2012年09月22日

もののあわれについて583

暮れかかるほどに、わうじやうといふ楽いと面白く聞ゆるに、心にもあらず、釣殿にさし寄せられておりぬ。ここのしつらひ、いとことそぎたるさまに、なまめかしきに、御方々の若き人どもの、われおとらじ、と尽くたる装束容貌、花をこきまぜたる錦に劣らず見えわたる。世に目なれずめづらかなる楽ども仕うまつる。舞人など、心ことに選ばせ給ひて、人の御心ゆくべき手の限りを尽くさせ給ふ。




暮れかかる頃、おおじょうという、楽が大変趣深く聞える中を、残念ながら、舟は釣殿に、差し寄せられ、降りることになった。ここの造りは、簡略ながらも、素晴らしく、お二方の若女房が、我劣るらじと、心を尽した着物も、器量も、花をとりまぜた、錦に負けないくらいに、見渡される。普通は知られていない、結構な音楽を色々と奏する。舞人なども、殿様が特別に選んで、見物する者が、満足されるように、あらん限りの技をやらせるのである。




夜に入りぬれば、いと飽かぬここちして、御前の庭にかがり火ともして、御階のもとの苔の上に、楽人召して、上達部、親王達も、皆おのおの弾物吹物とりどりにし給ふ。物の師どもことにすぐれたる限り、双調吹きて、上に待ちとる御琴どものしらべ、いとはなやかにかきたてて、「あなたふと」あそび給ふ程、生けるかひあり、と、何のあやめも知らぬしづの男も、御門のわたりひまなき馬車のたちどにまじりて、笑みさかえ聞きけり。空の色、物の音も、春の調べひびきはいとことまさりけるけぢめを、人々思しわくらむかし。よもすがら遊び明かし給ふ。かへり声に喜春楽立ちそひて兵部卿の宮「青柳」折りかへし面白くうたひ給ふ。あるじの大臣と言加へ給ふ。




夜になり、まだまだ飽き足りない気持ちゆえ、皆それぞれ、弦楽器、管楽器など、得意のものをされる。師匠格の楽人でも、特別上手な者たちが、双調を吹き、殿上で受けて合わせる、御琴の調べが、派手な音を立てて、「あなたふと」を合奏するところは、生きていた甲斐があったと、何も解らぬ、低い身分の男までも、御門一帯に、ぎっしりと、馬や車の立つところの間に交じり、顔中笑い、聞いている。
空の色も、楽の音も、春の調べと響きは、よそよりも、ここは極めて勝っている。その違いの程を、一同は解ったことであろう。一晩中、音楽で明かされ、かえり声に、喜春楽が加わり、兵部卿の宮が、「青柳」と繰り返し、面白く歌う。源氏も、それに声を添えるのである。

兵部卿は、源氏の弟である。

宮廷の雅な様子が、描かれている。




夜も明けぬ。朝ぼらけの鳥のさへづりを、中宮は物隔てて、ねたう聞召しけり。いつも春の光をこめ給へるおほ殿なれど、心をつくるよすがのまたなきを、飽かぬことに思す人々もありけるに、西の対の姫君、こともなき御ありさま、大臣の君も、わざと思しあがめ聞え給ふ御けしきなど、みな世間の聞え出でて、思ししもしるく、心なびかし給ふ人多かるべし。わが身さばかりと思ひあがり給ふきはの人こそ、たよりにつけつつけしきばみ、言出で聞え給ふもありけれ、えしもうち出でぬ中の思ひに燃えぬべき、若君達などもあるべし。そのうちに、ことの心を知らで、内のおほいとのの中将などはすきぬべかめり。




夜も明けた。明け方の鳥のさえずりを、中宮は、築山を隔てて、ねたましくお聞きになる。いつも、春の光が一杯の、六条の院であるが、一つ心を寄せる姫君が、ないものを物足りなく思う、方々もいたが、西の対の姫君の、美しいことや、殿様も、特別に大事にしている御様子などが、事細かに、世間に漏れていたため、殿様の予想通り、心を寄せる方も多いようである。自分は、懸想してもいいと自負している身分の方は、手づるを求めて、ほのめかしたり、口に出して言うが、中には、口にはせずに、ただ胸ばかりで、焦がれている若者たちもいるらしい。そんな中に、事情を知らず、内大臣の息子の中将なども、想いをかけている様子である。

この姫君とは、玉葛のことである。

中将とは、柏木のことである。




兵部卿の宮はた、年頃おはしける北の方もうせ給ひて、この三年ばかり、ひとりずみにてわび給へば、うけばりて今はけしきばみ給ふ。けさもいといたうそらみだれして、藤の花をかざして、なよびさうどき給へる御さま、いとをかし。大臣も、思ししさまかなふと下には思せど、せめて知らず顔をつくり給ふ。御かはらけのついでに、いみじうもてなやみ給うて、宮「思ふ心待らずは、まかり逃げ侍りなまし。いと堪へがたしや」と、すまひ給ふ。


紫の ゆえに心を しめたれば 淵に身なげむ 名やはをしけき

とて、大臣の君に、同じかざしを参り給ふ。いといたうほほ笑み給ひて、

源氏
淵に身を 投げつべしやと この春は 花のあたりを 立ちさらで見よ

と、せちにとどめ給へば、え立ちあかれ給はで、けさの御遊び、ましていと面白し。




兵部卿の宮は、長年連れ添った、北の方も、お亡くなりになり、ここ三年ばかり、独り身で寂しがっていらっしゃるものだから、公然と今は、求婚の気持ちを示している。今朝も、酷く酔ったふりをして、藤の花を冠のかざしにして、しなやかに、うきうきしていらっしゃる様子は、美しい。殿様も、計画通りだと、心の中では思うが、わざと気づかない振りをする。宮は酒宴の時に、酷く苦しそうになさり、思うところがございませんなら、逃げ出したいところです。とてもたまりません。と、盃を辞退される。


ゆかりのあることゆえに、心を奪われてしまった。淵に身を投げましょう。名誉など、どうでもいい。

と、言い、源氏に、同じ藤の花のかざしを差し上げる。源氏は、すっかり笑顔になり、

源氏
淵に身を投げるだけの価値があるかどうか。この春の花の傍を離れずに、見るがよい。

と、無理に引き止めるので、一人帰ることも出来ずに、今朝の御遊びは、一層面白いのである。

紫の
古今
紫の ひともとゆえに 武蔵野の 草はみながら あはれとぞみる

源氏の思った通りの展開になってきた。
玉葛への、兵部卿の求婚である。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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