2012年09月27日

国を愛して何が悪い34

スペインの征服者に殺されなかった者たちは、鉱山労働者、農奴、荷役動物になることを、強制された、という。

だが、そんな生易しいものではなかった。

インディアスに対する制圧は、激しい残虐行為を伴うのである。
何故、このように残酷なことが出来たのか・・・
隣人愛説く、キリスト教が何故・・・

それは、白人ではないから・・・
更に、自分たちより、劣っているから・・・

ドミニコ会司祭がカリブ海で、スペイン人の残虐行為について、目撃談を言う。

数人のキリスト教徒が乳呑み児を抱いた一人のインディアスの女と出会った。彼らは連れていた犬が腹を空かせていたので、母親の手から子供を奪い、生きたまま犬に投げ与え、犬は母親の目の前でそれをがつがつ食いはじめた。・・・出産して間もない女たちが捕虜の中にいたとき、もし赤ん坊が泣き出すと、スペイン人たちは子供の足をつかんで岩に投げ付けたり、密林の中に投げ込んだりして、赤ん坊が確実に死ぬようにした。

現場監督の誰もが、その配下にあるインディアスの女と寝るのを習慣にしていた。気に入れば、女が既婚者であろうと未婚であろうと。監督はインディアスの女と小屋に留まる一方、その女の夫は山から黄金を掘る仕事に送り出された。夕方送り出された男が戻ってくると、持ち帰った黄金の量が少ないといって、打ち据えられたり、むちを当てられ、そればかりか手足をくくられてベッドのそばの犬のように投げ出され、そのすぐ上で監督が彼の妻と横になっていることがよくあった。
トーマス・バージャー コロンブスが来てから

インディアスたちは、その状況下で生き、そして、死んだ。
1540年までに、カリブ海のインディアスは、事実上、絶滅させられたのである。

現在の、スペインは、その報いに、大きな代償を払っているのか・・・
経済状態が、EUを混乱させ、そして、壊滅させるだろう。
因果応報である。

世界は、スペインを助ける必要は無い。

更に、スペインと、カトリック教会の蛮行は、凄まじいものがある。

中南米の征服である。
史上空前の出来事である。

スペイン人、エルナン・コルテスは、わずか400人の兵士と50頭の馬で、アステカ王国を征服し、支配を確立した。

コルテスが、1519年、ベラクルスに上陸すると、インディアスに手厚く迎えられた。アステカ皇帝のモクテスマは、黄金製の宝物を車一杯に積み、歓迎した。

黄金は、スペイン人が、捜し求めていたものである。
そこで、コルテスは、部族間の争いを利用して、漁夫の利を得る。
つまり、皇帝に反対する部族を手名付け活用するのである。

コルテスは、全土に渡り、反乱部族を扇動し、近代武器で首都を攻撃し、皇帝を捕虜として、衆人の前で殺害した。そして、アステカの支配者になる。

この様が、ヨーロッパに伝えられ、その武器と、勇気と技術の勝利と賞賛され、更に、それが動機となり、西欧の新大陸侵略と、略奪の行動を駆り立てることになるのである。

コステルを真似たのが、フランシスコ・ピサロである。
1523年、計り知れない黄金に恵まれたアンデス山中の、インカ帝国について耳にしていたピサロは、インカ帝国を求めて、太平洋岸を南下する、遠征隊を組織した。

1531年、その三回目の航海で、180人の兵と、27頭の馬で出航する。

1527年、インカ帝国の王、ワイナ・カパックは、すでに死んでいた。
彼は、その帝国を、二人の息子に与えた。二人は、そこで主権を争う。

兄のアタワルパは、弟のワスカルを捕らえ、インカの首都クスコを占領して、皇帝の座に就いていた。

アタワルパは、ピサロの進軍を知り、首都の近くの温泉地にて、陣取っていた。
そこで、アタワルパに使者を送り、町の中心の広場に来るようにと、招待する。

皇帝は、同意し、その従者と共に、丸腰で行くと、ピサロを安心させた。
ところが、ピサロは、皇帝を捕虜にすることを、決めていたのである。

皇帝が、数千人の家臣を従え行くと、ピサロの従軍司祭である神父は、皇帝に対して、キリスト教への改宗を勧める。
皇帝が、それを無礼な態度として、退けると、神父はピサロに駆け寄り、皇帝を攻撃するように、促す。

そして、神父は、ピサロに告げた。
これからの流血の事態に対して、いかなる責めからも、神の名において、免ぜられると。

非武装の数千人を、あっという間に殺害し、皇帝は、人質にされ、皇帝の支配権を奪う。

皇帝は、スペイン人の求めているものが、黄金であることを知っていた。そこで、もし釈放するならば、部屋に一杯の黄金を差し出すと言う。
皇帝の命で、インカ全国から、黄金が運び込まれた。

そして、願いが叶うと、皇帝を勝手な裁判にかけて、ロープで絞め殺すという、蛮行を行う。

そして、更に、ピサロは、皇帝の腹違いの弟に、インカの王位を継がせて、首都クスコに進軍した。
皇帝を人質取り、利用するためである。
この皇帝も、スペイン人と一年間も戦ったが、勝てず、山中に逃れて、新しいインカの国を建てた。

だが、その最期の王、トゥパク・アマルも捕らえられ、クスコに連行されて、中央広場で斬首された。

スペインの征服者たちは、強制労働と貢物の強要を意味する、エンコミエンダ制を、メキシコから、ペルーに広めたのである。

だが、征服した土地は、インディアス無しでは、価値が無いものである。
征服者たちは、農業を全く知らないのであるから・・・

コロンブスが書いた通りである。
エスパニューラのインディアスこそ富そのものである。なぜなら、彼らは地を掘り、われらキリスト教徒のパンやその他の食料をつくり、鉱山から黄金を掘り出し、人間と荷役動物の労役すべてをするのが彼らだからだ。

この中南米で、スペイン人と、キリスト教カトリックが行った、虐殺は、一億人に上る。




posted by 天山 at 00:22| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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