2012年09月20日

もののあわれについて581

かやうにても、御かげに隠れたる人々多かり。皆さしのぞき渡し給ひて、源氏「おぼつかなき日数つもる折々あれど、心の中におこたらずなむ。ただ限りある道の別れのみこそ、うしろめたけれ。命ぞ知らぬ」など、なつかしく宣ふ。何れをも程々につけて、あはれと思したり。われはと思しあがりぬべき御身の程なれど、さしも事々しくもてなし給はず、所につけ、人の程につけつつ、あまねくなつかしくおはしませば、ただかばかりの御心にかかりてなむ、多くの人々年を経ける。




これくらいのあり様で、源氏の世話になる婦人たちは多い。その住まいの皆に、一人一人顔を出して、源氏は、無沙汰に過ごす日が多くなることが時にはあっても、心のうちでは、忘れていない。ただ、命が尽きて、お別れだけが、心配です。命は、解らないことです。などと、優しくおっしゃる。どの婦人に対しても、その身分に応じて、情けを持っている。我こそは、と、思い上がった心になりそうな、身分であるが、そのような横柄な振る舞いはしない。場所に応じ、身分に応じて、どなたにも、なつかしく、優しく接するのである。ただ、それだけを、拠り所にして、多くの婦人たちが、年月を送っている。

あはれと思したり
愛情持って、情け深く、など、心のあり様を言うのである。

憐れみではない。
哀れではない。

この、源氏の心に、もののあはれ、というものを、表現して、描いた物語なのである。




今年は男踊歌あり。内裏より朱雀院に参りて、次にこの院に参る。道の程遠くて、夜、明け方になりにけり。月の曇りなく澄みまさりて、薄雪すこし降れる庭のえならぬに、殿上人など、ものの上手多かる頃ほひにて、笛の音もいと面白く吹き立てて、この御前はことに心づかひしたり。御方々も物見に渡り給ふべく、かねて御消息どもありければ、左右の対、渡殿などに、御局しつつおはす。西の対の姫君は、寝殿の御方に渡り給ひて、こなたの姫君、御対面ありけり。上も一所におはしませば、御凡帳ばかり隔てて聞え給ふ。




今年は、をとこどうか、あり。まず宮中から朱雀院に参上して、次に、六条の院に参上する。道のりが遠いので、夜の明け方になっていた。月は、一点の曇りもなく、澄み渡り、薄雪が少し降り積もった。言いようもない、美しい庭に、殿上人などで、音楽の上手な人が多いこの頃のとこで、笛の音も、大変面白く吹き鳴らし、六条の院の御前では、特に、気を配っているのだ。ご婦人方も、見物にお越しになるようにと、前もってお手紙があったので、寝殿の左右の対の屋、渡り廊下などに、席を設けて、おいでになる。西の対の姫君は、寝殿の南の部屋においでになり、明石の姫君と対面した。紫の上も一緒なので、凡帳だけを間に置いて、お話になる。




朱雀院の后の宮の御方など巡りける程に、夜もやうやう明け行けば、水駅にて、ことそがせ給ふべきを、例あることよりほかに、さま異に事加へて、いみじくもてはやさせ給ふ。影すさまじき暁月夜に、雪はやうやう降りつむ。松風小高く吹きおろし、ものすさまじくもありぬべき程に、青色のなえばめるに、白襲の色あひ、何の飾かは見ゆる。かざしの錦は、にほひもなきものなれど、所がらにや面白く、心ゆき、命延ぶる程なり。殿の中将の君、内の大殿の君達、そこらにすぐれて、めやすくはなやかなり。




朱雀院の、母后の御所などを廻り、夜も次第に、明けてゆくので、水駅で、簡単にされるはずだったが、決まり以上に、特別に追加して、とても景気をつけるのである。身の引き締まるような明け方の月に、雪は段々と降り積もる。松風は高い木の上から吹きおろし、興ざめしかねない時分に、人々の、青色のうえの絹の、柔らかくなったのに、白い下重ねを着ている色の、取り合わせは、何の飾り気も感じられない。頭につけた、かざしの綿花は、色艶もないが、場所のせいか、風情があり、心も満ちて、命も延びる頃である。殿の中将の君と、内大臣の子息たちは、大勢の中でも、特に立派で、気持ちよく、派手である。

この中将とは、夕霧のことである。

水駅、とは、酒や湯を出す場所であり、饗応である。




ほのぼのと明け行くに、雪やや散りて、そぞろ寒きに、竹河謡ひて、かよれる姿、なつかしき声々の、絵にもかきとどめ難いからむこそ口惜しけれ。
御方々、何れも劣らぬ袖口ども、こぼれいでたるこちたさ、物の色あひなども、曙の空に春の錦立ち出でにける霞の中かと見渡さる。あやしく心ゆく見物にぞありける。さるは高巾子の世離れたるさま、寿詞のみだりがはしき、鳴子めきたることもことごとしくとりなしたる、なかなか何ばかりの面白かるべき拍子も聞えぬものを。例の錦かづき渡りてまかでぬ。




ほのぼのと夜が明けて、雪がちらつき、何となく寒いが、竹河を謡い、寄り添う舞姿、優美な楽の声などは、絵にも描き残せないのが、残念である。
ご婦人方の、どなたも、いずれも劣らぬお召し物の袖口が、御簾からこぼれ出ている豊かさ。色合いなども、明け行く空に、春の霞が姿を現した霞かと見える。本当に、満足できる、見物であった。とは言え、高い巾子、こうじ、の世間離れした様子と、祝いの言葉を述べる騒々しさ、馬鹿らしいようなことも、最もらしく行為する様は、かえって、何と言うほどの面白い拍子も聞えないが、例の如く、錦を頂戴して、退出した。

春の錦立ち出でにける
古今集 素性法師
見渡せば 柳さくらを こきまぜて 都ぞ春の 錦なりけり




夜明け果てぬれば、御方々帰り渡り給ひぬ。大臣の君、すこし大殿籠りて、日高く起き給へり。源氏「中将の声は、弁の少将にをさをさ劣らざらめるは。あやしく有職ども生ひ出づる頃ほひにこそあれ。いにしへの人は、まことに賢き方やすぐれたることも多かりけむ。情だちたち筋は、この頃の人にえしもまさらざりけむかし。中将などをば、すくずくしき公人にしなしてむとなむ思ひおきてし。みづからのあざればみたるかたくなしさを、もて離れよと思ひしかど、なほしたにはほのすきたる筋の心をこそとどむべかめれ。もてしづめ、すくよかなるうはべばかりは、うるさかめり」など、いとうつくしと思したり。万春楽、御口ずさみに宣ひて、源氏「人々のこなたにつどひ給へるついでに、いかでものの音こころみてしがな。私の後宴すべし」と宣ひて、御琴どもの、うるはしき袋どもして秘めおかせ給へる、皆引き出でて、おしのごひて、ゆるべる緒整へさせ給ひなどす。御方々、心づかひいたくしつつ、心けさうをつくし給ふらむかし。




夜が明けたので、見物の御婦人たちは、それぞれ、お帰りになった。大臣の君は、少し眠られて、日が高くなってから起きられた。そして、中将の声は、弁の少将に比べてほとんど、劣っていないようだ。変にベテランが現れるこの頃だ。昔の人は、本当に学問の面で優れたことも、多かったが、趣味の面では、近頃の人には、とても適わないだろう。中将などを、生真面目な役人にしょうと決めていた。自分の風流に偏る融通のなさを、真似させないようにと思ったが、やはり心の中には、遊びの事も、心得ていなければならない。表向きは澄まして、真面目にしているだけでは、駄目だろう。などと、可愛いと思うのである。万春楽を口ずさみつつ、源氏は、女の方々が、こちらに集まり、どうかして音楽会をやりたいものだ。こちらの、後宴をしよう。と、おっしゃり、弦楽器などの、見事な袋に入れた秘蔵のものなどを、皆取りだして、ほこりを払い、緩んでいる糸を調律させる。ご婦人方は、気を使い、心の準備を充分にしていらっしゃるらしい。

中将の君とは、源氏の子、夕霧である。
我が子の成長を、可愛いと思う、父親としての、源氏が見られる。

初音を終える。




posted by 天山 at 06:08| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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