2012年08月19日

性について213

フェティシズムは、個人が口唇反抗期から肛門期に進むのに失敗した場合に形成されるとわたしは考えている。その失敗の結果、個人は、それ以前の段階、すなわち口唇崇拝期に退行する。
岸田

そして、全能の自己、ナルチシズムを再び、母親に投影する。
だが、その試みは、失敗する。
そうすると、抑うつ状態になり、何とか、ナルチシズムを投影できる、対象を求めるのである。

ついに個人が人間ではなく何らかの事物にナルチシズムを投影したとき、この事物がフェティッシである。つまり、フェティッシは、個人にとって、全能の自己の象徴となる。
岸田

第一次思春期がはじまり、何らかの形で、リビドーが刺激され、ある種の性的満足を得ると、この状態が、後の、性的満足の原型になるわけである。

ただし、性倒錯ではない、フェティシズムも存在する。
それは、その人格発達の過程で、ナルチシズムを事物に投影し、フェティシズム的人格構造をもったときに、リビドーの興奮の体験を持つか、持たないかで、別れ道になる。

ただ、いずれにせよ、抑うつに対する、防衛の役割を持つのである。

ナルチシズムを異性に投影すれば、そこから恋愛関係がめばえてくるのだが、性倒錯者としてのおとなのフェティシストは、・・・子どものような人格構造から脱却できず、その発達段階に停滞し、事物にナルチシズムを投影する傾向をもちつづけ、そういう方法によってしかリビドーの満足を得ることができない者である。
岸田

人格が未熟である、ということだ。
これで、日常生活の様々な場面における対応も、理解することができる、というものである。

岸田氏は、フェティシズム以外の、性倒錯も、同じ理論で、説明できるという。

そこで、その他の、成立原因について・・・
性倒錯を維持させている原因として、異性の対する恐怖があると見る。
成熟した異性と、対等な人格対人格の関係を持つのが、怖いという心理である。

窃視症、露出症・・・
相手と距離を置いて、覗く、あるいは、性器を見せるなど。

幼児にいたずらして、殺したという、事件もあったが、一人前の女には、近寄れない、気の弱い男なのである。

異性に対するこのような自信のなさは人格の未成熟を物語っている。
岸田

同性愛、サディズム、マゾヒズム・・・
圧倒的に、男性に多いのである。

女性の、露出症などは、聞いた事がない。更に、覗きなども、である。

つまり、正常な性行為では、男の方が、より大きな困難を背負うという。だから、異性恐怖も、強くなる。

更に、男の方が、想像力が豊かで、観念的であるともいえる。

岸田氏は、一枚のパンティから、異性の全体像をイメージするような想像力は、女性には、欠けていると、言う。

男のリビドーが、性器から、分離していると、納得するのである。

もう、一度、性器から分離した、リビドーの一つが、性倒錯であるが・・・
別の運命を辿る場合もある。
芸術である。

大脳化した、性意識による、進化が、芸術に与える影響は、大きい。
性的リビドーが、芸術に向かう時、それが、素晴らしい作品を生む可能性が高いのである。

生物学では、個体保存本能と、種族保存本能の、二つを区別している。
性欲は、種族保存本能に由来するといわれる。

この、生物学的仮説は、人間には、当てはまらない。

人間の性が、生殖から、分離していることは、最早、明らかである。

更に、その分離過程は、留まることなく、性欲は、生殖欲とならず、性器も、それから、分離しているということである。

性器から、分離した、性欲が、性倒錯を生み出し、また、様々なものも、生んでいるのである。

そして、フロイトの仮説では、生まれた時から、性欲があることになっている。だから、フロイトは、生きるエネルギーを、性的リビドーと名付けたのである。

人により、第一次思春期から、子どもの性欲がはじまると考える人もいるが・・・

だから、人間の、特に男は、不能からはじまる、性の物語であるとの説である。

ユングは、心的リビドーが、生きるエネルギーであるとした。
それについては、別のエッセイ、霊学で書いているので、省略する。

さて、人間の場合の、性欲をエロスと呼ぶ。
それは、動物の性本能とは、別物であると、考えられる。

だが、そのエロスには、実は、タブーと言うものが無いのである。
しかし、エロスにおける、タブーを作り出した、人間である。

そうすると、話は、また、元に戻り、人間のエロスが、不能のエロスとして、はじまったためであると、なる。

そのエロスが、幼児からはじまるという、残酷な話である。

幼児はおのれの能力のなさのゆえにできないことを、外的禁止があるから、できるのだけれど許されないのだと考える。そう考えることによって、不能であることの劣等感からやっと逃れる。
岸田
そして、そこに、合理化と、防衛機制という、心理的状態が生まれる。
心理学の、得意な、言葉遣いである。

そして、これらの、言葉を鵜呑みにして、合理化、防衛機制を、ふんだんに利用して、解説するのが、また、得意である。




posted by 天山 at 05:23| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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