2012年09月17日

性について216

対象を糞便の延長線上にしか見ず、対象に対する攻撃と支配に重きをおく肛門的人格体制は、独自の存在をもつ対象にぶつかって破綻する。幼児は、この独自の存在をもつ対象との新しいかかわり方を見出さねばならない。ここで、自己と対象とをつなぐものとして登場してくるのが男根である。男根は、自己の肉体から突き出ていて、対象の肉体のなかにはいり、自己と対象とを一体とする。リビドーは、男根に集中される。
岸田

という、男根期である。

幼児の最後の期間である。

フロイトは、この男根期までは、男の子と、女の子は、同じ過程を進むとみた。しかし、この時期から、両者が別れてゆくのである。

女の子には、クリトリスが男根の役割を果たすが、あまりに、それは小さい。やがて、膣が発見されて、リビドーは、膣に移行するという、説である。

膣リビドーは、対象の男根を受け容れることにより、自己と対象とを、つなぐことを目指すといわれる。

だが、私は、この説をすんなり受け入れることは、出来ない。
その前に、膣より、クリトリスの快感を覚えるのである。

あらかじめ、決めておいたような説に、無理やり、合わせたという感じがする。

学者によると、男、女は、別々の過程を辿るという主張する人もいる。その方が、受け入れやすい。

さて、ここからは、聞き慣れた、エディプス・コンプレックスの時期に入る。
母親との、性行為を望み、父親に敵対する、と言う説である。

女の子は、母親をリビドーの対象とするが、そのうちに、父親に対象を切り替えるという。
この説明を延々と続けてきた、心理学の世界である。

だから、省略する。

いずれにせよ、エディプス願望は、挫折する。
挫折した、男根、膣リビドーは、抑圧され、残存していた、口唇リビドー、肛門リビドーと、混ざり合い、潜伏期の間は、目立った活動をしないのである。

あくまでも、仮説である。
その仮説を、真っ当だと、これにかこつけて、様々に分析してきたのが、世界の心理学である。
そして、日本の心理学である。
そこには、自分の幼児期の分析は、無い。棚上げしている。

知らぬ人は、ああそうかなーーー程度に聞いている。

そして、やがて、嵐の時期がくる。
思春期である。

肉体が成熟して、性交渉が出来る状態になる。
大量のリビドーが溢れる。
その、リビドーの正常なはけ口は、性交である。

性行為が出来れば、問題がない。ところが、無理である。社会的に・・・
ここで、正常なリビドーのはけ口を、性交と考えることである。
リビドーのはけ口は、マスターベーションである。

性行為が、社会的に認められなければ、方法は、それである。

心理学者は、正常な性交以外の満足の形式を知り、その形式に固着している・・と言う。マスターベーションといえば、済むことだ。

だが、その固着が、性倒錯を生むらしい。

成熟した、性器と、性器リビドーと、それ以前のリビドーを、前性器リビドーと呼ぶ。
その二つのリビドーの戦いがあるというのだ。

前性器リビドーが勝てば、性倒錯者になる。
性器リビドーが勝てば、一応正常者となる。

そのために、延々と説明する必要はないだろう。

ただ、面白いのは、性器リビドーが勝利を得た後でも、正常な性交で、何らかの挫折体験をきっかけに、前性器リビドーが勢力を盛り返して、性倒錯に移行することもあるという。

ここで強調しておきたいが、人間においては、成熟した異性同士の男根と膣の結合というリビドーの正常な表現形式は、けっして本能的なものではない。・・・人間の場合も、正常な性交は本能に規定されていると思われがちであるが、けっしてそうではない。
岸田

それは、エロスの発達の成果である。

個人を正常な性交に向かわせるのは性器リビドーであるが、リビドーが性器に備給されるのは、個人が、自己とは別個の独自の存在としての対象を発見し、この対象と自己とをつなぐものとしての男根の役割を、あるいはその男根を受け容れる膣の役割を認識したときにはじまるのであって、本能的、生理的に条件づけられているのではない。この認識がなければ性器リビドーは生じない。
岸田

私は、素人なので、ここまで書かれると、思わず、笑ってしまう。
だが、それが、まだまだ続く・・・

要約する。
認識は自我の機能であり、性器リビドーを成り立たせているのは自我である。自我は、現実原則に従っている。更に、快感原則に従って動くエスの衝動を統制し、有効に利用しようとする。

正常な性交は、自我が、対象関係の確立と種族の保存という二つの現実的に価値ある目的のために、快感だけを求める前性器リビドーを統制することに成功したときにはじめて欲求されるのである。人間は、本能だけに従っていたのでは、自己保存はおろか、種族保存すら可能でない。
岸田

岸田氏の、意見として、参考にさせて頂きます。ところで、先生は、大丈夫なのでしょうか。まさか、不能ということは、ありませんよね・・・
素人の私は、それを心配してしまうのである。



posted by 天山 at 05:42| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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