2012年09月28日

国を愛して何が悪い35

ヨーロッパ人の侵略によって、それまで平和に暮らしていた先住民が、ほぼ全滅した。
人類史の中では、これほどの悲惨は無い。

ヨーロッパ白人と、キリスト教である。
今一度、それを考えてみる。

先住民が、白人から受けた被害は、人的被害だけではない。
大量の金、銀などが、ヨーロッパに持ち運ばれた。

インディアスが、長年をかけて貯めた宝物を、白人は、虐殺という手段で、奪った。

その先住民を、野蛮であると、考えていたというから、恐れ入る。
野蛮なのは、どちらか・・・

この白人主義が、今も、営々と続いているのである。

さて、それらの野蛮な行為の証拠がある。
コロンブスと同時代の、スペイン人、ラス・カサスという人物は、白人の先住民に対する、残虐振りに、たまりかねて、内部告発をした。

彼も最初は、スペイン征服の特権を持つ者として、割り当てられた、インディアスの奴隷を使い、金の採取、農場経営を行っていた。1513年にキューバに移住し、広大な拝領地の住民として、利益の追求を続けていた。だが、その翌年、彼は突如として回心し、1515年、拝領地を総督に返還して、セビリアに帰国する。

植民地での体験を通し、突如、聖職者の意識に目覚めたのである。
何となれば、彼は、本来伝道師として、渡っていたからである。

インディアスの虐待に象徴される、スペインの植民地政策に対する、強烈な批判者として、彼は、50年を戦った。
その著書が、インディアスの破壊についての簡潔な報告、である。

その報告書で、カリブ海の多くの島々で行われた実態を正確に、記述しているのである。

この島には、300万人のインディアスが住んでいたが、コロンブスが来てからの、50年後、1542年には、200人の生存者だけになっていたのである。

そのやり方は、まず、先住民に、金を要求する。
それがエスカレートする。暴力を振るう。
先住民が、反乱を起こすと、それが白人の思う壺で、剣、槍を持って、無差別に殺す。

先住民は、戦いを知らない。
騎馬の兵士なども、見た事が無い。

そして、スペイン人は、手に入れたインディアスを、男は、金採掘、女は、畑仕事をさせる。奴隷となった人たちには、雑草のような食べ物を与える。過酷な労働と、飢えで、皆、死ぬ。

荷物の運搬には、奴隷たちを、牛馬のように使う。
更に、それらを、鞭や棒で、平手、拳骨で、彼らを痛めつける。

以上は、カサスの報告である。

この、カサスの報告書は、批難の集中攻撃を受けることになる。
その最も最たるところは、身内の教会からである。

次に、新大陸と結びついている、政治家、商人である。

カトリック教会は、恥じ知らずの修道士、狂信的で邪心ある司教などと、報告が暴露した、大虐殺の事実を、隠そうとしたのである。

報告書は、スペインと対立関係にある、オランダ、イギリス、フランスでも、翻訳された。

何故か・・・
彼らの仮想敵国スペインの非人道的、残虐行為を証明する文書として、評価した。
スペイン攻撃のための、手段である。

決して、インディアスに対する、人道的立場からではないというのが、不思議である。
つまり、彼ら自身も、同じことをするのである。

さて、ラス・カサスに次いで、白人の先住民族に対する残虐を暴き、白人自身に反省を求めた人物がいる。
カナダの、トーマス・バージャである。

現代の、カサスといわれる。

彼は、カナダの先住民族のインディアンの権利問題を追及するうちに、アメリカにも、中南米でも、同じ問題があることに気づいた。

そして、コロンブスが来てからー先住民の歴史と未来、という著書をまとめた。

コロンブスが、アメリカ大陸に来てから、どれ程先住民の血が流されたかを、法学者の目で正しく分析し、現在、各地で過去の影を負って生き残る、少数民族インディアンの権利保護の運動をしている。

過去、500年は、アメリカ大陸の先住民にとって、苦難、虐殺、疾病、更に荒廃した歴史である。
疾病も、白人がもたらしたものである。

ここで、白人主義の最大の問題は、キリスト教という、野蛮に宗教である。
果たして、キリスト教は、本当に、人の心を救うような宗教だったのか・・・

更に、新約聖書のある、イエスの愛の教えとは何か・・・
その傲慢たる教えは、戦争を引き起こし、白人主義を増長させた。
両者は、両輪のように、世界を悲劇に巻き込んだである。

現在も、最も戦争を好むのは、イスラムではなく、キリスト教である。
イスラムの原理主義も、キリスト教によって、誘発された。

ユダヤ・キリスト教は、罪の許しではなく、罪を犯し続けて生きたのである。
ここで、ユダヤ・キリスト教というのは、ユダヤ教が、キリスト教の前進である。

その、教えには、全く愛とか、慈悲というものが無い。
旧約聖書を精読すれば、如何に、異民族、異教徒を殺すかということに尽きる。

何せ、その神は、怒り、嫉妬、人殺しの神である。
手が付けられない。
キリスト教の根本には、敵を愛せというように、敵というものを、想定しているのである。更に、敵など、愛したためしが無い。いつも、敵を、そして、敵ではない者までも、殺し続けている。

人類最大の、悲劇は、キリスト教によるものである。




posted by 天山 at 05:31| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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