2012年09月25日

国を愛して何が悪い32

さて、いよいよ世界史を見る。
11世紀から、13世紀にかけて、聖地奪還と掲げた、十字軍の遠征である。

白人主義と、キリスト教の侵略性、野蛮性、狂気が一度に、爆発した出来事である。

第一回は、成功したが、その後の、八回は、すべて失敗している。
敵は、イスラム圏である。

西洋史では、学ぶ事が無いが、当時のイスラム圏は、西欧より遥かに文化が高く、キリスト教徒には、歯が立たなかった。
イスラムの人々は、かれらキリスト教徒を、西欧の野蛮人として恐れ、軽蔑した。

そこから、現代のあり様を見ると、イスラム系のテロの意味が少し理解できるのである。

十字軍は、最初は、宗教的情熱に満ちていたのは、確かである。
しかし、その後は、単なる無頼の強盗団と化した。

沿道を、手当たり次第に、略奪する。

この手法は、15世紀のコロンブス以後の世界に向かう、大侵略として行われる。つまり、大航海時代である。
非白人の不幸な歴史のはじまりである。

キリスト教は、世界史に暗い蛮行を行っただけではない。
その西洋においても、中世の暗黒時代を生んだ。

派閥争い、異端審判、魔女狩り、火炙り、拷問、ホロコースト・・・
狂気の歴史を繰り返したのである。

それは、現在も続く、民族紛争と、宗教戦争である。

西洋の、戦争を上げてみると、百年戦争という、英仏の戦争、30年戦争はドイツにて、7年戦争、ばら戦争、ユグノー戦争と、国内でも多数。

現在も、アイルランドにて、カトリック、プロテスタントが、終わることのない、戦いを繰り返している。

世界の大陸の中で、西洋ほど、戦争の坩堝になった場所はない。

勿論、そのルーツは、旧約聖書による、ユダヤ、キリスト教にある。
歴史には、弁解無用である。
事実である。

15世紀からの、世界に向けて行われた蛮行は、恐ろしいことに、神の名による、聖戦と正当化されたから、たまらない。

アメリカインデアンの虐殺、黒人奴隷の酷使・・・
すべて、神が定めたという。

旧約聖書を、崇めれば、崇めるほど、そのようになる。
しかし、新約聖書の意義が、どこにあるのか・・・
それは、同種属のみの間にあるものとして、理解された。

それを推し進めた、白人主義である。
白人が、すべてを治めるというのである。

キリスト教の中でも、特出して、酷いのは、ローマカトリックである。
一度、法王、ヨハネ・パウロ二世が、その1000年間の蛮行を謝罪、そして、罪を懺悔するために、各地を巡回したことがあった。

それ以前は、一度も、そんなことをしなかった。

人類に与えた、カトリックの功罪は、許されるものではない。

ただし、言えることはある。
せめても、白人たちは、今、少しばかり、神父や、牧師という、キリスト教の制御によって、人間の欲望をコントロールするようになった。

アメリカ大統領の就任に際して、聖書に手を載せて、正義の政治を誓うという行為。

それでも、国益、自分の利益のためだけに、戦争を起こすアメリカである。

さて、もう少し踏み入ると、ユダヤ・キリスト教では、人間が支配するという、自然の善悪を、人間の都合に置き換えている。

そこには、支配階級と、人間中心主義の自然観があるのみ。
それが、また、自然科学に影を落とした。

ダーウインの進化論は、端的にそれを現す。
生物界は、優勝劣性、適者生存、弱肉強食で、自然淘汰されるというものである。

強い者が、栄えて、弱い者が、滅びるという、実に、単純なものである。

この進化論は、生物の進化にとどまらず、人間社会、社会活動の新しいパラダイム(規範、枠組み)誕生の導火線ともなった。優勝劣敗の思想は、商品経済の発展とともに古い秩序から解放された新しい時代、産業革命、自由競争主義、資本主義という時代を切り拓いてきたと言われる。
破約の世界史 清水馨八郎

であるから、強い者は、いよいよ強く、富を独占し、弱い者が、切り捨てられるのは、進化のために、やむをえないという、非情な独占資本主義に進むのである。

だが、果たして、自然界は、弱肉強食の世界なのか・・・

日本人の自然観に立てば、それは、違うことになる。
食うか食われるかの、自然界として認識しているが、実は、棲み分けの原理が働いているというのである。

つまり、動物たちは、出来るだけ相互にテリトリーを持って、争いを避け、棲み分けによって、共存しているという。
これは、ユダヤ・キリスト教の世界観とは、大きく異なるのである。

西欧の、階級支配の自然観が、人間世界に大きな影響を与えたのが、人種差別である。
これは、実に、恐ろしい出来事だった。

人種差別は、近代ヨーロッパの世界支配の中で、全世界に適用されたのである。

今、それを考えてみるに、如何に、その考え方が、野蛮極まりないものであったかである。

更に、それは、キリスト教を受け入れない地域、人たちを、未開、野蛮と蔑み、その社会、文明の担い手たちを、奴隷にする。または、虐殺するという、蛮行に打って出たのである。

そして、地球環境の破壊が、はじまったのも、その時からである。

これが、一人の人間であれば、万死に値する。




posted by 天山 at 00:00| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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