2012年09月05日

霊学76

更に、退行と創造性ということについて考えてゆくと、フロイトの場合は、退行を病的なものと考えた裏には、それが母親との近親相姦的な結合であるという、イメージが存在していると、考えたのである。

ここで、心理学では、フロイトの説を取り上げると、どうしても、性的、そして、近親相姦的な問題に至る。
これは、フロイトの病である。

人間が、ヒトから人間になる過程で、近親相姦を乗り越えてきたのは間違いないが、それに捉われると、誤る。

フロイトは、ユダヤ人である。
ユダヤ人は、特に、それを恐れていた節がある。

だが、旧約聖書も、改竄されているため、中々、その根拠がつかめない。

モーゼ十戒の中に、母子、父子の関係を禁止しているものはない。
だが、それは、通常に行われていたのである。

白人は、近親相姦によって、成り立った人種であるから、それを特に、恐れるのだろう。それを、フロイトが代表して著した。

人類は、今に至るまで、近親相姦の危険に晒されている。
だから、フロイトの言い分も、ある程度は、納得する。

しかし、それは、少数派である。
多くは、マザー、ファザーコンプレックスとして、処理しているはずだ。

古代日本でも、母と子の関係を穢れとして、認識していた。
それが、意識下に残り・・・
そして、時に、意識の表面に出て・・・

今は、異常と判定されるが、性の有様は、百人百様であり、それを昇華して成り立つのが、人間性である。

さて、ユングは、創造的な退行を考える時、個人的な近親相姦としてではなく、普遍的な母なるものとの、合体としてみるのである。実に、健康的である。
勿論、そこに至るまでの、道のりはある。

ここで、問題なのは、それは、再生へと志向する、死の体験として、了解されるということである。
と、このように書かれると、はあーーーとなる。

とても、長い説明が必要になる。

フロイトが、個人的な親子関係を基にして、エディプス・コンプレックスを強調する。一方、ユングは、普遍的な母なるものの存在を主張するのであり、フロイトと袂をわかったのである。

そこで、今も、両者の言い分は、定義として、そこから、語られる心理学である。

本当は、ここで、仏教の唯識などを、持ってくると、非常に面白いのだが、それは、別のエッセイに譲る。

普遍的な母なるもの・・・
何と、耳障りが良い言葉だろう。
それに、騙される、心理学者たち。

普遍的な母なるものという、考え方を導入することで、退行の持つ創造性ということが、より生き生きと説明できるようになったという、経緯がある。

これで、ユングの、原型、元型の、概念が生まれた。それが、また、ユング心理学の核心である。

ここで、心理学の概念ではなく、哲学的概念であることを、加えておく。

何故なら、哲学的概念は、時代性と時代精神によって、刷新されなければならないからである。

勿論、ユングの元型は、実に素晴らしい人間性の、心理学を生み出してくれたことは、否定しない。

私がいいたいことは、言葉に騙されるな、である。

母なるもの・・・
それで、次の言葉を失う。

ユングは、分裂病の幻覚、妄想を研究するうちに、それらが、世界中の、神話、昔話などと、共通のパターン、主題があることに気づいた。

ユングは、これらの、典型的なイメージを最初、原始心像と、呼んだ。

その言葉は、ヤーゴプ・ブルクハルトという人の用語である。
そして、同じく、バッホーフェンという人にも、影響を受けた。
それは、ユングが高校、大学を過ごした、バーゼルの住人だった。

彼らは、宗教、神話の研究に専念していた。
中でも、母性に関する論文が多い。

そして、ユングも、イメージの世界への深い関心を持った。

彼らは、概念を明確にし、それを組み立てることより、その背後に存在するイメージの生命に、ひかれていた。
それは、実に、健康的である。

ユングは、原始心像という、用語を用いて、それらのイメージを捉え、研究をはじめたのである。
そして、イメージのもととなる型が、無意識に存在すると考えた。それを元型と呼んだ。

1919年の、本能と無意識、という論文において初めて紹介される。

原始心像は、元型的イメージであり、そのイメージを通じて、無意識に存在する、色々な元型を探るという試みが、ユングの心理学の重要な課題となったのである。

その恩恵を受けて、心理学は、飛躍的に発展してゆく。

勿論、初期の頃は、多くの誤解を生んだ。
それは、元型は、無意識内に存在するものとして、意識によって、把握できないもの。仮説的概念である。
この意識内における、働きを自我がイメージとして把握するものが、元型的イメージである。
つまり、原始心像である。

だが、元型と、元型イメージを混同していたのである。

それでは、ユングが混同していたものは何か、ということである。
次に続ける。



posted by 天山 at 06:06| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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