2012年09月01日

神仏は妄想である。383

道教の経典に関して、記述するのは、大変なことである。
諸説ある。

だが、その経典は、道教独自に成り立った訳ではない。
仏教と、対決するために、そっくりと、仏教の経典を真似たものである。

例えば、大蔵経や、十二部経の分類法である。

ただ、簡単に要約する。
下出氏の、案内に従い書くことにする。

第一は、哲学的部門であり、道教の神学に属するものすべてを扱う。
この部門は、道家、陰陽五行、易などが入る。
第二は、伝記的部門である。
神仙、道士の伝記を中心とする。
系譜や、語録、詩集などである。

第三は、数術である。
これは、方術を言う。日本で言えば、方位学となる。
勿論、日本の方位学といわれるものの多くは、省略、単純にされたものである。
学などとは、つけられない程、安易なものである。

第四は、医術的部門である。
量的には、この部門に属するものが、最も多い。その方法も、非常に多くの種類に分れている。
第五は、倫理的部門である。
中国民衆の道徳生活に、深く関わる。儒教よりも、強く影響を与えた。
だが、今は、そんな道徳など一切ないようである。

その中で、最も、量が多いといわれる、医術である。
前回も、それは、書いたとおり。

へき穀、服餌、煉丹、調息、導引、房中である。

へき穀は、五穀を避けて、火食を断つこと。
その理由は、人間の精神は、本来、自由であるが、肉体のために、束縛されて、長生きが妨げられるというもの。よって、へき穀により、肉体を清浄に保つという。そのための、方法である。

その良し悪しについては、今は、避ける。

服餌とは、不老長生を計るための、種々の薬の服用法である。
煉丹とは、その製造法である。

煉丹で、最高に重んじられたのが、神仙になるための、性能の特に高い、金丹とか、神丹と呼ばれる仙薬の製法で、単に病気を治すための薬は、下薬といわれた。

調息と、導引は、同じ趣旨のものである。
身体中の気を保つ方法である。
腹式深呼吸、柔軟体操、マッサージ・・・

道教の神学にある、気、というものの、取り入れ方である。

天地の元気を呼吸して、その気を損ずることのないようにという。
無病息災で、長生きができるというもの。

房中とは、そのものズバリ、セックスである。
調息や、導引と同じだが、これは、男女の関係が必要である。

性生活の調和を計ることにより、元気を保存して、長生きをするというもの。

兎に角、長生きの秘訣なのである。

上記を読んで、日本で言われる、健康法のすべてが、ここから、出ていることが解るというものだ。

この医術は、決して病を治すものではない。
中には、そのような薬もあるが、それは、下薬として、劣等視されていたのである。

ところが、隋、唐の時代の、医書には、道教の医術を取り入れているものが、多数ある。
それらは、病を治すという意味の方が強い。

そして、日本の医術は、隋唐の医術の完全な、影響下にあったということである。
つまり、日本の医術は、それとは知らず、受け入れていたのである。

隋唐の、医学として、取り入れてしまった日本である。

そして、漢方といわれるものも、である。
実に、恐ろしいが、事実である。
厳密に言えば、漢方の源流である。

日本で、現存する、最古の医書は、医学を家の伝統とする、丹波康頼が、円融天皇に奏進するために、平安中期の永観二年、984年に著した、医心方、である。
30巻である。

それは、隋の巣元方の、病源候論、に基づいて著されたものである。
当時は、最も、正統的な医書である。

その内容は、主要な、治病方をあげて、仔細に述べている。そして、本草・薬性などとともに、養性、服石、房中などを、独自の項目にして、論じている。

注目は、道教の医書が、大きく取り上げられていることである。

平安初期までに、日本にもたらされた、医書の半分以上が、道教の系譜をひくものであるというのが、驚きである。

下出氏は、間接的なものを含めれば、そのほとんどが、道教からのものだと言う。

日本の医学の、平安期以後は、その医術と治療法は、道教からのものであると、断定できるのである。

よほど、興味のある人にしか、解らないことである。
現在も、漢方薬として飲むものの中には、道教の仙薬の一つを飲んでいるのである。

私も、ここに至り、今までの、無知を知らされたのである。
如何に、道教が日本に深く関わっていたのか・・・
計り知れないのである。




posted by 天山 at 00:05| 神仏は妄想である。第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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