入れている。

カトリック以外を、プロテスタントだとすると、イギリスは、最大のプロテスタント国家である。

宗教には、やや寛容で、それを政治的に利用するという、方法を取ったのである。

イギリスは、スペイン、ポルトガルのように、泥棒して得たものを、使い果たすことなく、蓄積して、次の植民地経営に生かしたのである。

賢い海賊である。

現在も、堂々たる国の体を成しているが、元は、ドロボー国家なのである。
更に、おぞましいのは、人種差別の思想が生まれた国でもある。

スペイン、ポルトガルが、キリスト教という、宗教により、原住民を異教と見なして、虐殺したのではなく、思想としての、人種差別を持ったのである。

私は、それを、オーストラリアのアボリジニに関する報告書から知った。
世界で、最悪の国家である。
何せ、そこから、アメリカが生まれている。

白人主義の大元である。

いずれにせよ、西洋史からではなく、日本史から、それぞれの国の歴史から、歴史というものを見れば、白人主義の野蛮極まりない思考が、行為が、明確になるのである。
加えて、カトリックという宗教の野蛮さは、限りないのである。
もう一つ加えて、白人主義とキリスト教とは、切っても切れない縁がある。
差別の観念は、ユダヤ・キリスト教の、異端、異教徒主義から出ている。

限りなく、排他的である。

イエスの言葉にある、互いに愛し合いなさい、とは、白人同士に言える言葉なのである。
今でこそ、何やら、言うが、根本は、そうである。


posted by 天山 at 05:50| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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