2012年09月23日

もののあわれについて584

今日は、中宮の御読経のはじめなりけり。やがてまかで給はで、やすみ所とりつつ、日の御装ひにかへ給ふ人々も多かり。さはりあるはまかでなどもし給ふ。午の時ばかりに、皆あなたに参り給ふ。大臣の君をはじめて奉りて、皆つきわたり給ふ。殿上人なども残るなく参る。多くは大臣の御勢ひにもてなされ給ひて、やむごとなくいつくしき御ありさまなり。




今日は、中宮の御読経の第一日目である。そのまま、音楽の後も帰らず、六条の院で休憩所をとり、束帯にお召し替える方々も多い。用事のある方々は、退出される。昼頃に、皆、あちらにおいでになる。大臣、源氏をはじめとして、皆、ご着席になる。殿上人なども、揃って、参上する。多くは、大臣、源氏の御威勢に助けられて、堂々と、尊厳な御法会である。




春の上の御こころざしに、仏に花奉らせ給ふ。鳥蝶にさうぞきわけたるわらべ八人、容貌などことに整へさせ給ひて、鳥には、銀の花瓶に桜をさし、蝶は、金の瓶に山吹を、同じき花の房いかめしう、世になき匂をつくさせ給へり。南の御前の山際より漕ぎ出でて、御前に出づる程、風吹きて、瓶の桜少しうち散りまがふ。いとうららかに晴れて、霞の間より立ち出でたるは、いとあはれになまめきて見ゆ。わざと平張なども移されず、御前に渡れる廊を、楽屋のさまにして、仮に胡坐どもを召したり。わらべども御階のもとに寄りて、花ども奉る。行香の人々とりつぎて、アカに加へさせ給ふ。御消息、殿の中将の君して聞え給へり。




春の上からの、御心として、仏に花をお上げになる。鳥と蝶とに、衣装を分けた童女八人、器量のよい者を特に揃えて、鳥には、銀の花瓶に桜をさし、蝶には、金の瓶に山吹をさす。同じ花としても、房も立派で、素晴らしく色艶の良い物ばかりを、選んだ。南の築山の向こう際を通り、漕ぎ出して、中宮の御前の庭に出る頃には、風が吹き、瓶の花が少し、散り惑う。まことに、うららかに空は晴れて、霞の間から、童女たちが出て来たのは、見事に美しいのである。
わざと、平張などを持って来させず、御殿に続く渡殿を楽屋として、仮に胡坐を幾つか、並べた。童女たちは、御階の傍に近づき、花を差し上げる。行香の人々が、それを受け取り、アカの棚に置くのである。
お手紙は、中将の君に、夕霧に託して、差し上げる。





花園の 胡蝶をさへや 下草に 秋まつ虫は うとく見るらむ

宮、かの紅葉の御かへりなりけり、とほほえみて御覧ず。昨日の女房達も、「げに春の色はえおとさせ給ふまじかりけり」と、花におれつつ聞え合へり。うぐひすのうららかなる音に、鳥の楽はなやかに聞きわたされて、池の水鳥もそこはかとなくさへづりわたるに、急になりはつる程、飽かず面白し。蝶はまして、はかなきさまに飛び立ちて、山吹のませのもとに、咲きこぼれたる花の蔭に舞ひ入る。




紫の上
春の花園の、美しい胡蝶までも、秋を待つと言う、あなたには、つまらないものと、御覧になることでしょう。

中宮は、あの紅葉のお返しだと、微笑み、御覧になる。昨日の女房達も、本当に、春の美しさを負かせることは、できませんようです、と、花に見惚れて、口々に申し上げる。鶯のうららかな音に、鳥の楽が華やかに響き渡り、池の水鳥も、何となく、囀り合う。楽の調子が、急になって、終わる頃には、惜しいと思うほど面白いのである。蝶は、はかなきさまに、ひらひらと、飛び上がり、山吹のもとに、咲きこぼれた花の蔭に、舞い隠れる。

急とは、一曲の中の最後を言う。
序、破、急から、一曲が成る。




宮の亮をはじめて、さるべき上人ども、禄とりつづきて、わらはべにたぶ。鳥には桜の細長、蝶には山吹がさね賜はる。かねてしも取りあへたるやうなり。物の師どもは、白きひとかさね、腰ざしなど、つぎつぎに賜ふ。中将の君には、藤の細長添へて、女の装束かづけ賜ふ。御かへり
秋好「昨日は音に泣きぬべくこそは、

こてふにも さそはれなまし 心ありて 八重山吹を 隔てざりせば

とぞありける。すぐれたる御労どもに、かやうのことは堪へぬにやありけむ、思ふやうにこそ見えぬ御口つきどもなめれ。




中宮職の次官以下、然るべき、殿上人が、手から手へと、ごほうびを取り次いで、童に下される。
鳥には、桜かさねの細長を、蝶には、山吹かさねの細長を、下さる。まるで、以前から、準備してあるようだ。楽人たちは、白い衣、一そろいや、巻絹などを、頂戴する。中将様には、藤の細長を添えて、女の装束を、お与えになる。御返事は、
秋好 昨日は、声を上げて、泣いてしまいそうでした。
胡蝶にも、ついつられてしまいたいと・・・わざわざ、八重山山吹で、隔てを作りにならなければ・・・

立派な身分の方であるが、お歌の方は、あまり上手ではないのかと、想像した程でもない、歌詠みである。




まことや、かの見ものの女房達、宮のには、皆けしきある贈物どもせさせ給うけり。さやうの事くはしければむつかし。明け暮れにつけても、かやうのはかなき御遊びしげく、心をやりて過ぐし給へば、侍ふ人もおのづから、物思ひなきここちしてなむ、こなたかなたにも聞え交し給ふ。



そういえば、あの見物役の、女房達で、中宮づきには、紫の上から、一人残らず、結構な贈物を数々遣わした。そんなことを、並べ立てるのは、煩いでしょうから、省略します。
朝に夕に、このような、慰みの遊びも、数多く、皆様、ご機嫌よく、暮らしています。お付の女房も、いつしか心配など無い気持ちがしている。お互い同士、お手紙のやり取りをされる。

作者の感想か・・・
こなたかなた、とは、紫の上と、中宮のことである。




posted by 天山 at 05:31| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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