2012年08月28日

国を愛して何が悪い28

彼らの非情な掠奪性、侵略性、野蛮性の本性は。十字軍の蛮行( 白人はこれを聖戦と呼ぶ )やコロンブス以来の世界侵略( 大航海時代と呼ぶのは白人側からみた一方的な自己賞賛の史観だ )の手口、英米アングロサクソン族の世界制覇の手口、特に第二次大戦におけるアメリカの日本侵攻と原爆投下の蛮行などにバイキング精神は一貫して流れているのである。三つ子の魂は、百まで変わらないのである。
破約の世界史 清水馨八郎

ヨーロッパの歴史を見る。
四世紀頃にはじまる、北方ゲルマニア民族の南方大移動により、開始された。
彼らの現住地は、スカンジナビア半島の南部と、バルト海海岸地帯である。

この民族の大移動により、ローマ帝国は東西に分裂し、やがて西ローマ帝国は、滅亡していく。

ゲルマン民族は、土着の民族を征服し、略奪して各地に王国を作る。
その後、8世紀から、11世紀に渡り、同じスカンジナビア南部と、バルト海に残る北方人のノルマン人が、バイキングとなり、ヨーロッパ全域に侵入し、四世紀に渡り、爆発的に跳梁してまわったのである。

バイキングとは、海賊である。

バイキング、ノルマン人は、入江に住む海洋民族である。

彼らは、ゲルマン人の大移動の際に、動かなかった。何故、動き出したのかは、未だに、謎である。

バイキングは、居住地、言語、風習などから、スウェーデン、ノルウェー、デンマークの三部族に大別される。

彼らは、全ヨーロッパの海外から地中海にまで及び、河川があれば、入江と見立てて、どんどんと、さかのぼったのである。
いや、攻め上がったのである。

手当たり次第、食糧や財宝を奪う。そして、放火し、殺戮を繰り返した。

やがて、既存の先住民族の王国を滅ぼす。

現在の、英仏などの、ヨーロッパ諸国の基礎を作ったのである。

イギリスの王室は、先祖が勇敢なバイキングであることを、誇りにしているというから、驚く。

つまり、それは、略奪強盗の海賊行為を、少しも恥、罪と思わないということである。

北欧の三国が、現在では、福祉国家の模範とされているが・・・
彼らの先祖は、荒くれたバイキングの先祖を持つ民族である。

更に、現在の英米の、アングロサクソン民族の先祖が、海賊のバイキングであったことである。

過去は、問わないが・・・
そのようであった、ということである。

アメリカが移民の国であることは、承知している。
だからこそ、移民の国としたい、気持ちが解るというものだ。

バイキングの先祖たちが、何故あれほど北の地に住むようになったのか・・・
彼らは、南のコーカサス地方に住む、アーリア人であり、騎馬民族の蒙古の侵入によって、追われたものとの、見方がある。

さて、ヨーロッパ白人が、短時間に全世界を制覇、制服できたのは、鉄砲という武力だけではない。それに、キリスト教という、文治、宣撫策を巧みに利用したのである。

侵略者は、鉄砲と同時に、十字架も、担いでいたのである。

宣教師・・・
彼らは、その先兵となったのである。
更に、征服した土地の民衆に宣教するという、働きをした。
つまり、文化のみならず、宗教の強制である。

日本の場合を見ると、ザビエルが1549年に来日している。
スペイン人である。
当時の、スペインは、限りない残虐性で、他民族を虐殺して、キリスト教を強制している。

当初は、信長、秀吉は、その布教を許した。
が、秀吉が、宣教師はスペインの日本侵略の先兵である事を知ると、宗教上の鎖国政策をとった。更に、禁教である。

家康もそうである。

宣教師の匠さは、凄いものである。
天主教と名のり、ローマ法王を主とする、洗脳教育を行う。
民衆の中に入り込み、巧みに信者を増やす。

一時期、九州は、乗っ取られた状態になるのである。
それを、秀吉が見逃さなかったのである。

例えば、スペインの植民地となったフィリピンは、現地の人たちの伝統をぶち壊して、キリスト教に回収させ、徹底的に、洗脳をした。
フィリピンという国名も、スペイン王から、取られたものである。

白人主義と、キリスト教の融合・・・
原始キリスト教は、ユダヤ人のイエス主義である。

だが、ローマ帝国が、キリスト教を国教にしてから、手前勝手な教義を作り出すのである。

白人キリスト教、つまり、ローマカトリックである。

その、排他的独善的征服性は、限りない。

先の、清水氏は、キリスト教とだけ、記すが、その前に、ユダヤ教がある。
その、ユダヤ教の旧約聖書も、取り入れて、更に、新約を付け加えたのである。

そして、好き勝手に、教義を作り出せたのである。

新旧約聖書は、矛盾だらけである。
しかし、それが、何より勝手な教義を作るのに、役立った。

森林で生まれた世界観と、砂漠で生まれた世界観とは、当然、別物になる。
それほどの、違いがある。

東洋は、森林であり、ユダヤ、キリスト、イスラム教は、砂漠である。

旧約聖書の世界は、砂漠が主であり、そこから生まれる人間の感情は・・・

その地が、峻厳で、過酷であれば、あるほど、嫉妬、怨念、復讐、対立、そして、抗争を生む。
現に、旧約の神は、言う。
私は、嫉妬と妬みの神・・・
復讐の神・・・

とんでもない、魔神である。

モーゼ五書と言われる、旧約聖書の、最初から、人殺しに溢れているのである。

ユダヤ教は、神ら人へ、そして、人から自然へと、階級を作り出した。
そして、人間は、神の代弁者であるという・・・

動物を家畜化して、人間の労働を代りにさせ、乳を絞り、殺して食べる。そこに、罪や憐れみの感情は無い。

他民族を征服し、奴隷化すれば、奴隷は家畜として同列となり、彼らを家畜並みに扱っても、罪悪感も憐れみも感じない。

旧約聖書の世界観は、遊牧、牧畜、奴隷使役生活に、都合がいい。

この思想が、後に、どれほどの、自然破壊を生むことになったか・・・

人の下に自然があり、それは、人のために、存在するという、思想だから、どこまでも、自然破壊を推し進めるのである。
世界的自然破壊、砂漠化の、主たる原因はキリスト教に代表される、旧約聖書の思想である。
そこに、何の反省も見られないのである。
実に、傲慢な考え方である。



posted by 天山 at 00:05| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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